タスマニア島旅日記

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  農園滞在の最終日は世界自然遺産まで続いていく広大な山と原生林の入り口になる裏山登山、日本からの靴の底に穴が空いて、替わりに新しく買った靴もすでに穴が空いてその後はビーチサンダル、原生林を分け入りゴロゴロと大岩が転がる急勾配の本格登山では鼻緒が抜けそうになるけど、足首と鼻緒を縄で括って草履にすれば、足首周りや膝周りとか脛とか細かな筋肉に不安定な負荷がかかるけど、足首を固めるより柔軟性はあって慣れればこっちのほうが良くなりそう、草履凄いかも、ハイク用の靴を買おうかと思ってたけど考えるなあ、無計画な旅の可笑しみ。  標高1500m 程の山頂からの眺めはもちろん絶景で、今度は日の入りから夜空に日の出までをワインと共にキャンプを夢想、来年も来るにはまだ期待も好奇心も余白だらけだからどんどん夢想を煽って次に期待しないと、夜の宴でも来年を話せば仲間からメインランドで丁度開催されている世界で二番目の規模という芸術祭の模様を熱く語られて、ほら、どんどん余白が、無計画で仕方なしだったやり残し感も次には知った上での計画準備、固めすぎずに可笑しみのバランスも残して飛び込んできたい。 さて雪景色の春から桜を経て初夏までの2ヶ月の日本へ、そして韓国への2ヶ月、五十路迎えの剃髪行脚はなかなか新らしい

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  毎週付き添っていた日曜市には同行せず農園に残り出発準備、時別に当てがってくれた離れ部屋のアジトを拭き掃除して、汚れが目立ってきたブルーベリー摘みのバケツの山を洗い僅かになってきた収穫の季節に送る、残った折り鶴や役目を果たした演舞具は火に焚べて、南半球に出来た新しいアジトの次へが始まったなという心地。   農園から25キロの地元町デロラインで月一開催される土曜市での演舞では、知人友人の多い地元開催とあって農夫Timも毎年神輿を担ぎに来ている阿寒湖神社の法被を纏り、農園滞在の若手が作ったチラシを要所要所に貼りながら知った顔を足留めしては宣伝おしゃべりして大張り切り、主催側ももちろん協力的で、囲んでくれた輪の中のあちらこちらの知った顔、いつの間にか地元、剃髪で臨んだ初行脚はおかげさまでゆっくり馴染ませ、深呼吸は吸い込む一方から吐き出しへと。  滞在は残り1日になった月曜日の朝、2度目の歩き旅後を共に過ごしたフランス青年は土曜市から次の旅に出たし、ケベックの女の子もリンゴ収穫など仕事を求めてこれから出発、替わって昨日やってきたのはここ数年は少ないという日本女性、空気の入れ替わり、新しい環境を求めて世界のあちこちから次々やって来ては次へと移動していく意志に意気込み、こんな循環が日常当たり前にあるいまだ新大陸、速い時勢の動きに向き合えない積み重ねへのこだわりにも、半世紀の開拓を耕せない街にも、ヒントもらったかも、日々タスマニア島の感謝

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  前日は世界自然遺産のクレイドル山観光に農園一同で、サラダにパンに果物にナッツとドライフルーツとチョコと、、クーラーボックスに詰めて大張り切りな農夫Tim、休日返上で追われるようだったのにホント一息付いたんだなと。 来年やらの話がチラホラ聞こえてくるから、理屈付けのやり残しにと今回は息を呑んで置いといたクレイドル山だけど、車窓からの景色や半日コースを歩いてみれば、逆にもっと興味が湧いて今度は独りでじっくり徒歩キャンプな心地にならされて、そうそう、そんな消極的なんじゃなくてやれる事はやっとかないと、それでまた行きたくなる理屈が浮かべば訪れれば好い。 また戻ってくるのかと聞かれれば “No” と返し、戻るんじゃなくて進まないと、日本にだって知った道を歩く安易で帰国するつもりでいちゃいけないさ、余白たっぷりの好奇心にワクワクして行かないとね。 明日の演舞を前に離れのアジト部屋を大掃除、来た当初には昂り続けた農園の日常も馴染んで視野が狭くなっていたけど改めて新鮮に、滞在あと4日、まだまだ全然、知ったつもりでいただけだな

