薄暗い店内。通された席は、最も奥まった2席。しかし、そこは特等席だった。
だって、目の前がタンドーリだもの。

ガラス一枚隔てた向こうでは、忙しそうに働く釜職人。
職人というかどうかは知らないが、実に彼、釜に付きっ切りで働くこと働くこと。
蓋、開けたり締めたりナン、釜肌にくっつけたりはがしたり、肉、串に刺したり抜いたり。
奥の、おそらくはカレーを煮ているだろう厨房とは関係なく、たった一人で絶え間なく釜仕事を続けていたのだ。
その手の休まるところを俺は見なかった。
こんな働き者のインド料理人、見たことが無いぜ。
さて、彼の手からなる食の彩を紹介しよう。

前菜はなぜかサモサ。普通。あえて言うなら、タンドーリ釜も関係ないし。
しかし、調べてみると、サモサは揚げ餃子みたいに具を包むのが普通らしい。
確かに、こういう食べ方はむしろタコス的かな。皮はぱりぱりしててうまいよ。“もさもさ”は、していません!!


肉、盛り合わせ。
チキン、カジキ、ラムチョップ。
全て、この隣のタンドーリで写真の人が作った焼き物。
“タンドーリ”ってのは、インド式の焼き釜のこと。でっかい鉄製の蓋の下に、鉄板で囲まれた中空の釜があり、それが外部の炎で焙られれて常に高温状態になっている。
早い話がオーブンレンジなのだが、内部の温度で焼くというよりは、外壁からの輻射熱でじりじり焙るといったカンジで、遠赤外線で肉の中心までじっくり火が通るのはいいのだが、得てして、肉汁を飛ばしすぎてパサパサにしてしまう嫌いがあるのだ。
・・・と、今日まで思っていた。ずっと。

チキンがジューシー!!
肉汁も旨みも、表面のスパイスの赤い層に閉じ込められて逃げていない。
カジキもだ。ホクホクで、口の中でほろりと崩れるちょうどイイ固さ、尚且つ旨みが凝縮されてなんともいえずターンオーバー。
そして、ラムチョップ。
馬場チョップじゃねえ、ラムチョップ。ラムシップでもねえ、ラムチョップ。
いつまでも噛み続けていたい歯応えと、歯切れの良さ。ひと噛みごとに口中に広がる羊の旨さ・・・
これらはタンドーリの炎が生み出した幻なのだろうか?
その秘密は後述する。

メインは勿論、カレーとナン。
ナンはバターとか塗ってあって、サクサクの焼き立てで生地そのものにコクがあって、かすかな甘みと独特の風味がたまりません。
ナンだけでもいくらでも喰えるけど、カレーがあれば尚進む。
これは絶対一枚じゃ足りないと、一口喰ってすぐ、追加を注文。俺も、ブルースも。
だから都合2枚追加。
ミスター・タンドーリはその注文が判ってか判らずか、相変わらず生地をのばし、タンドーリ内壁にベッタン貼り付け、焼きあがったのを火掻き棒で取り出し、バターをぬり続けている。
その速度、一向におさまる気配なし。
カレーは野菜、チキン、キーマの三種。
全て、コクが強い。
野菜カレーなど、「これ、本当に野菜カレー?」ってなくらいコクがあって驚きなのだが、しかし、キーマを喰うとその疑問が氷解する。
このキーマ、肉!やけくそのように肉、肉、ひき肉ゴツゴツ。コレに較べれば、この野菜カレーやっぱり野菜。
にしても、チキンはもっとコク。チキンをとっても、残ったカレーがチキンそのもののような・・・それくらいダシのシッカリしたコクのあるカレー軍団。
ナンとカレーの相乗で、俺らはいつも以上にガツガツ喰いました。
ガツガツ!


それにしても、俺のタンドーリ観を変えてくれたこのミスター・タンドーリ。
実に手さばきが絶妙。いつまで見ていても決して飽きません。
左の写真、ラムを串に刺してタンドーリに入れるところ。頻繁に焼き物をツッコミ、焼き加減を確認しながら何度もこれを出したり、暫く外に立てかけておいてから、再度入れなおしたり。
この細心の気配りが焼けすぎ、肉汁漏れを防ぎ、素材の旨みを最大限に引き出す秘訣なのだろう。
魔法でも何でもねえ!一人の男の腕と汗が、これが味の秘訣。
インドの秘術を見たくなったら、またこの男に会いに行こうかな。

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