ハラール!

つまりは肉の捌き方である。
詳しくは知らないが、ムスリムはこの捌き方に則って捌かれた肉しか食してはいけないらしい。
ムスリムがお祈りを唱えながら殺して、完全に血を抜いた肉。それ以外にもいろいろと細かい規定があるそうだが、それはいいとして、
「血を抜いた肉」

それには肉汁は出るのか?
同じ根拠で血を抜ききったユダヤ料理の肉は、パサパサなのだと言う。

はてさて?

今回は本場パキスタン料理を饗する、八潮市の「アルカラム」にお邪魔した。

ランチタイムに間に合うように訪れたアルカラム。しかし、店の住所を大雑把にしか把握していないため、しばらく歩いて探すハメに。
と言っても、最近のように特に破天荒なエピソードもなく、店は見つかってしまった。
アルカラム、間口の大きな開放的な店である。
しかしなんだろうな?客は俺たちだけ。閑静な住宅街の中にあるこの店、大丈夫なのか?

店の人は、みな明らかにパキスタン人。店に入るなり、ランチバイキングを薦められる。
とても旨そうな匂い。カレーだ。なんで、我々はカレーの匂いをかぐと腹が減るのかな?
しかし、喰いに来たのはパキスタン料理。バイキングメニューはどうにも見慣れたインド料理的なものが多い。
いや、腹が減ってるんだから、そして匂い的には間違いなく旨いんだろうから、まあ、これでもいいかな……。
「いや、もっとパキスタンの地元っぽい料理ないっすかねえ」
ブルースが意気込みを示すが、メニューもない。レジの後ろにホワイトボードが。
現地語(ウルドゥー語というらしい)と英語が並べて書いてある。
これか、これが現地食の一品料理。
ウェイターのあんちゃんは、ランチバイキングの方がいいんじゃないか、と。日本の方にはこちらの方がお口に合いますよ、と。
なにやらそういうことをカタコトで伝えようとしてくる。
いいや、我々もせっかく来たんだからこっちの本場の料理を喰わして下さいよと、気づくと何故かカタコトの日本語で伝えているのだった。
「ソレ、わたしマトン食べたいアリマス」とか。……俺、ナニ人だよ!

なんとか、それらしき料理を頼むのに成功した……のかどうだか自信はないが、とにかく俺はマトンのカレー、ブルースはチャーハン、というか、「ビリヤニ」というドライカレー的な、炊き込み的な、それでもチャーハン的な、とにかく本場パキスタンな料理を頼むことに成功した。


店内には不思議なビートが鳴り響いていた。
モニターには、音楽に合わせてにこやかに踊りまくる、ガンダーラ美術のような端正な顔をした男女。
多分プロモーションビデオなんだろうけど、ちょっとアメリカナイズされた、しかしあきらかにインド文化圏のミュージックをバックに、さっきから半裸の男が二枚目ぶった流し目でキメて現れるシーンが続いている。
なんか、異国に来た感じ。ここはアジアでもヨーロッパでもない。俺の知ってるアジアは東南アジアと、日本も含めた東アジア。
インド文化圏はやはり異文化。その上ここはパキスタンだ。イスラームの文化も混じっている。それが証拠に、
「この店はデートには向かないそうだ」
なにやら調べてきたブルースが声を潜める。
「なに?メニューが食べる人間を選ぶと言うことか」
「そんなことじゃあ、ない」
ブルースの後ろにカーテンがあった。そして、その奥に小さな扉が。さっき俺たちが入った扉は中央にでっかく、最高のいいガラス扉だったのだが、
「女用の入り口、さ」
ガガーン!!

なんと、ムスリムの女性は男性に肌を晒してはならない。厳格には顔を見せてもいけない。そして、家族でない男性と同じ空間で飯を喰う習慣さえないのだ。

文化の違いとは、いつも面白がる能天気なものばかりじゃないのだ。


気を取り直して、飯が来た。

なんという、マトン感覚!!



ずばり、これは肉である。ホンモノの肉だ。そして、マトンである。
やはり、骨付き肉は迫力が違う。そして、旨さも、だ。肉は絶対に骨の周りが旨い。そして、骨の真ん中にズズイ、と通った髄の味も格別である。
おや、この肉の骨髄は空っぽだぞう?
バッカ!ぜえんぶカレーの中に溶け込んでいるんだよ!!
実に濃厚な、しかし切れのいいコク。なんというマトン感。そして、肉も実にジューシィ。ハラームは肉汁を損なわない。大丈夫だ。俺はまだ、大丈夫だ。

しかし、あんちゃんが警告していた辛味はない。たしかに香辛料に満ちてスパイシーだが、それほどの辛味は、ない。
ブルースに進めると、おお、これなら俺でもいける。と簡単に喰ってしまうほど。


これがビリヤニ。中の肉は羊。
だから、「マトンビリヤニ」と言ったところか。
これも、うわっ!辛い!というような辛味はない。しかし、ブルース大汗。辛味ばかりじゃない、香辛料には如実に反応する男ブルース。今日もがっつり汗かきながらの飯である。
米は当然長粒米。さらっとして、しかし具はジューシィ。なんというバランス感覚。

ところで、さっき辛くないと言った俺たちだが、だんだんと訂正の必要が出てきた。
後から来る辛さだったのだ。
じわりじわりとせり上がる辛さ。
俺には、それも楽しめる程度の辛さだったが、しかし、ブルースよ。お前の弱点は辛さだったはず。
「いいや!違うね!……少なくとも、“今”の俺はッ!」


ああ、なんと、その自信の根拠は付け合せのヨーグルト。それも砂糖つき。
後半、「奥の手は取っておくものサ」とばかりに+ヨーグルトでビリヤニを食べ出したブルース。
しかし、これは辛さの軽減だけではなかったみたい。
コクが、深みが倍増!とのこと。
そーだよね。まろやかにはなるだろうし、スパイスと乳製品のマリアージュが様々な喜びを生み出すのも、ぼく、知ってるよ。


ちなみに、マトンカレーの付け合せはこのでっかくて香ばしいナンだ。
ナンだけで喰っても旨い。スパイスのきつさを包み込む包容力もある。
まあ、ここのところインド系料理の店でナンで失敗したことはない。日本中のナンがきっとと旨くなっているんだよ。
日本人がナンの味を一般的に捉えるようになって、どのナンも旨くなくては居られなくなったのだ、きっと。


そうして、本場のパキスタンをしゃぶりつくして(文字通り骨までしゃぶったぞ、俺は)俺たちはアルカラムを後にしたのだ。

しかし、帰りの車中。
「さっきの、ホワイトボード、ウルドゥー語と英語が並べてあったよな」
「ああ、そうだね。英語でもなんとなくしか判らなかったけど」
「あれな、パキスタンに住んでた人がサイトに書いてたけど、よこのウルドゥー語のメニューは違う料理らしいぞ」
「ええッ!?」
「あの辺りにはパキスタン街があって、彼らのための料理なんだよ。本来日本人はバイキングしか想定されてないんだろうよ」

招かざる客だったのだ。
まだ、本場の裏メニューを喰うには俺たちは素人過ぎた。
というか、ウルドゥー語のメニューこそ、本来の表メニュー。俺たちはまだ日本人でしかないのだ。
今回は敗北。
しかし、旨いものを喰えて満足。また、機会があれば会おう、アルカラム。闘いはまだ始まったばかりだ。



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