◆ 遠い夢 ◆


夕暮れの平原に、烏の鳴き声が響いている。
鋭いクチバシについばまれる身体は、身につけている物を全て剥がれ、野犬に食い荒らされた野ざらしの死骸。
次の宿場への近道だと通りかかった三人組の内の1人が、ふと足を止めた。

「おい、蛇骨。探したってもうろくな物残ってないぞ」
死体の側にしゃがみ込んだ蛇骨に、煉骨は苛立たしげな声を上げた。
「別にさーー、こんな連中の持ってる物なんて欲しくねぇよ」
「じゃあ、何やってんだ」
不思議そうに蛮骨が近付いてきた。蛇骨は何をするでもなく、無惨にうち捨てられた死骸を眺めている。
「こいつらさ、この間の戦の相手だよな。弱っちかったなーと思って」
「そりゃそうだろ。雑兵の大半は領内からかき集めてこられた百姓だ。使い方もよく知らねぇ槍を渡されたところで、まともに戦えるわけがねぇ」
そう説明する煉骨を、蛇骨は驚いた顔で見上げた。
「百姓かーー。こんなつまんねぇ戦で死ぬなんて、どこのバカかと思ってた」
「お前、知らなかったのかよ。こっち方だって、おれ等の辺りにいたの、殆どが百姓だぜ」
今度は蛮骨が答える。「へー」と蛇骨は妙な声を出した。
「百姓がなんで戦場にいるのさ」
「好きで来てるわけがねぇだろ。領主等に無理矢理駆り出されたんだ。哀れなもんだよなぁ」
少しの哀れも感じさせない声音で言う蛮骨に、煉骨は唇を僅かに歪ませ、皮肉に言った。
「哀れと言ってるわりには、さんざん撫で切りにしてましたな」
「だってよぉ、あいつ等、わざわざおれの行く方向に逃げてるんだぜ。横に逃げりゃあ、追いかけねぇって」
兄貴達の話を聞きながら、蛇骨はしゃがみ込んだまま立つ気配がない。
焦れた煉骨は、先に宿場にいって宿を取るという。

「このままじゃ暗くなってしまう。蛇骨につき合って野宿するのはごめんですから」
「あー、じゃ、おれはこいつ連れて行くから、先頼むわ」
蛮骨がそういうと、ぱっと振り向いた蛇骨が大声で煉骨に呼びかけた。
「おれ、旅籠屋がいい。木賃宿いやだ」
「どっちにしても、さっさとこねぇと女郎屋に泊まるからな!」
そう言い捨てて煉骨は先を急いで行ってしまった。
その方向を見送り、蛇骨は唇を尖らせて呟く。
「煉骨の兄貴、女郎屋に泊まるなんて言ってる」
「女郎屋も面倒くせーよな。早く行こうぜ」
「もうちょっと〜〜」
「見てて何が面白いんだよ」
「面白いわけじゃねぇけどさぁ」
曖昧なことを言う蛇骨に、蛮骨も隣にしゃがみ込んだ。
目線を同じにして平原を見回す。それでも、とくに興味を引くようなものは見えない。

「こんなに弱っちかったらさ、戦に出たってつまんねぇだろうし。つまんねぇ戦で死ぬくらいつまんねぇ話ってないよなーって」
ぼそりと言う蛇骨に、蛮骨は少し意外そうな顔になった。
「お前、珍しく物考えてるじゃん」
「なにさーーー」
蛇骨はふくれっ面になる。その顔つきに蛮骨は笑った。
「いやさ、つまんねぇ戦とか、そういう事まで考えるようになったかと思ってさ」
「おれだってさ。やってて面白いとか、つまんねぇとか、思う事あるよ」
「まーそりゃそうだな。じゃあ、どんな戦だったらおもしれぇんだ?」
そう問われ、蛇骨は首を傾げて真剣な顔つきになった。
「……うーん…とりあえずさぁ。やり合ってて気持ちのいい戦」
「判りづらいなぁ、なんだそりゃ」
「とにかくさぁ、相手次第。やりあってて気持ち良くなるような相手だったらさ、死んでもいい。でもさ、こいつ等みたいに、たーだ逃げ回って薙ぎ払われて死ぬのはつまんねぇ」
蛇骨は夢見るように言う。

「そういう相手がいたらさ、いいなぁ。ずっと死ぬまでやり合ってたくなるような相手がさ」
「……まあな。確かにどうせ死ぬなら、そういう相手がいいな」
蛮骨はぼんやりと遠くを見ている蛇骨の肩に腕を回し、引き寄せた。