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  異常乾燥に照らされ続けた盛夏が去って秋の気配のタスマニア島、来た時には茶褐色一面に乾ききった広大過ぎる放牧地に地球の近未来すら想わされたけれど、農園での祝宴日に降った雨から数日おきに降るようになって緑はまた芽吹き、雨降りに草を食む牛や羊の姿の深呼吸そのものの穏やか、潤いを戻し冷たくなってきた空は色付いた風景をさらに彩やかに映えさせて、農園ではブルーベリーの樹々は新たに実を付けなくなり替わってリンゴや梨やカリンやらが色付き始める。 盛夏に追われ続けた農園作業も一段落なのかと一息吐けば、今度は夏には轢かれたまま道端に転がされていた肉に集っていた黄蜂が糖を求めてブンブンと群がって、思考と労働、工夫と作業はいくらでも転がっている農暮らしは生きると活きるの生活、仕える事だけが生活じゃない。 滞在が長くなってあちこち聞こえるようになってきた 、次ねえって、憶いは全くなかったけれど、ニュージーランドやら東南アジアやらにも地図を広げて、これから一年の過ごし方に好奇心を誘い込んでくれる夢想のタネにありがたい。 子供の頃から昼夜問わず夢想し続けていた風景が体感として近付いてくるようになって、頃合と剃髪してから初めての行脚の地になったタスマニア島は偶然を装ったように必然だったよう、体感し納得したと同時に生まれた新たな違和、まだまだもっともっと旅、夢想、体感、まず行動、そしてアジト

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  農園での日常に戻り日曜日は折り鶴を持ってマーケットに、金曜日の雨が土曜日の午後まで続いて、山もビルも灯りもない広い空はまた宇宙まで見えてるような透明感、朝焼け、来た時よりも1時間くらい朝が遅くなってきた。 車内で東京スカイツリー見物をした話しになり、まだ縁がないと応えると、首都圏の巨大さを実感出来てとても良い場所だと、3000万人以上の毎日3度の食料は一体どこから来てるのか、水やエネルギーはどこから、毎日3000万人がそこら中で糞や小便をしている不思議を実感できる場所だと彼らしい発想、そんな常識と日々向き合っている農園生活と、現実なのに無関心でいられる都市生活と、ダメなら使い捨てが当たり前になってきたモノと同じく、街も近所も人をも使い捨てになってきてる時勢に、永久な循環への発想は自然に対するものだけじゃないはず。 ビルの展望室から都会を眺めれば生活そのものが工場生産されているような光景、生産がない環境に育てば循環への発想は生まれないだろうし、、さあてと、まあ次へ次へ。 新聞で初開催の そば祭りの宣伝広告を見つけてマーケットをサッサと片付け飛び込みに、蕎麦打ちさんが日本からやってきて、折り紙や習字やらこっちの和太鼓連やら、世界各地でよく見かける日本祭りで大感歓迎され演舞し、閉会間際まで残っていた日本への興味がある人や在住日本人と次々話して、日本好きのTimの口からは盛んに来年の話が出るように。 農園から車で2時間半ほどの町は祭を終わると忙しく出発したけど、景色がまた全然違ってゆっくりしてみたい趣きがあって、途中途中の町にもまた、各地を歩いてみてからの興味が増している。 来た時には褐色一面だった大地が潤いのある薄く緑に覆われた大地に、冷たい風、次の土曜日には地元のマーケットに演舞して打ち上げ、夜にはまだお会いしていない家主友人の日本人女性から明日の食事の誘いがかかり、来年もあるのかなとか考えてちゃいけないのかもしれない。

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  朝方に小雨は落ちてきて旅の納め方の選択肢が半分に縮まり、旅のメモや次の夢想をまとめていたらボールペンのインクが切れて決定、バスで一気に戻る選択肢。 これで良かったのかなあなんて思いも車窓ではドンドン雨が強くなってやっぱり必然の縁だったみたい、戻る場を持たない一周旅とかならどうしてるかなとか、そんな想像をしながら農園に電話をして迎えを頼み、バスを乗り換えて農園から25キロ手前のデロラインで下車し家主のTimに只今! なのにバス脇の収納スペースを開けたらバックパックが積まれていない、タダでは済まされない毎日に笑える。 乗り換えの停留所ではこの時間帯に発車したバスはあと1台だけだったけど、なんか車内ではゾクッと予感がしていてやっぱりかの思いも、夜のバスにまた取りに来なきゃいけない家主はイライラしながら、祝宴の雨から小雨が何度か、そしてまた土砂降りの雨で緑が薄っすら覆うようになった放牧地で草を食む牛や羊の姿に嬉しそうだとウットリ、でも今度は夏には死肉ばかりを食べていた蜂みたいな虫が果物を求める季節になってブルーベリーにダメージを与えているらしく、季節のある生活の緊張感がめまぐるしく豊か。

