◆ 蝋燭 ◆

 
 


 
目を開けると、そこに白い寝顔。
おや、お珍しい――そう思って弥勒は横になったまま肘をついてそこに顎を乗せた。
目の前の寝顔をしげしげと見つめる――初めて見るかも知れない、本当に眠っている殺生丸の顔。
 
弥勒は眠りが浅い。気配に敏感になっている所為か、深夜に何度か目を開くのはよくある事だ。
そう、この妖と体を交わした後も。
その時に、隣で身体を起こしぼんやりと何かを考えている風の横顔を見つけられればよい方。
大抵は離れた場所で外を見ているか、ひどい時には、さっさと立ち去ってしまった後。
自分が眠りに落ちたときには確かに腕の中にあった筈の、体温も残り香もすっかり消えてひどく脱力してしまう。
 
珍しい――弥勒は白い瞼を閉じたままの殺生丸の寝顔を心ゆくまで眺める。
夜明けにはまだ遠い刻限のこの時、逢い引きの定宿になってしまったような荒れた堂内は差し込んでくる細い月明かりと、一本だけ灯され、いまだに燃え続けている頼りない蝋燭の灯りだけが視力を助けてくれる。
揺れる小さな灯りの中に浮かぶ、整った白い顔。
苛烈な光を宿す金の瞳が閉ざされると、冷たく見えがちの面差しがひどく柔らかに目に映る。
殺生丸は弥勒よりもさらに気配に聡い。
これだけじろじろと見つめても反応しないというのは、本当に珍しい。
 
調子に乗って相手の額に自分の鼻が触れるくらい、近づいてみる。
かすかな寝息。
自分の側で完全に寝入っている妖に、少しは気を許して貰っているのかと、弥勒は思わずくすりと笑った。
その瞬間、ぱちりと金色の目が開いた。
思わず間近で見つめ合う形になって固まったまま驚く弥勒よりも、さらに殺生丸は驚いたらしい。
一瞬惚けたような表情を浮かべた後、急にきつく眉を寄せた。
自分の迂闊さに怒っているかのようだ。
咄嗟に弥勒はその身体を腕の中に抱き込む。
自分の肩口にその人の顔を押しつけ、その人が顔を上げて何かを言わないように抱いた両腕に力を込める。
殺生丸が自分をふりほどこうと思ったら、自分がどれだけ力を込めても無駄だという事を、
弥勒はよく知っている。
頼むから、このままで――そんな願いを込めて抱きしめ続けていると、強ばっていた妖の身体から不意に力が抜け、自分の肩にすとんと頭を預けるような感触があった。
そのまま殺生丸は動かない。
声も出さない。
弥勒の鼻先に細く柔らかい銀髪が触れる。
 
どうかもう少しこのままでいて下さい。
そう弥勒は願う。
いつもいつも気まぐれに自分を置いて行ってしまう妖。
今ここにある身体の重みを、肌の香を、もう少し感じさせていてください。
せめて、――あの蝋燭が燃え尽きるまで。
弥勒の願いを感じたのか、殺生丸は動かない。
弥勒の肩に伏せた表情は見えない。
 
どうか、もう少しだけ――蝋燭の灯りが揺れている間だけでいいから。
弥勒の腕の中で殺生丸が小さく息をつく。
 
肩に軽く何かが掠める感触に、弥勒は妖が長い睫を閉ざしたことを知った。