◆ 男達の性(さが) ◆


ある日のこと。蛇骨は自慢の蛇骨刀の手入れをしていた。
何枚も連ねられた薄刃は彼の手捌き一つで自由自在、絡め取った敵を切り刻む。
人間の身体はもちろんのこと、太い骨を持つ馬の首さえ一度の動きで斬りとばす。
さほど体格や腕力に恵まれているとはいえない蛇骨にとって、最高に相性のいい刀だった。
丁寧に刃一枚ずつ汚れや脂をふき取ってから刃先に砥石をあて、欠けている所がないかを調べて、また刃一枚ずつ丁寧に油を塗って磨き上げる。
研ぎ屋に出すほど傷んでいないのを確かめ、蛇骨はにんまりとした。

美しい蛇骨刀。
一枚一枚は頼りないのに、その威力は計り知れない。
蛇骨は自分の愛刀をうっとりと眺めた。
これでいったい、どこまで戦えるのだろう。
どれだけ切り刻めるのだろう。

内心で物騒なことを考えているときの蛇骨は、興奮しているせいか無意識に色香を放っている。
それこそ通りすがりの男達が、思わず前屈みになって動けなくなってしまう程。
もっともしつこくそこに止まっていると、いつ首を斬りとばされるか判らないために、前屈みの不自然な恰好のまま大抵の男達は逃げていくのだが、それでも中には勢いのまま突進してしまう者もいる。
その鬼のような形相のため商売女達にも敬遠され、ふられまくっていた凶骨だった。

「蛇骨!ヤらせろ!」
「やなこった」
ケダモノそのものの勢いでいきなり迫ってきた凶骨の顔面を蹴り飛ばし、蛇骨は軽くそう言い放った。蛇骨刀の輝きを前に恍惚感に浸っていたところを邪魔され、蛇骨は恐ろしく機嫌が悪い。
顔を顰め、大きな体を縮こませて懇願する凶骨を冷ややかに見下ろす。
「やらせろよーー、もうたまってたまって、はち切れそうになっちまってるんだ」
「てめぇの下の事なんて知るかよ。やなこったって言ってんだろ?そんなにやりたきゃ、牛でも口説けよ」
「……おれが近付いたら、大騒ぎで山に逃げ込みやがった」
「って、もうふられた後だったんか。牛にも嫌がられるやつなんかに、ケツ貸せるかよ」
冗談のつもりで言った台詞に図星をさされたのか、さめざめと泣き出す大男に蛇骨は辟易する。

「だって、だってーーーー」
「って言うかさ、お前、マジで男だったんだ?てっきり、そういうのと無縁だと思ってたっての。つかさー、お前、なんか岩から生まれてきたっぽいし」
「………ひでぇ」
男心を抉りまくる蛇骨の言葉に、凶骨は背を向けてますます泣きだしてしまった。
「……お、おれだって、たまには……その気になることぐらいある…」
「やっぱ、たまにだけか」
巨体を振るわせてシクシク泣いている凶骨を鬱陶しげに見つめ、その場からさっさと立ち去ろうとした蛇骨だが、不意にその大きな背中に目を留めた。
筋肉が盛り上がる肩に背中、人間離れした巨躯。
当然、それに繋がる腰も、人間離れしたたくましさだ。
蛇骨は、ごくりと唾を飲み込んだ。その目に、欲望が満ちる。
蛇骨はにやりと笑うと、とろけるような声で言った。

「なあ、俺の頼み聞いてくれるんなら、一度だけやらせてやってもいいぜ?」
「ほ、ほんとうか?」
ぱっと顔を上げ、いきなりのしかかってきそうな勢いの凶骨に、蛇骨は嫣然とした笑みを見せた。
「俺の頼みを聞いてくれるんなら、って言っただろ?先にそっちの返事しろよ」
「わ、判った……俺は何をすればいいんだ?」
すでにその気になった凶骨は、嬉しそうに弾む声を出す。
蛇骨はにっこりとしながら、美しい輝きを放つ蛇骨刀を持ち上げた。

「俺さ、ちょっと気になってんだよな。俺のこの蛇骨刀、どのくらいの太さまでなら一撃で輪切りにできるのかってさ」
「うんうん」
凶骨は何度も頷く。そのすっかり懐ききった小動物のような動きに満足したのか、蛇骨は艶めいた視線を向けて言った。
「だからさ、やらせてやるからさ。その後でお前の胴で試し切りさせろよ」
「うんうん、わかった!って……試し…?」
「試し切り!判った?判ったんだな?よっしゃ!」
腕まくりで目を爛々と輝かせる蛇骨に、凶骨はようやくそのやばさを悟った。
「……た、試し切りって言ったな…」
「うん、言った!おめえの胴ってさ、牛や馬より固そうじゃん?俺の蛇骨刀で一発で斬れるかどうか、試してみたくてもうどうしようもなくてさ」
嬉しそうに蛇骨は言う。肩に蛇骨刀を引っかけ、すっかり腰が退け気味の凶骨をむしろ押し倒すように迫ってくる。
「た、試し切りってさ…」
「うん?だから、それはやった後でいいってばさ」
弾む口調で言って蛇骨は凶骨の帯に手を掛けた。それを押しとどめ、凶骨は一気に言った。
「胴が切れたら、俺は死ぬだろうが!」
「あ、それ?」
必死の形相になった凶骨に、蛇骨はにっこりとあどけなく笑いかけ、そして軽く答えた。

「別にいいじゃん」

次の瞬間、巨体を驚くほどの早さで翻し逃げ出した凶骨に、蛇骨は一瞬ポカンとした後大きな声を出した。

「何、逃げてんだよ!やらせてやるっていってんだろーがよ!」

そしてその後は――蛇骨刀で凶骨の太い胴が輪切りできるか試し切り。
せっかく楽しみにしていたのに今さら逃がしてたまるかとばかりに、蛇骨は刀を振り回して追いかける。
「こらー逃げんな!逃げるんなら、先に試し切りさせろ!」

むちゃくちゃなことを言うその声から逃れようと、凶骨は無我夢中で走った。
とにかく走った。
そしてようやく逃げ切った頃、凶骨のたまりにたまった性欲は完全に消え去り、二度と蘇ることはなかったそうな……。

 
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