今の時代だからこそ「極粗挽きの黒い蕎麦にこだわり」
…とは、ときがわ町の蕎麦店、その名も「とき庵」さんのキャッチフレーズ。
前々回の冒険で見かけた「黒いそば」に出会うことを決心した俺たちは、同じ失敗を繰り返さぬように事前の準備を整えて出かけることにした。
「同じ失敗」とは?
……「あたご」を探して山をサスライまくったことだよ!!
「準備」とは?
……まあ、つまり、ネット検索だよな。
前回、「ホルモンだ!ビビンバだ!いや、武蔵野うどんだ!!」を読んでいただいた読者諸兄はご存知のことだが、とにかくこないだは流離った。一年間で50の惑星を回りきってしまう勢いでサスライまくったのだ。
調べてみると、しかし、あっけない。あったよ。
「黒いそば」「ときがわ町」で検索したらトップで店のHPがヒットした。
あえてリンクは張らないので、興味のある方は検索してみよう。まだ、残っていればいいのだが……いかんせん、俺たちの行った店の閉店率はハンパないからなあ。
その前に、ついでと言ってはなんだが武蔵野うどん「さわだ」にお邪魔してきた。
「さわだ」は俺もブルースも大好きな店。とても武蔵野うどんらしくありながら、そのユニークさもまた、他の追随を許さない。
この新食べバカの最初の記事がこのさわだである。
暫く行っていなかったが、ブルース曰く、「風の噂によると、ふつうのうどんになってしまったらしい…」
我々の愛したさわだは死んだのか?
日曜休業のこの店には、なかなか確認に行く機会がなかったが、今回、そばの前に一丁喰ってみるか?というブルースの発案で、今回はまずさわだからスタートとなったのだ。
もちろん、畏れる気持ちもある。
食べバカの麺ものの原点とも言えるさわだが変わってしまったとしたら……
今は落ちぶれたと聞く幼馴染みに再会するかのような恐怖。
しかし、いつかは行かねばならないのだ!!
心配要りませんでした。
昔のまんま。
しかし、俺には強烈な印象を与えていた「ねっとり感」が少なく、以前よりも硬い感じがした。
「いや、こうだよ。さわだの食感は最初からこうだよ」
俺の数倍はさわだで喰っているブルースがはっきりと否定。
考えてみれば、俺は午前にさわだでうどんを喰うのは初めて。そして、茹で置きのさわだのうどんは時間帯によって味も変わるのだろう。
なるほど、こちらが本来のさわだ。
とにかく、みっちりして粉の食感が詰まっている。そして、肉汁は本来の意味での「肉汁」が無造作に出されたものをテーブルのそばつゆで割って食べるという無造作かつ肉度の高さッぷり。
うまい。そして、安心。
さて、残るターゲットは黒い蕎麦こと、とき庵。
場所もしっかりわかっていて、今度は前回のような冒険はない。
ガンバもお呼びではないのだ。
と、思いきや、しかしいつまでも続く山道には段々と人を不安にさせる効果がある。
この道の先には蕎麦屋がある。それは解っている。
しかし、本当にあるのか?
だって、人家がまばらなんだもの。商売成り立つの?
そこへ唐突に、俺たちを安心させるかのように「とき庵」の看板が。
しかし、これが同時に罠でもあったわけだ。
看板のとおり進んでも、それでもいくら行っても店が出てこない!
俺たちまたやったか?素通りしちまったか?
不安に駆られた俺が、看板から行きなおそうと提案すると、普段、「道に関しては肉弾頭の意見は聞かん」と宣言しているブルースがUターンを敢行したのだ。
結論から言うと、そのUターン地点から5分先に店はあったんだけど。
店先には、二人の男が火鉢に手をかざして座っていた。
あ、待ち客?行列しないをモットーにしている俺たちも、ココまで来てさすがに二人を待てないとは言わない。しずかに待つことに……
「お店、やってますよ」と不思議そうに二人連れに言われる。
いや、だから待ちますって、
「私らはもう食べ終わった後です」
えー?紛らわしい。
確かに店の中はがら空きだ。入店することに。
どうやら外の二人はタクシー待ちの様子。何時間に一本のバスで食べに来て、帰りはしょうがないからタクシーを呼んだみたい。
そうか、蕎麦屋はこれがある。こだわりの蕎麦屋はこだわりの客が遠くから苦労してでもやってくるから、人家が少なくても営業をやっていけるのだ。
ここのところに、ブルースが蕎麦屋に反感をもつ理由がある。まあ、いわゆる「気取り」だな。
「頑固親父の店」は全力で否定し続けるのが俺たちのスタンスだから、これは読者のみなさんも仕方がないと思ってくれ。
でも、店はこざっぱりしてきれいだし、お店の人も感じがいいしいやな感じはしない。
あえて言うなら、店内にマンガや週刊誌がないことかな。不満は。
メニューは、いろいろとそそるものがあって悩む。
地卵のもりそばとか、鴨汁そばとかね。この鴨汁は「試行錯誤の末にできた汁と蕎麦」らしいんだよね。
うわあ、気になる。
でも、「季節の天もり」の魅力には抗えなかった。
お互いに、「俺がコレ頼むから、おまえは地卵にしろよ」「いいや、遠慮するな。お前こそ鴨汁行っていいよ」と、牽制しあいながら、
結局、天もり2丁!
天ぷらには塩もツユもあり。
そば豆腐もついて、1400円。
ブルース的には、この蕎麦の高さにも一言あるらしい。
確かに、500円くらい出せば旨くて腹いっぱいになる庶民的な武蔵野うどんを常食しているヤツとしては、1000円オーバーでも多分腹いっぱいにはしてくれない蕎麦にコストを感じてしまうのはいたし方あるまい。
蕎麦。
うむ、黒い。
硬くて透き通った食感。風味というものわかる。つゆも醤油辛くなく、カツオだしも聞いてるけどしつこくなく、蕎麦を味わう邪魔にはならない。
普段味合わない、上品な旨さだよ。
普段喰わないから比較できないんだけどね。
天ぷらがね、蕗とか蓮とか定番に混じって椿の花があるんだけど、これが旨い。あと、あの甘いのはなんだったか。柿かなにか果物だったと思うけど。
変り種から定番まで、さっくりカラッと揚がっていて、油っぽさもないし、これ本当にうまい。
淡白な蕎麦の旨さを殺さないようにどぎつくなく仕上がっているのがよかった。
あんまり蕎麦を食べてないから、蕎麦をどのように表現していいか、判らない。
そば通の人がこれを読んで不満を感じていたら申し訳ない。
しかし、旨いことは間違いない。それも、ガツガツ食べるんじゃなく、「味わって食べよう」と自然に思うような旨みが確かにある。
この旨さはブルースも認めたうえで、
「1400円てのは、安いのかね?」
やはり、ボリューム感との兼ね合いには違和感を感じている。
しかし、そば粉のコスト、天ぷらの工夫、旨さ、作り置きできない手打ち蕎麦の手間など考えると、これ、実はとってもリーズナブルだと思うんだよね。
「確かに旨いから文句はない」
旨い、そして本気で旨くしようとしている。これは間違いない。しかし、俺たちの「バカ」とは方向性が違うこともはっきりとわかった。
これからも機会があれば、そして旨そうなら蕎麦を喰うだろう。しかし、それだけのために山奥までそばを喰いにくることはないだろうな……そんな予感を胸に俺たちは山を下りた。
さらばとき庵。がんばってくれ!
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