転生そして覚醒
栃木リンチ殺人、捜査の不手際と殺害の因果関係認定
栃木県上三川町の会社員須藤正和さん(当時19才)が、1999年12月、少年グループにリンチを受けた末に殺害された事件を巡り、遺族が県警の捜査の不手際などを問題として、国家賠償法に基づいて県などに約15,000万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が4月12日、宇都宮地裁であった。
柴田裁判長は「被害者に生命、身体に対する重大な危険が加えられる恐れが存在し続けていたことは明らか」と、捜査の怠慢を認めた上、「警察官が警察権を行使することによって、加害行為の結果を回避することが可能だった」と、殺人事件との因果関係も認め、県と元少年に計11,270万円(県の賠償限度額は9,633万円)の支払いを命じた。
須藤正和さんは、1999年9月末から約二カ月、当時19才の少年三人に連れ回され、12月2日、絞殺された。須藤正和さんの両親は、同年10月以降、石橋署(現下野署)に「事件に巻き込まれ、監禁されたのではないか」と、再三にわたり捜査を要請したが、同署は取り合わなかった。
主犯・萩*** 栃木県宇都宮市今**町出身 ‘80年*月*日生
宇都宮市立豊**小学校、陽*中学校、県立***高校通信制1年退学
父親が栃木県警の警部補、暴走族に加わり暴力行為・迷惑行為のやりたい放題
弱気をくじき、強気に従う
暴力団の影をちらつかせ、従犯AとBを従え700万円を恐喝
無期懲役で服役中
裁判所での陳述「彼女と一緒に人生をやり直し、須藤君の分まで長生きします」
主犯の父親・萩***(元栃木県警警部補・その後、某駅前ボーリング場勤務)
「熱湯、熱湯、と主張するが、90度は熱湯ではない」
従犯A・梅*** 宇都宮市今*出身 ‘80年*月*日生
宇都宮市立*小学校、陽*中学校、私立***学園高校卒業
熱湯コマーシャル提案者、無期懲役で服役中
従犯B・村*** 宇都宮市岩*出身 ‘80年*月*日生
宇都宮市立豊**小学校、陽*中学校、私立**学院3年中退
懲役5年以上10年以下の不定期刑
殺虫スプレーを利用した火炎放射、90度の熱湯を浴びせ皮膚の80%に火傷を負わせた上、容赦ない暴行を加えた。
犯人たちの監視の許に須藤正和さん自身にATMで預金を引き出させ、犯人たちは「15年逃げ切れば時効」と言って豪遊した。
両親の訴えに対応した警察官は「息子さんは仲間と遊んでいる」と言って、両親に同行した従犯Cの母親の訴えも聴かなかった。
須藤正和さんの両親は、‘01年、県と少年3人、その保護者を相手に提訴。今回の判決では、正和さんがリンチで受けた火傷は、放置されれば死に至る可能性が大きかったとして、「被害者に重大な危害が加えられる恐れが存在し続けていたことは明白」と指摘。
更に、‘99年11月1日、石橋署が正和さんの同僚2人から事情聴取したことなどを挙げて、「石橋署は遅くとも11月1日には、被害者に対する危険が切迫していることを認識していたか、仮にしていなくても十分認識できたと認められる」と判断した。
その上で、「11月1日に捜査を開始していれば、捜査照会を行い、両親が送金したお金を引き出す銀行に張り込んだり、銀行に協力を依頼したりして、被害者を確保し、生命を救い得た」として、結果回避の可能性を認定した。
2006年4月12日 宇都宮地裁・判決
どれ位の月日が経過したのか、祥子には理解できなかった。ビルの外には出してもらうことはできないが、ある程度の自由が与えられていた。
朝晩には必ず注射を打たれ、夜から未明まで獣に苛まれる。
澄み切った空の下に広がる海を窓から眺めていた祥子の背後から
「祥子、久しぶりだな」
と、恋人だった入交総一郎が声を掛けてきた。