「大兄貴?」
腕の中に引き寄せられた蛇骨が、不思議そうな顔で蛮骨を見る。
「大兄貴もさぁ、こういう戦がいい、とかってのある?」
「そりゃーあるさ。やっぱり、弱い奴とばっかりやってたらつまらねぇし」
長い夕日に煽られ、真紅に染まった戦場跡を見ながら蛮骨は言う。
「おれもだな。最後の戦は、死ぬまでやり合ってたくなるような強い奴とやりたいな。こいつらみてぇにさ、追い回されて、ただやられるだけの死に方をした日にゃ、無念で化けて出てきそうだ」
「大兄貴、化けるのか?」
くすりと笑って蛇骨が聞いた。
「化けるかもなぁ。もう一度、満足のいく戦をやらせろってさ」
蛮骨はそう言ってげらげら笑いだした。死んだ後を考える自分が可笑しくなったらしい。
「まあ、どっちにしろ、おれ達がそんな無様な死に様を晒すことはない」
じっと自分を見ている蛇骨に、力のある笑い方をしながらそう言いきる。
「おれ達はまだまだ強くなるからな。敵の大将自らお出ましになるくらい、一目置かれるようになるさ」
「へーー、大兄貴、なんかすげぇ」
「すげぇだろ。判ったら、もう行くぞ」
「うん」
蛇骨は目を輝かせてにっこりと笑った。蛮骨が立ち上がるのと同時に立ち、煉骨が消えた道の先を見る。

「おれ、腹減ってきたなぁ。兄貴が決めた宿屋、飯出来てるかな」
「早くいかねぇと、食いっぱぐれるかも知れねぇぞ。さもなきゃ本当に女郎屋だ」
「あーー、それはやだ、絶対にやだ!大兄貴、早く行こう」
自分が待たせていたことを忘れた顔つきで、蛇骨は蛮骨の腕を引っ張る。
苦笑した蛮骨と並んで歩きながら、蛇骨は不意に言った。
「そういえばさ、蛮骨の兄貴。さっき、つまらねぇ戦で死んじったら、化けて出るかも知れねぇって言ったよな」
「言ったな。それがどうした」
「おれも一緒に化けて出ても良い?」
その言葉に蛮骨は吹きだした。
「別にそんなの聞かなくても良いだろうが」
「大兄貴がさぁ、一人でさっさと行っちまったらいやだから、先に言っとこうかと思って。おれも一緒に化けてさ、戦のやり直しするから」
「そうだな」
と、蛮骨は目を細めて蛇骨を見やる。真摯に自分を見つめる目が、普段は子供っぽい表情を浮かべる蛇骨を大人びて見せる。

「やり直しの戦で大暴れするときは、みんな一緒だな!」
その返事に蛇骨は嬉しそうに大きく頷く。
「うん、一緒に大暴れだな」
「まあ、化けるって言うなら、その前に死ななきゃなんねぇけどな。遠い先の話だ」
「あ、そうだな。先に死ななきゃならねぇし……ひょっとして、つまんねぇ戦で死ななきゃ化けることもない?」
「ま、そんなとこだな」
肩を竦めて軽く答える蛮骨に、蛇骨は顔を顰めて考え込んだ。
「……なんか〜〜化けて出るのも、めんどくさそう」
「そう思うんなら、最初から変なこと考えるなよな」
笑いながら蛮骨はそう言った。口を尖らせた蛇骨が言い返す。
「大兄貴がさぁ、化けて出るなんて言うから、面白そうだと思ったんだって」
「どんな戦でおっ死んじまうかなんて、誰にもわかんねぇからな。ま、先の話だ。遠い先の話」

そう言いながら、蛮骨は分からないという遠い先を見透かすような目をする。
緋色の夕焼けを浴び、戦場跡と同じ色に染まった蛮骨の目は不可思議な表情を漂わせ、蛇骨は少し不安そうな声を出した。
「大兄貴」
「ん?」
蛇骨の声に顔を向けた蛮骨の目は、いつもの明るく、そして強い黒。あの不安感を煽るような緋色は、その目の輝きにかき消されている。
「……大兄貴。おれの事、置いてったらやだよ」
「びっちりしがみついてるくせに、どうやったら置いてかれるって?」
蛮骨は、自分の腕に両腕でしがみついている蛇骨をそうからかった。笑う顔に、蛇骨も目を細めて笑い返す。
「なんでもねぇよ」
「早いとこ、行こうぜ。本格的に腹減ってきたから」
蛮骨が薄闇が下りてきた道の先を指差した。その先には宿場があり、煉骨が適当な宿をとって、いつまでたっても来ない二人にイライラしているに違いない。
すぐ近くにある先と、いつ来るとも知れない遠い先の光景。
蛮骨の目の中に、不思議とその二つがだぶって見えて、蛇骨は目を擦った。
「なんだ、眠くなったのか?」
屈託のない蛮骨の問いに、蛇骨は曖昧に答えた。
「うーんと、……そうかも」
「じゃ、なおのこと、早く行こうぜ」
足を速めた蛮骨にあわせて、蛇骨も急ぎ足になる。

薄闇に沈む道の先がぼやけて、目的地への標さえ見えなくなる。
不意に目の前に現れた遠い先の光景は、一度死んでからの、さらにその先。死に対する恐怖心のない蛇骨には、夢のように思える遠い光景。

たとえ、どこに行くのだとしても置いて行かれたくない。

そんな事をぽつりと考えた。




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旅籠屋→食事のでる宿。 
木賃宿→食事は自炊の宿。その分料金は安い。
大雑把ですが、そんな感じです。蛇骨は「ご飯作りたくない〜」と言ってるのです。(笑)


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