群馬県高崎市はスパゲッティ消費量日本一!
だから、高崎市でスパゲッティを喰おうじゃないか……と。
それは本当に即興だった。

俺とブルースと親分が朝集合したときは、どこで何を食べまくるか、全く決まっていなかった。
栃木?茨城?群馬?……とりあえず北関東のどっか行こうぜ。うーん、どうする?ま、いいや、とりあえず群馬ね。
と、高速に乗ってからブルースが何気なく言ったのだ。
「高崎市って、スパゲッティ消費量が日本一らしいな」
「……へえ」
「あ、そう」
この時点で、高崎行きが決定してしまった。しかし、だからと言ってパスタである。みんなパスタ好きだからって、特に驚くほどの何かがあるとは思えない。
しかし、日本一である。スパゲティ好きに喰わすための試行錯誤は日本で一番行われているはずである。
俺たちは普通に旨いものを喰えばいいのだ。
だから、俺たちは、高崎に向かった。

高崎に着く直前に、「高崎 スパゲティ」で検索すると、「シャンゴ」なる店名がヒット。
高崎に何店もチェーン展開している地元民なら誰でも知ってる老舗のお店らしい。
チェーン?……いやいや、こういう地元密着がいいんじゃねえの。長岡市の「イタリアン」の例もあるしよォ

ところで、そのとき俺が見た飲食店紹介のサイトには、シャンゴはこう書いてあった。
「ボリュームがあって、どれもおいしい。しかし、シャンゴ風スパゲティは食べてはいけない。後悔することになる」と。
おいおい、店の名前を冠したメニューだけ喰うなって、どういうレビューなの、コレ。
俺たちは笑い飛ばした。……そのときは。


見えてきた。シャンゴ本店。
どうせ行くならもちろん本拠地で喰おうと、俺たちは高崎市問屋町のシャンゴ本店に現れた。
しかしどうしたことだ。この店、見上げるとまるで砦のようじゃないか。
イヤな想像が胸をよぎる。
イタリア製西部劇、つまりマカロニウェスタン史上、屈指の虐殺ヒーロー「ジャンゴ」
棺桶を引きずり、ヤツが現れる町は悲鳴とガトリングガンの咆哮だけがこだまし、そして主人公以外の全てが死に絶えるのだ。
マカロニウェスタンは和製英語。アメリカではスパゲティウェスタンと言うらしい。
シャンゴは、俺たちに皆殺しの歌を聞かせようとでもいうつもりなのか。
シャンゴ、お前は……

開いてなかった。
開店時間は30分後。


時間を潰して再度登場。開店後本日最初の客となる。と思ったが、そうでもない。家族連れなど次々と客が入る。
いいね、地元密着店だ。心配していた殺伐はないようだ。

セットメニューも豊富なシャンゴはファミリー向けにいいんだろう。
いろいろ考えた末に、ブルースはさっぱりとキノコのスパゲティ。

親分は、 グラタン風のフェトチーネ
そして俺は……
「シャンゴ風だよな?」
はァ?
「だよな、シャンゴ風だよな?」
ええ!?だって、「これだけは食べてはいけない」ンだよ?この店のメニューを絶賛している人が「これだけはダメ」なんだよ?
「だよなあ。なんで、そこまで『ダメ』なんだ?……気に、な・り・ま・せ・ん・か!
「あ……ああ!すみません、俺はこの『シャンゴ風スパゲティ』中盛りで」

「あーお前変わっちまった!」
「え?え?」
「そこはノータイムで『大盛り一つ!』だろーが、肉弾頭ならば」
「でも、ここのはボリュームたっぷりって言うから」
「中途半端なんだよ」
メタメタである。しかし、俺の判断が間違い出ないことはその後すぐ解る。



ブルースのヤツ。予想通り、さっぱりしていて、大概なボリュームだったが最後までおいしく食べられたと。
麺もアルデンテだし、味もしっかりしている、普通に旨いパスタだ。



親分のはアツアツ!
このクソ熱い時期に!おまけにこのホワイトソースとチーズの保熱力は並ではない。
「アチッ!」……慌てないでも良いのに。少しヤケドしたみたいだが、旨いことには変わりはない。
チーズ、ベシャメル、そしてトマトソース。旨いというよりむしろクドイ。このクドサがむしろこの店の売りであることを、俺たちは次の瞬間知ることになるが。



見よ!これが、シャンゴ風スパゲティだッッ!!
一目見て、「クドイ!」しかし……嬉しい!!

