◆ もどかしい指先 ◆
 
 

 
傍らを探る。
さっきまでいた筈の人がいない。
しんと静まりかえった堂内に自分以外の気配を感じ取ることが出来ず、弥勒は身体を起こす。
初秋の夜の空気は、ひんやりと乱れた衣の隙間から覗く肌を冷やしていく。
襟をかき寄せて辺りを見回すと、壊れた木枠に肘をつき、ぼんやりと月を見上げている影がある。
長い青みを帯びた銀髪はそれ自体が淡く光を放っているようで、弥勒の目は幻惑される。
 
「寒くはないのですか…?」
薄い襦袢を一枚纏っただけのその人にそう問うと、物憂げに顔を向けた人は、微かな声で
「別に」
と答えた。
そのどことなく面倒くさげな動きに、弥勒は目を細めて薄く苦笑した。
 
戦いともなると、風を切るような動きをする妖。
それなのにそれ以外の時は、優雅ではあるがむしろ気怠げな動き方をすることが多い。
興味のないことには、指一本動かすのも面倒くさいのだろう。
そう思って、弥勒は苦笑したままため息をもらした。
 
(どうやら、弟との度の過ぎた兄弟喧嘩以上の関心は、私との情事に持ってはもらえないようですな――まだ)
いつもの事なのに、今夜は妙に切なくなる。
弥勒は動かない殺生丸の背後に座ると、背中から抱きしめた。
腕の中の妖は空を見上げたまま、何ら気にするそぶりはない。
目の前に流れる人外の色を持つ髪をさらりと流し、あらわれた項に唇を寄せる。
くつろげられた後ろ襟から覗く白い背中に、さっきつけたばかりの朱印が薄く色を残している。
抱きしめた妖の体の線に沿ってそっと片手を下に滑らせ、裾の袷を割ってその中に手を滑り込ませると、妖が僅かに視線を動かす様子が見えた。
絹の衣との境がわからないほどにすべらかな肌に指を這わせると、僅かに震える気配がある。
 
拒まれてはいない。
感じていないわけではない。
それでも受け入れているのかどうかが、わからない。
もどかしくて項を強く吸い上げる。
腕の中の身体がひくんと震え、前に回した弥勒の腕に妖が手を添えた。
それだけ。
求めもしなければ、振り払いもしない。
 
抱いているときだけ安心する。
この指先にその肌を感じるときだけ、乾きが薄れる。
 
『なぜ、私と一緒にいるのですか?』
『なぜ、私に抱かれるのですか?』
言葉を求めた瞬間に、今感じている物全てを失ってしまうような気がして恐ろしくなる。
弥勒は指先の感覚だけに集中し、妖の奥深くを探っていく。
けして心を探れるはずはないと、それは痛いほどに知っているのに。
今はこの指だけが二人を繋いでいる気がして――切なくなる。
切なくて、そしてもどかしい。