「あっ、総一郎さん!」
「思った以上に元気そうだな。事情があって、祥子をあいつらの生贄にしたが、これからは俺一人のものだ」
「・・・・?それじゃ、わたし、ここから出られるの?」
「そうだよ、この2年間、祥子には辛い思いをさせたけど、今日からは大丈夫だよ」
・・・あぁー、これで苦界から抜け出せる・・・
ホッと安堵の息を漏らしたが、またしても祥子の期待は裏切られ、総一郎から注射を打たれ意識を混濁させた。
「祥子、目隠しを取ってもいいよ」
入交総一郎は、祥子にアイ・マスクを取り外すことを許した。
祥子がアイ・マスクを外すと、瞳に映し出されたのは鉄格子で、外の通路とは遮断されていた。
「ァアー・・・・」
淡い希望を打ち砕かれ、祥子は再び、深い絶望に襲われて床に崩れ落ちた。
「ど、どうして、わたしをこんなに虐めるの?ねえ、教えて」
鉄格子に縋り、祥子は入交総一郎に訴えたが、冷たい一瞥を残して入交は出て行った。
粗末なベッドの脚に手錠で縛られ、祥子は不安に苛まれていた。
どれぐらい時間が経ったか、祥子の肌から脂汗が滲み始める。
「寒いわ、それに水が呑みたい!」
そういえば、今日はいつものように注射を打たれていない。
「ねえ、誰か居ないの!誰でもいいから、あの注射、わたしに・・・」
蟻が身体中を這いずり回る嫌悪感に襲われ、祥子はその苦痛から逃れようと絶叫を繰り返す。
監視カメラを通して映し出される祥子の姿を、秀信は正視することができず目をそらしてしまった。
松中吉康と悶着を起こしたくない秀信は、江戸商事や兵頭組と盟友関係にある麦岡会の総長・河原盛次に1億円を託し、江戸商事の幹部たちから宇野祥子を譲り受けさせた。
家族や警察の問い合わせには「知らぬ、存ぜぬ」で押し通した坂城、本田、酒匂、安藤、それに恋人の入交総一郎だったが、関東博徒界を取り仕切る河原盛次からの要請を拒絶できなかった。
穢れきったY市の惨状が、段々とマスコミを賑わすようになると、警察庁も放置することが得策でないと考えたようだ。
Y市で警察と癒着した風俗店の経営者が、烈しいストーカー行為の果て、女子大生を仲間に刺殺させる事件が勃発した。
執拗なストーカー行為を警察に訴えたが、犯人と癒着した警官たちは「恋人同士だろ、じっくり話し合えば」と、全く取り合わない。
白昼、女子大生が駅前で刺殺された後、警察は犯人逮捕をわざと遅らせ、逆に殺された女子大生のありもしない風評をマスコミに流す始末だった。
こうした警察発表を鵜呑みにした政権与党を擁護する曽野綾子は、殺された女子大生に非があるようなコメントを雑誌や週刊誌に掲載を繰り返した。
3本で芸者を妾にした首相の悪行を暴いたマスコミ関係者によって、捜査に当たった警察の怠慢と不正を暴かれ、ようやく刺殺された女子大生とその家族の名誉が回復された。
しかし、事件の背景となった悪徳警官と風俗店経営者との癒着は、面子にこだわる警察庁によって封印されている。
あれだけ刺殺された女子大生を攻撃した曽野綾子は、何の謝罪もしないし、コメントも発表しない。
国が公認した博打のテラ銭の一部をばら撒く財団の理事長に納まっているから、曽野綾子を糾弾する勇気あるマスコミもいない。
ナルミ自動車のOLをしていた上坂冬子も、女性作家の立場から刺殺された女子大生を罵詈雑言していたが、未だに訂正のコメントを出していない。
日本TVのワイドショーが一番悪辣であり、NHKから民放に移籍したキャスターが、したり顔で殺された女子大生の悪口を喋っていた。
オウム教団取材で有名な有田レポーターも、キャスターの喋った内容に相槌を打ち、殺された女子大生を誹謗中傷していた。
20才で殺された女子大生に霊魂があるならば、あいつらは憑りつかれてしまうだろう。