パスタに、トンカツ。その上には掛け過ぎミートソース。ミートも、肉を出汁にしたトマトソースといった風情ではなく、肉を具にしたというよりボディにした、ドミグラス的な濃いィ味わい。
なんという“肉”感。なんという肉!
肉(ミートソース)を調味料に肉(トンカツ)を食べるんだが、それらを受け止めるはずのパスタが、ともすれば足りなくなりそうなほどの肉と肉。
罰ゲームが瞬時にご褒美にひっくり返った。なに、この、至福感。ピンチの後にチャンスあり?

冷静に考えてみれば、確かにパスタでさっぱり喰おうと思ってるところに知らずに頼んじゃったら、これは罰ゲームと思うよね。
たまたま俺の内なる衝動にぴったり来てくれただけのこのメニュー。イロモノかも知れんけど、俺には類なきご馳走でしたよ。ありがとう、シャンゴ。



てなわけで、思い思いにいい思いをしてシャンゴを後にした俺たちは、また腹ごなしに行くべき場所を持っていなかった。
そりゃそうだ。高崎に来ようと思ったのはついさっきだもん。
近所に県立歴史博物館があると知った俺たちは、とりあえずそちらに向かうことにした。
「粉もの上州風土記」
なんと、タイムリーな特別展が開催中。ヒャッハー!
上州といえば小麦文化。その一旦である高崎パスタを喰いまくった直後の俺たちは、自分のための展示かと思って得意げに入っていきますよ。



勉強になった。小麦に限らず、ヒエ、トウモロコシ、コメなどの穀物を粉にして食べる文化が群馬に根付いていることをじっくり勉強させてもらったのだった。
すいとん、おきりこみ、などの汁に練った粉を入れる郷土料理のバリエーションの多さ、その粉文化の広がりに圧倒された。
ブルースは焼まんじゅうに心を奪われたようで、「焼まんじゅうは食っておかねばな」と決意を新たにしたもよう。

と、地元群馬の食文化を彩る伝統食の展示を順に見て行った俺は、とんでもないものを発見してしまう。




あーー!シャンゴ風!

これは、間違いなく博物館館内で撮った写真である。
群馬県立歴史博物館で、粉モノ文化の特集で、「伝統食」のコーナーに陳列されている食品サンプルである。
イロモノだと思って……罰ゲーム的なノリで……俺は歴史を食べてしまったのか?
奥深い。高崎パスタ界。
しかし最大の驚きはこのソースの量である。どう見てもサンプルの方が少ない。実物はもっとヤケクソ気味にソース特盛である。

また我々は地元食=常食の凄みを知ってしまったのだった。

ところで、博物館の併設レストランでは「粉もの上州風土記」にリンクして特別メニューをご奉仕しているらしい。
「焼まんじゅう喰おうぜ!」
さっきボリュームたっぷりシャンゴのパスタを喰ったばかりのはずのブルースが、もう、止めようもないほどに漲っている。
ならば止めない。だって、俺も食べたいから。

