紀陽銀行と和歌山県警の

黒い癒着”が生んだ「冤罪

*皆様からのご意見をお待ちしています。

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事件のあらまし

●私自身と中尾建設のこと

 私は和歌山県海草郡に生まれました。成人してから、堺市内

で中尾建設という会社を創業しました。趣味は狩猟で、大阪府

猟友会の理事を勤め、堺市ライオンズクラブにも所属。建設業

とは別に銭湯も経営し、敬老の日には地域のお年寄りに無料で

入浴していただいて、堺市から表彰を受けたこともあります。

 私の経営する中尾建設は、民間工事6:公共工事4の割合で

事業を行い、堺市からはAランクの評価を頂いています。

●紀陽銀行と中尾建設の関係

 紀陽銀行と私どもの会社は、私が和歌山の出身だったことか

ら、一九七二年頃に取引を始めました。その後、取引関係は二

十五年以上に及んでいます。しかも、他の銀行とは一切取引を

しない、いわゆる“一行取引”の関係で、紀陽銀行の取引先で

構成する親睦団体RM会の有力メンバーでした。好景気の時代

は、紀陽銀行堺市役所駅前支店の取引先のなかでも一、二を争

う優良取引先とされ、歴代の頭取や堺駅前支店の支店長たちと

も、昵懇の間柄でした。

 紀陽銀行が、私どもの中尾建設に対して融資を行う際には、

紀陽銀行の行員が必要な書類をすべて作成し、私は、その書類

に融資額を記入すればOKという破格の待遇を受けていました。

●山口専務との「口約束」

 一九八七年頃、私は、[エヌエヌルーム]という名の健康医

療機器を開発。その後も光線治療器や低温サウナ[エヌエヌオ

ーカプセル]などを開発し、厚生省の認可を受けました。

 昭和六十二年には、当時紀陽銀行の専務で、実質的なオーナ

ーでもあった山口寿一が、私の開発したエヌエヌルームを試用

して大変気に入り、私は山口宅に[エヌエヌオーカプセル]を

無料で据え付けています。

 平成二年、私どもは、これらの健康機器の販売を目的に、株

式会社エヌエヌオーを設立しました。そんな折、三和銀行から

私どもの会社に「エヌエヌオーカプセルの製造・販売を、ミド

リ会(*注:三和銀行の取引先で構成される親睦団体)で全面

的にバックアップしたい」という申し入れが再三ありました。

 しかし、私は、紀陽銀行とは長年にわたる取引関係にあった

ことから、専務だった山口寿一に三和銀行からの申し入れにつ

いて話をしました。すると、山口は「当行で販売はすべて引き

受ける。三和との話は断ってくれ。何なら、私から断っておい

てもいい」と私に言いました。

 これを受けて、私は、山口の指示どおり三和からの申し入れ

を断り、紀陽銀行の協力で、低温サウナの販売を進めることに

したのです。その当時は、紀陽銀行の堺駅前支店の支店長であ

った児島孝昇(*注/事件の告発者の一人)も、低温サウナの

販売に協力してくれていたのです。

 ところが、和歌山市で進んでいた『フォレストシティ計画』

に絡んで、山口寿一(当時は頭取に昇格)が、出資法違反で引

責辞任しました。新頭取には、西が就任しました。紀陽銀行で

は、この西の後、南出、中原と、短期間に頭取が次々に交替し

ていきます。

●頭取が次々に交替。約束はホゴに

 この間に、山口と私との間にあった「全面的な販売協力」の

口約束は、ホゴ同然のものとなっていくのです。もちろん、私

は、山口と接触し、後任の頭取に約束を守るように説得してく

れと依頼をしました。そして、後任の西頭取と面談の機会を得

ました。このとき、西頭取は私に「協力しましょう」と明言

しているのです。

 しかし、銀行員たちに取引先の紹介を指示するといったこと

は、全くしていません。そればかりか、頻繁に頭取とコンタク

トしようとする私に対して、ヒラ行員は出てきても、頭取自身

が電話口に出ることはなくなってきたのです。明らかに、私と

の面談を避けていました。

●土産までくれた銀行員・児島が、私を告発

 こうした状態が続くなかで、私は、堺駅前支店の支店長時代