そう云えば、Y市の警察は、オウム教団に殺害された弁護士一家の捜査でも、怠慢の結果、大きなミスを冒していた。
ようやく重い腰を上げた警察庁は、清濁併せ呑む有能なキャリアを県警本部長に送り込み、Y市の警察の刷新に乗り出す。
こうした情勢の中で、宇野祥子の失踪事件を野党が国会の予算委員会で取り上げ、事件の捜査状況を警察庁の刑事局長に問い質した。
その一方、宇野祥子が軟禁されているビルの所在を麦岡会が掴み、神戸会六代目・稲田登を通して秀信に連絡が来た。
「そうか、入交の息子が一枚噛んでいるのか」
「秀信さん、ここは蛇の道は蛇、そのお嬢さんを河原に買わせましょう。奴らも、河原からの申し入れを拒絶できません。早くしないと、そのお嬢さん、殺されて海に棄てられますぜ」
「うーん、奴らを懲らしめる方法はないのか」
「アーラ、簡単でございますわ」
「イヤ、優子のパワーを使うと、奴らは俺たちだけでなく、前田家や鳴海家に牙を向けてくる。ここは稲田さんの提案通りにしよう」
優子に祥子の惨状を見せれば、江戸ビルを破壊するだけでなく、江戸商事の獣四匹を地獄の責め苦に陥れてしまう。
秀信に実力が備わっていない現在、松中との全面対決は避けなければならない。
竹中重之の涼しげな顔を見た、秀信はそう確信した。
「この関西では、警察は我々に遠慮していますが、皇居のある東京で優子さんのパワーが爆発すると、警察は黙っていないでしょう。秀信さんの言う通り、そのお嬢さんを救出することにしましょう」
竹中重之の意見もあり、優子は不承不承、納得して居間を出て行った。
「大きな声では言えないが、あのビルには利一や藤堂の息子も出入りしていた。確か、祥子さんと利一は同級生、そうか入交の息子と利一も同級生か!あいつら、どこまで腐っているのか」
「まあ、御恩のあるお方の息子さんですから、ここは大目に見てやって下さい。そのうちに、改心するでしょう」
竹中重之は、冷静に秀信を宥めた。
「私も東京に行きたいけど、期末試験が近づき、休暇を取れないわ」
「いいよ、中川さんと俺とで決着をつけ、祥子さんをここに連れ戻すから」
「悪いわねえ、じゃあ、お願いするわ」
「河原さん、この状態が何時まで続くの?」
「へい、約1週間は続く筈です。水をたっぷり呑ませ、身体に染み込んだヤクを排出させます」
「そうか、苦しいだろうな。どうしてこうした苦しみを与えたの?」
「へい、二年前、入交の息子が会社に無断で先物の小豆相場に手を出し、数百億円の損を出しました。それを経理部長の坂城に咎められ、許してもらう代償に恋人を奴らに差し出したそうです」
「そうだったんだ。あの相場でねえ」
校長先生も巻き込まれた先物相場が、こんなところまで影響を及ぼしていた。
「何でも、坂城も株で大損し、かなり会社の資金を遣い込んでいます。それを松中に教えてやります。そうすれば、あなたの手を汚さずに坂城を始末できますよ」
「この一件には、松中は絡んでいないの?」
「へい、まったく関わりないようで『くだらないことで、生駒のガキに借りを作った』と、大層、立腹しているようです」
河原盛次の側近、手形割引、債権回収に辣腕を振るっている麦岡会幹部・黒井次男は、何故か、秀信の姿を見て涕を浮かべた。
(あれっ?あいつも転生していたのか)
宇野祥子が救出された五日後、Y市の沖合に停泊中の中国貨物船の甲板から、商用で訪れていた江戸商事の安藤経理課長が誤って海に落ちた。
海上警察が懸命の捜索をしたが、安藤は見つからず、二日後、1月31日に水死体となって浮かび上がってきたことが、TVニュースで流された。
覚醒剤の禁断症状から脱した宇野祥子は、柔らかな布団に包まれ、鳴海恭子から癒しの介抱を受けながら、そのニュースを見ていた。
「鳴海先生、わたしを弄んだ獣の一人が死んだのね。後の3人も殺してやりたい!」
