さて、本日の食べまくりはここ日暮里よりお送りする。
日暮里にはペルシャ料理店が存在すると言う。
だから行くのだ。特に理由はない。
イスラム圏のど真ん中にありながら、古代からアジアの西半分をリードし続けてきたペルシャ世界帝国の衣鉢を継ぎ、独特の世界観を持つイラン。
何故か食べたことがない。
だから、行くのだ。
ブルースは独善的な男だ。自分がいいと思ったものは、人もいいと思うに違いないと思っている。
「俺、自転車始めたんだ。お前らも乗れよ。楽しいぞ〜」
クロスバイクで遠乗りをする楽しさに仲間を誘う弁舌を振るったとき、しかし!そのときヤツはまだ、自転車を保有していなかった!!
取り寄せにしているのだと。
それも、買おうと決めた自転車はその場で購入できる状態だったにも拘らず、好みの色がなかったからとわざわざ取り寄せ注文しているのだと。そんな状態で自転車の良さを説かれてもなあ……
だいたい何色だっていいじゃねえか!!
「だってよ、3倍速く走りそうじゃない?」
そう、ヤツは赤い彗星のシンパであった。
だから、兼ねてより目をつけていた日暮里のペルシャ料理店「ザクロ」に俺が誘ったとき、丁度その真っ赤な自転車が届いたばかりだと言って、彼奴はごねたのだ。
「雨なら行ってもいいな。晴れたらチャリ乗りに行きたいから」
「じゃあ、日暮里まで漕いで来りゃ一石二鳥じゃん」
冗談のつもりだった……
「お、お前天才か!?」
「オッケー、オッケー、じゃあ日暮里に(おまえは)自転車で集合な」
今思えば、(おまえは)を省略したのは、確かに俺の落ち度である。しかし……
キュピーン!!
颯爽登場。確かにこの行動力は素晴らしい。
新座から30キロ。確かに、ヤツは約束どおり自分の脚力だけで現れた。
だから、電車に乗って到着した俺を責める、責める。
「お前は俺を裏切った!」
確かにお前には言う資格がある。俺の言い方もまずかった。
しかし、俺がスポーツサイクルを持っていないのはお前だって知ってるだろ?ママチャリで川崎から25キロ、日暮里まで来いと言うのか?
それは無茶に過ぎる。
そんなこんなでペルシャ料理「ザクロ」に到着。
ランチであったが、食べまくり的にはコレが今回のクライマックスである。
こころして読め。
「ここで靴を脱いでください」
いきなり言われた。ここは注文の多い料理店か?と思いきや、
おお、ペルシャ絨毯。この店、椅子とテーブルと言う概念が存在しない。なんと言うか本格的。
といっても、本場イランでどんな食生活が営まれているかは知らん。しかし、いきなり異文化を感じさせられてしまったのだ。ここはそういうものなのだと思って従う以外に、俺たちは道を持たん。
「お客さん、この店初めてじゃないですよね?」
「ばりっばり、初めてです」
「え〜、なんか常連っぽいムードですよ」
いきなりよく判らない印象を持ってくれたお店のお姉さん。俺たちが店のシステムを知らないと判ると途端にノンストップで喋りだす。
「こちらお勧めのコースはランチですがお一人様千円となります本場ペルシャ料理のスープやサラダデザートなどが付きましてご飯やナンもありとてもお得になっていますディナーでお出ししている一品料理もありますがこのコースコレだけでも十分お腹いっぱいになりますよあと飲み物も一品選んでいただけますしご来店のお客さんの99パーセントはこちらのコースをご注文なさいますね」
立て板に水と言うか、本当に句読点息継ぎ無しな喋り方で本当はもっといっぱい説明をしてくれていたのだが、一回で耳に入るのはこれくらい。とにかくよく喋るお姉さんであったよ。
「残りの1パーセントは?」
「イランの方か日本人でもよくいらっしゃるお客さんは一品料理頼まれることもありますね」
ああ、なんか惹かれる言い方。常連っぽく一品料理も頼んでみたいところだが、しかし、店の人が太鼓判を押すコース料理を食べない手はないだろう。
「それでは壁際の席をどうぞ。寄りかかってくつろいでください。並んで座っていただければお二人ともくつろげますよ」
いや、ないだろ。
男二人で隣に座って飯とか、そりゃないだろ?