売り切れ
しかし、すでに焼まんじゅうはない。まあ、適当に地元食を食べることにしたが、


地粉で作る、地元農家が栽培したトマトをソースにした、パスタ。
という触れ込みだが、しかし、ブルースは見るなり言う。
「あーこれ、俺はよく見るぞ。つーか、昔よく食べた」
奇遇だな。俺も、全く同じものをよく目にした、というよりこれは、
「自分で作ったパスタだ!」
買って来たデュラムセモリナ粉を卵で練って、市販のパスタマシーンで延ばすと、誰が作っても大概こういうものができるはず。
「あ、やっぱりそうだ」
食べてみればなお確実に解る。
「というか○○さん(トマト農家)に謝れ!『丹精込めた手作り』って、ドライトマトにしたら一緒だろーが!」
目当ての焼まんじゅうがなかったせいか、ちょっとキレ気味のブルース。


こっちは菜っ葉を練りこんだ、焼おにぎりと餅の中間ぐらいの食感の米の惣菜。
バターかクリームを練りこんであるのか、ちょいと洋風の風味。俺には半端な印象だが、さっきキレてたブルースには意外といい評価。



で、これはそば粉のクレープみたいなヤツ。上の薬味はネギ味噌。
この3品の中では、俺はダントツに好き。
表面はかりっと焼けているけど、中はねっとりして、しかしふわっとした食感。うーん、喩えがたいが。
そば粉の微かな粘りを味わうには、蕎麦よりもこっちの食べ方の方が適してるんじゃないかな?
今度、自分でそば粉打って試してみようと思う。

というわけで、衝撃を受けた上州粉紀行はとりあえずの完結を見た……ようにそのときは思ったのだったが。


「よう、焼まんじゅう食べに行こうぜ」
まだ1週間も経っていないのに、ヤツはやる気ですぜ!
ブルースは転んでもただでは起きないのだ。しかし、転んだ場所でお金を拾って立ち上がるようなタイプではない。
「足ついたさかい、最初から登りなおしてんのや!」と言ったところか。

親分は都合が合わなかったが、俺は特に用事もなく、ブルースの運転で連れて行ってもらうのに嫌も応もなかった。
「行こう。食べに行くというのなら、俺も行こう」



やがて山肌に見える……あれはなんだ?階段ピラミッド?ばかな!ティオティワカンはメキシコのはず。もしや、
上州はアステカだったのか?

なんか、墓地だったみたいですね。凄い立地です。
あ、ピラミッドも墓地説があるから別に間違いじゃないか。



つーことで焼まんじゅう屋。
よくみると、街中に普通に幟立てて、焼まんじゅうメインでテイクアウトとか店内とか、いろんなやり方で売ってる。
焼そばとかサイドディッシュにしてるとこも多くて、他所のヒトから見たらご飯かおやつかよく解らないこの焼まんじゅうが、地元のヒトにはごく当たり前の喰い物だってことが良くわかる。




タレがピカピカ光って、とってもおいしそうな匂い。つまり、焦げた砂糖と味噌の匂い。





専用の竹べらで、串から外し、刺し、口に運んでかぶりつくのが正式な作法のようだ。
恥ずかしながら、「まんじゅう」という言葉から何故か大福のようなものを想像し、みっちり詰まったものを想像していたのだが、
サクッ
ふわふわでした。肉まんの皮の様に多孔質の生地がふんわり焼けてるんだけど、表面は焼けてカリッと、その上のタレはドロッと、その3層の続けざまに来る感触は、俺は初体験。
甘辛く、重めの味付け、熱いタレがべっとりと口に張り付いて、ホワッ!やべっ、となるところでカリ、サクサクっと。
軽くてね、いくらでも食べられるカンジ。


しかし、こっちはあんこ入り。あんこなし、あんこいり、両方売ってる店が多いみたい。
まあ、まんじゅうなんだからあんこが入っていて当たり前なんだけど。こっちは外の甘辛ダレと中のあんこの甘さが打ち消しあって、むしろ小豆の、この場合はこしあんの粉の旨みがじっくり味わえるような仕組みになっております。
そのうえ、あんこ分のボリュームで腹持ちもいいと。

上州の粉文化。今回だけで終わるのは惜しいので、いずれ続きがありましょうか?
群馬在住の方の情報をお持ちしております。

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