から懇意であった児島孝昇(告発者の一人)に連絡を取って、

「なんとか銀行のトップと話し合う機会を設定してほしい」と

依頼しました。児島は、頭取と会う機会を作るために努力しま

しょうと約束してくれ、前日に慰安旅行で白浜に行った土産だ

と言って、柚子餅までくれました。

 ところが、その翌日(平成七年六月二十六日)の早朝、二十

人ほどの警官が自宅にやってきました。「いったい何事が起き

たんだ?」と思っていると、警官が私に逮捕状を見せました。

そこには「恐喝容疑」と書いてありました。県警は、自宅や会

社を家宅捜索し、私の所有するライフル銃や弾丸などを押収し

ていきました。

 その日から私は、なんと1カ月もの間、和歌山県警に勾留さ

れたのです。

●告発した児島の妻の難病治療に協力

 告発した行員の一人、児島孝昇は堺駅前支店長を務め、私と

は業務上の付き合いだけでなく、プライベートな面でも親しい

関係にありました。その親密さを証明するものがあります。

 永い間、難病を患っていた児島の妻に、私は、開発した温熱

治療器による治療を七年間にわたって、無料で施したのです。

このことは、和歌山県警捜査第一課・警部補 北野尚志による

児島美紀子の供述調書に記載されています。

 平成七年七月一一日付けの調書で、内容は次の通り。

「お尋ねにより、中尾社長と私の夫の関係について、具体的に

知りませんが、知っている範囲でお話します。

 夫は、堺市役所駅前支店の支店長をしていた時に、中尾社長

を知ったのだと思います。

 その中尾社長は、営業用や家庭用の低温サウナを開発し、エ

ヌエヌオーという会社をつくり、サウナの販売をしておりまし

た。

 その低温サウナについて、血の循環がよくなり、病気にも効

果があると夫から聞いていました。

 その当時、わたしは、こうげん病という病気にかかり、病院

へ通院したりしていましたが、一向に良くなることが無く、薬

の副作用により、体重が増え、体全体がむくんできたので悩ん

でいたところ、丁度、主人から低温サウナについて聞きました

ので、一度低温サウナに入って、自分の健康状態をためそうと

思い、夫にお願いし、平成元年末ごろ、中尾社長の経営する夕

雲ラドン温泉と言う大衆浴場の三階にあるエヌエヌオーエステ

ティックサロンへ行きました。

 (中略)その後、一週間に一回位づつ行っていましたところ

半年位で体重が一〇キロ位減り、薬の副作用が無くなり、少し

健康になったので、今年の春ごろまで続けました。

 (中略)こんな訳で、大変中尾社長さんには、ご迷惑をおか

けし、低温サウナで健康状態が維持出来た次第です(後略)」

 ご覧のとおり、警察の調書では、児島の奥さんは私にとても

感謝してくれています。にもかかわらず、児島は、私を罪に陥

れたのです。

●「余罪」さがしは失敗。それでも起訴

 逮捕後、私一ヵ月間にわたって警察に勾留されました。この

間に、和歌山県警は、建築業界関係者や友人・知人、建築物の

施工を手掛けた得意先から、当社の広告を手掛ける代理店にま

で捜査の手を伸ばし、談合疑惑、広告掲載料の不払い、さらに

女性関係までも洗い出そうとしました。

 ところが捜査の結果、わかったのは、私に何らの余罪も無い

こということでした。しかし、和歌山地検は平成七年七月十四

日、私を起訴してしまうのです。

 告発者の一人である児島は、私の勾留期限切れ寸前の七月二

十四日(*注/保釈は二十五日)になって、逮捕される前の日

に私と会い、そのときに「銃や爆弾を見せられ、脅迫された」

と供述しているのです。実際には、彼が私に白浜土産を手渡し

ただけなのに。

 ともあれ、結果的に、この日(平成七年七月二十四日)

の児島の供述が、立件のカギになり、裁判が始まりました。

 この裁判の続行中には、銀行員による「嘘の証言」や、検察

官が重要な証拠物件であるライフル銃を「返却したい」と申し

出るなど、奇怪な出来事が続出してきます。

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