「その気持ちは判るけど、今はガマンしてね。私たちの力では、あなたを生きて救うことが精一杯だったの。許して、祥子くん」
いつまでも宇野祥子を東京に置けず、中川事務所の助けを借り、京都の別邸に運び込んだ。
江戸商事の邪魔が入ると予想したが、部下の不始末で秀信に借りができたと思い込んだ松中は、宇野祥子とその家族に手だしすることを禁じた。
Y市を根城にした松中吉康の力は首都圏一円に及び、甲斐計画と協調しながら、企業規模を拡大し続けている。
ここで暮す蜂須賀真里子や上山あかねは、松中の魔の手から逃げることが可能なのか。
秀信は自信が無くなり、中川清忠に相談すると
「大丈夫です。前田利長さまが、公安調査室を動かし、真里子さんやあかねさんを守っています。唯、利一さんの無軌道ぶりには、私たちも手を焼いていますが」
と、力強く答えた。
「ふーん、中川さんって、大阪府警を辞めたって、嘘だったんだね」
「い、いや、警察は辞めていますよ。変なこと、言わないで下さいよ」
「まあ、いいや。今のところは、俺たちの味方だから。でも変なことを報告したら、私は優子のパワーを制御しないからね。中川さんも気づいていると思うけど、あいつはこの文明社会を根底から崩壊させるパワーを持っているからね。それに如何なる攻撃も、優子には効かないよ。例え核兵器でも」
この不自然に発達した文明の流れを正常に戻すために、神々の摂理が働き、秀信、恭子、優子の3人を転生させたみたいだ。
神々の領域まで侵すクローン技術、遺伝子を操作するバイオ・テクノロジー、人々の心を荒廃させる政治や宗教、何時の間にか人間は自然の摂理を恐れぬ獣になっている。
「重之さんから伝言があるわよ」
宇野祥子の看護を鳴海恭子に任せ、秀一と芙由子の剣道の相手をしていた秀信に、通子が声を掛けてきた。
「何だろう?難しい話なの」
「それは、あなた次第と思うわ。松中という人物と、一度、会ってみないかって」
「誰の仕掛けだろう?」
「何でも、藤堂から筑後幹事長を通じて、重之さんに連絡があったそうよ」
「ふーん、それじゃ、断れないよ。それでお母さん、もう、返事してくれたのでしょう」
「そうよ、秀信ならば、きっと承諾する筈だから」
「それで、何時なの?」
「それがね、今日なのよ。京ホテルで午後1時、何でも・・・・」
「そうか、時局講演会が京都で開催され、藤堂も来ているからか。憲子さんの件はどうなったのかな?」
「手ぶらでは行けないわねえ、どうするの?秀信」
「そうだ!お母さんから貰った『黒茶碗』、あれを松中への御土産にしよう。お母さん、『黒』が嫌いなことを知って、あれを譲ってくれたでしょう」
「でも、利休好みでしょう。美濃焼で良い茶碗なのに」
「いいんだよ、腹の黒い狸に贈るんだから」
「勿体無いけど、仕方ないわね」
「また優子と一緒に転時したら、良い茶碗を持って帰ってくるからね」
仮初めであっても関係を修復する面談なので、恭子や優子も同席すると言い張り、所用で京都に来ていた小出美佐子も、秀信と竹中重之についてきた。
「優子、あいつに会っても、パワーを感じさせるな。前田グループ総帥の可愛い孫娘として、淑やかに振舞ってよね」
「はい、恭子先生のようには参りませんが、できるだけ慎ましく控えておりますわ」
「相手の心も読んじゃダメだよ。良家のお嬢さんを演じてね」
「はい、承知致しましたわ」
本当に判ってくれたのか、あいつが信長公を弑逆した黒幕って、優子の奴、云っていたのに。
蹴上ミヤコホテルの敷地内にある茶室が、今日の面談の場所と指定された。
流石に与党幹事長にはかなりのSPが警固し、鳴海恭子のSPと悶着を至るところで起こしていた。
公安調査室の嘱託を受けている(多分)中川とSPリーダーの渡辺が間に入って、警視庁のSPとのトラブルを緩和している。
