◆ 男達の追憶 ◆


ある晴れた日の昼下がり。
土手っぷちで日向ぼっこをする蛇骨と、その隣で毒の調合をしている霧骨。
日差しはほのぼのと暖かく、風はそよそよと心地よい。
耳に聞こえてくるのは、愛らしい小鳥の歌声と霧骨が使うすりこぎの音ばかりという、のどかで穏やかな時間。
のんびりとくつろぐ蛇骨は、すぐ隣で一心に毒草をすりつぶしている霧骨にゆっくりと声をかけた。

「あーあ、静かだなぁ…」
「静かだなぁ、ゲヒヒ。この草をほんのひとつまみ」
「こんな日もいいよなぁ、なんかのんびりする」
「のんびりするなぁ。ゲヒヒヒヒヒ、こっちの草の実を三個半」
「なんかさあ、しみじみーっと、生きててよかったなーなんて気がしねぇ?」
「するねぇ、ゲヒヒヒヒヒヒ。このコケを混ぜて後は煙でいぶすだけ。三日三晩血の汗流して死に至る薬の出来上がりだ」
「てめえ、人がのんびりしてるのに、隣で仕事してんじゃねぇよ」

話を適当に合わせながら毒薬を一種完成させてご満悦の霧骨。むかっ腹を立てた蛇骨はその脳天を思いっきり踏みつけていた。


「なんでおれが踏まれなきゃないんだかなぁ」
腑に落ちないという顔つきで頭を撫でている霧骨の肩を、蛇骨は無理矢理引き寄せる。毒薬作りに励みたくてじたばたしている霧骨を無視し、蛇骨は勝手に昔語りを始めた。

「なあ、お前さぁ。思いださねぇ?お前がさ、仲間に加わったのもこんないい日だったよなぁ…」
「ああ、そういやそうだったな。あの日もこんな風にポカポカと暖かくて…」
霧骨もしばし思い出に浸る。

――あの日。
その頃、毒薬作りが過ぎて一族から追い出され、訳ありな人々相手に危険な薬を売りつけることを霧骨は生業としていた。
その毒薬作りの腕をどこからか聞きつけた煉骨に声を掛けられ、首領である蛮骨に紹介された霧骨はその場で新しい仲間を得た。
それ以前は今とは違う名前を名乗っていたが、仲間となって新しく『霧骨』という呼び名を与えられて以来、昔の名前は忘れてしまった。
霧骨にとって、自分の特技を買われて招かれたという事は、それほどの誇らしい出来事だった。
そしてその後、他の仲間に引き合わされ、その時、遊女のような結い髪に紅を差した奇妙な風体の蛇骨と出会った。
「傾き者だなー、色小姓みたいだなー」とひっそりと考える霧骨の顔をじろじろと眺め、その奇妙な風体の男はひとこと言い放ったのだった。
『ぶっさいくなチビ』


「だーーー!」
いきなり暴れ出した霧骨のこぶしが顎を直撃し、蛇骨は思わずのけぞった。
うっすらと赤くなった顎を抑え、蛇骨は目をつり上げて怒鳴る。
「てめえ、このおれ様にケンカうってんのかよ!」
「最初に売ったのはお前だったじゃないか!さ、最初にあったとき、お前はおれのツラ見て『ぶっさいく』と言ったんだぞー!」

その時の屈辱を思い出したのか、鼻水まで垂らしながら涙の抗議をする霧骨の勢いに、さしもの蛇骨もお返しのこぶしを止めた。
「だって、ぶっさいくじゃん。お前、ひょっとしてずっと根に持ってた?」
「うっうっ……ぶ、ブサイクなのは判っちゃいるが、そ、そうまで、はっきり言われると…おれだって」
じわじわと泣き始めた霧骨に、蛇骨は目をまん丸くする。
霧骨がブサイクなのはいつもの事だが、初対面の時に面と向かって言ったかどうかなんて、当然のことだが蛇骨は覚えていない。
「まーいいじゃん。ぶさいくだってさー、おれは好みじゃねーけど」
「お、お前の好みじゃなくたって良いやい」
「あ、そう言われると、なんかムカツク」
「ぶ、ブサイクって、お前が言ったくせにーー」
「ブサイクはブサイクじゃん!おれがおめーのツラが好みじゃねーのは当然だけど、おめーがおれの好みじゃなくていいって言うのは、なんか気にいらねー」
勝手なことを言いながら、蛇骨はべそべそしている霧骨の胸ぐら掴んで引き寄せた。

「そーいや、てめー、女好きだったよな」
「お、女は好きだぁ。全然相手にしてくれねーけどさぁ」
「ふーん、そうかい。おれに好みにじゃねぇって言われるのはかまわねーが、女に好みじゃねぇって言われるのは、泣けてくるってか?」
「……し、仕方ねーじゃん。おれ、女が好きだもん…」
話の方向が変わったことに気がつき、霧骨はビクビクと探るような物言いをする。

「女はどーでもいい。てめーがおれの近くにいて、おれよか女の方がいいって言うのが、気にいらねー」
最初に「自分の好みじゃない」と切り捨てたことを棚に上げ、蛇骨は霧骨に絡む。
「そ…それがどうした…」
自分を睨む蛇骨の目に不穏なものを感じて霧骨は逃げだそうとするが、胸ぐら締め上げられていて逃げられない。
「だって、どーせ、暇だしさー」
「ひ、暇だから、なんだって…?」
おずおずと霧骨は聞き返す。その間に短い腕を必死に伸ばし、後ろ手で大事な薬箱を探る。だが、あいにくいくら手を伸ばしても薬箱には触れられない。
蛇骨は目の前にある霧骨のつぶれた蛙面を眺めながら、にんまりと悪党面で笑った。
「暇だからさー、おれといい事しようぜーー」

赤い唇を舌で舐めながら文字通り蛙を見つけた蛇のような目つきで自分を見る蛇骨に、霧骨は冷や汗を流しながら硬直した。
理屈も何もなく、本能的に感じたのだ。

「とって食われる」と。

「ひ、ひーーーーー!!!」
霧骨は悲鳴を上げると、身も世もなく暴れ出した。
「こら、あばれんな。いい事してやるってのに」
「く、食われるーーー助けてーー」
「誰が食うって?いや、食っちまう気ではいるけどよぉ」
「助けてーーーー!」
「うるせぇよ、ありがたく食われとけよ」
「いやだーーー、どうせ食われるなら、年増でもババァでも女がいいーーー!」

のどかで穏やかな昼下がり、助けを求める霧骨の悲鳴が辺りに響く。
あまりの騒がしさに様子を見に来た睡骨に何とか救出されたものの、霧骨の落ち込みは激しかった。

蛇骨本人はといえば、当たり前だがただの暇つぶしだったので、それ以降に霧骨にちょっかいをかけるなどということはなかった。

だがしかし――。

舌なめずりする蛇骨に身ぐるみ剥がれ、蛇に睨まれた蛙のごとく丸飲みされる寸前の恐怖を味わったあげくに男の大事な部分を引っぱりだされて、「わー、ちっちぇー!ちっちゃくてかわいーー」などと無邪気に喜ばれてしまった霧骨の心の傷が癒えるには、それからしばらくの時が必要だったそうな。



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