「だよネ、だよネ、男で並んだら気持ち悪いだろ」
厨房から現れた陽気なイラン人が俺たちの気持ちを代弁した。しかし……こいつが作るの?なんかすごいお調子者。
「これ、アッチのアヤシイ男たちに持ってって……おーい、コレ、サービスだよ。食べるよね?」
コースの前に、いきなりデザート!?
お調子者はいきなり客をアヤシイ男呼ばわり!しかし、いきなりサービスだよ。気前良いネ。
杏のシロップ漬けをほんのり酸味の生クリームで喰わせる、口当たりのいいお菓子だ。
うまい!ごっつぁんになります。
で、いきなり、スープ、豆のカレー、マトンカレーと次々味の濃いものが。
スープはスパイスが効いているんだけど、さらっとしていて後味の切れがよく、食欲増進剤みたいなカンジ。
豆カレーはこってりしてるんだけど、いろんな豆のボリュウムがしっかりしているからこれだけで腹に溜まる一皿の食卓みたいなもんで、
しかし、このマトンカレーは単独では強すぎる。
旨みが強すぎる!
「こ、米〜。若しくはナン〜。米〜、ナン〜」
すぐに米が来ました。
もちろん、長粒米だ。
この、マトンと、カレーと、この、長い米だ。インディカ米だ。
無敵すぎる。
旨い。全く持って旨い。最初にデザートが来ると言う変則だが、このコースで1000円はまあ、そこそこリーズナブル。
と、思っていたら、いや、いや、まだ来ますよ。
春巻きとコロッケ的な何か。
というか、この春巻きの中身はイモ。
コロッケ的なのは、豆を挽いて揚げたやつ。
なんというか、ボリュームありまして、
さらにイモのケーキ。
ヨーグルトベースのソースがかかって、食べやすいんだが、これもまたボリューム感満載。
ナンとか。
本来のコースのデザートは干しイチジク。
(最初のデザートはサービスだから)
見てくれよ、この床テーブルを埋め尽くす勢いの皿の数を。
千円じゃ安いよ!
その上、「おーい、そこのアヤシイ奴ぅ!賄いで作った料理もあるけど食べるか?」だと!
まだサービスするのかよ?ペイできるのかよ?
すると、イランの兄ちゃんにやりと笑って、
「千円のコースで、サービス、サービスとか言って次々喰わして……帰るとき3万円になってたりして……」
「怖いお兄さんが」
「兄貴〜〜〜」
「!」
「!」
「……なんてネ」
一瞬、マジで吃驚した。
なんと人の悪い。
しかし、気前はいいのだ。
正直言って、正規のメニューより旨い。いつも、店の人が喰ってる飯を横目で見て「賄いの方が旨いんじゃないの?」と思っている俺たちだが、実際に喰わされると、やっぱりうまい。
それを告げると、イランの兄ちゃんはこともなげに言うのだ。
「さっきのマトンカレーに卵とご飯つけてレンジしただけだよ」
あらら。
こんないい加減な兄ちゃんだが、なぜか女性客にはとても紳士で接する。
「ははは、男に親切にしても、何の得もないからネ」
初老の夫婦が来店すると、
「は〜い、並んで座ってくださいね。お二人とっても仲良いネ〜ラブラブだネ〜〜」
そんで俺たちには、
「おい、アヤシイ奴。鶏も煮たけど食べるネ?」
なんとぞんざいな。
旨いんだけどな。
ありがたくいただくんだけどな。
たぶん、これはもう、ペルシャ料理でもなんでもないんだろうけど。
やっぱりスパイスが入ってるけど和風っぽいし。
この無国籍な感じの賄いはホント旨いな。
とにかく、千円でバカみたいにたっぷり喰えた。メニューだけでも十分なのに、一体どれだけおまけされたんだろ?
そのうえ、気持ちいいほどぞんざいで、気持ちよくて、しかし老夫婦には優しいこの兄ちゃんの店がいつまでも繁盛することを願ってやまない。
俺たちが大好きな店はいつも消えちまうから……
いやいや、みんな、日暮里あたりで安くエスニック喰いたいときは、このザクロを探してなるべく行くようにしようぜ。
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