恭子のSPは個性派揃いだが、自己の判断を重視して恭子を守る。それでいて、自分の能力を自覚して、見事なチームワークを示す。
秀信たちが茶室に入ると、既に松中と藤堂が待ち構えていた。
この茶室は上座・下座がなく、こういう面談には好都合な場所だ。
なるほど、姿容は前世とは違っているが、藤堂康高、松中吉康も転生した人間だった。
「初めてお目に掛ります、私が生駒秀信、それに妻の恭子と優子です。それに小出美佐子さんです」
必要なことを喋ることはなく、当面の休戦協定は、竹中重之と藤堂康高が適当に話し合っていた。
「丁寧なご挨拶、私が松中です」
狐と狸の腹芸で、微笑みを交わしながら、裏では相手を蹴落とそうと画策している。
「お招きを賜り、これは些少なものですが、養母が松中さんにと」
秀信は用意してきた「黒茶碗」を包んだ風呂敷を、松中の前に差し出した。
そうすると
「これは、私の部下が冒したことへのお詫びです」
と、松中も角張ったものを包んだ風呂敷を出してきた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
藤堂康高は、秀信の目を見ようとはせず、終始、俯いて畳の目を数えていた。
待つことに慣れているはずの松中が
「優子さまは、あのお方に良く似ておられます」
と、低い声でボッソとつぶやいた。
「冬姫の血を受け継いでいるから」
「それに恭子さまは、北政所さまに」
「足守・木下家と関わりがあるから」
「生駒さんは?」
「さあ、誰かと違って、豊家に恩義を感じていた武将が、秀頼を薩摩に逃がしたって、TVの時代劇でやっていたけど」
「そのような?」
「だって、市松と長政を江戸に留め置いたけど、忠興を出陣させたでしょう。それが間違いの始まり、そうだろう、藤堂さん」
高虎が転生した康高は、秀吉を裏切ったことが恥ずかしいのか、顔を紅潮させずっと沈黙を守っていた。
「ご存じとは思いますが、上山あかね、それに蜂須賀真里子、この二人に何か起これば、私は全力を上げてあなたたちに立ち向かいます。それに、私の家族が関係する者も同じことです。裏の世界でどのようなことが起きても、私の与り知らぬことですが、表の世界で今回のようなことが起これば、それに加担した者は妻の兄でも容赦するつもりはありません。何か優子の兄が藤堂さんの息子さんと悪さしているようですが、今後は付き合うことも遠慮して戴きたい」
「宜しいでしょう。互いに組織を大事にしないと」
「こちらの小出美佐子は、私の姉になります。小出勇次は憎い男でしょうが、私の義兄に当たります」
「では、瑞龍院さまで?」
「そう言うこと、それと李添保さんにも宜しく」
秀信の言葉に松中はギョッとしたが、何事もなかったように一礼して静かに席を立ち、藤堂を従えて庵を去っていった。
「優子さん、これであいつの正体を掴めましたね」
重之の持っている情報の真贋を、優子の直感で確かめるつもりだ。
「はい、真里子と同じように、不自然に遺伝子が凝縮していますわ」
優子は松中吉康と蜂須賀真理子に、遺伝子操作の跡に気づいた。
恭子の癒しパワーで宇野祥子は順調に回復し、宇野祥子の母親も娘の無事な姿を確認して濃津市に戻ったが、祥子は何かお役に立ちたいと嘆願し、高山弁護士の事務所で働いてもらうことになった。
松中が持参した1億円で、祥子は岩倉にあるマンションを購入し、残った6,000万円は前田銀行に定期預金した。
魅力溢れる女性だから、不幸な出来事を乗り越えて、きっと素晴らしい伴侶が見つかるだろう。
優子の報せを受けた前田利雄は、息子の利一を傘酉に呼び戻し、精神修養のために禅寺に入れてしまった。
兄・利一が祥子を凌辱したことにガマンがならず、優子は義絶して兄妹の縁を切ってしまった。
「兄でなければ、今頃はこの世に存在致しておりませんわ」