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  何日かぶりに朝から日差しが強く、往路のバスの車窓から好さそうに見えた山に入ったセントメリーズに、町中すぐ近くにフリーキャンプ場、アーティストやヒッピーが多く住む町らしく、小さくてもそれぞれの店に独自な香りがあって、月一回開催らしいアートマーケットには飛び込めるかもしれないと次の夢想。 さて、どうやって農園に戻ろうか、残り10日の滞在に納得できる納め方の選択肢はまだいくつもある。

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  次のキャンプまでも送ってくれる事になって朝食はまた焚火を吸い込みながら、ホント何の工夫も要らないから、日本に来たら着火の手間に驚くだろうなぁ。 台所にあったオーストラリア版のシーフード料理本に “UNI DON ウニ丼があって、それじゃ採りに行こうと町に戻って船着場に。、多い時は週4度ほども海に潜っているらしく、風が冷たく波が立ってるのも慣れた感じでパッとシャツを脱ぐと昆布が生い茂る海へと滑り込んで、10分ほどで大きなウニを2つ持ち帰ってくる。 その光景が映画みたい、カッコいいやら羨ましいやらと思うのが何でだろと思ったら、こんな当たり前みたいな光景日本じゃできないんだもんな、漁業権とか。 ムラサキウニ?みたいな直径15センチはある巨大ウニ、僕は1個でお腹に重いと言ってたけど、こんな大きなの予想してなかった。 欧州からの旅行者が物珍しそうにカメラを向けてくるのを捌いて勧めたらイヤイヤと、身もたっぷり舌いっぱいに乗る大きさだけど、こっちの人はほとんど食べないらしく日本へ輸出の話にもなって、滑らかさや甘味が違うからあんな高値にはならないかもしれないけど、日本の冬に新鮮なのがあるのは良いかも。 また潜って今度は夕食用に紫イガイ、6分も潜っていられるらしくて気を揉むほど上がってこず、素潜りにはまった頃もあったけどせいぜい2分だったなあと、海でも森でも活きることに長けてる逞しい若者、親御さんの心意気をつなぐ体現者としての魂が送られてきたんだね。 往路でもキャンプした浜辺のサイトまで送ってもらい別れる、次々に出会える子供の頃からの夢想を刺激してくれる縁、また訪れる理由になりそうな縁の連続、あとは演舞の舞台か。 持て余すかと思った帰路も覚えたてのタスマニア焚火をずっと夜中まで

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出発を決めていた朝、青空の下でのこの風景も見たかったなあと思いつつ厚い雲が覆っていて、でも青空なら出発を迷っただろうから気分スッキリ出発へ移れて好く、心地はすでに戻った農園でのブルーベリー摘みから帰国準備とその次への夢想に、そんな時に停まってくれたのは珍しく旅行者でリタイヤ後人生のアメリカ人、父親はフィリピンで日本と闘ったのに自分は友人として日本に武器を売っていたから面白いなと笑ってホント時代の流れの速さ、進駐軍での日本訪問からビジネスになって、自分世代になると武道や伝統文化への興味での日本でその下になると英語の先生に、若い世代になるとアニメやオタク、時代の流れの早さは旅をしてても肌に感じて、次はどんな日本観が出てくるんだろ。 これまでで一番長い距離を乗せてもらって国立公園から
45キロあったBichenoに正午過ぎに、さすがに農園に戻る速度が早過ぎる気がして、今日はこれ以上進みたくないと待機すれば今度は往路で乗せてくれた青年にパッタリ、縁だなあ、それじゃあ両親が山の敷地に建てたモンゴル小屋に泊まらないかと誘ってくれて、車を飛ばしここから敷地だと原生林の中のダート道を走り、敷地はエライ広くて、てっぺんを拓いて小規模な母屋や菜園にモンゴル小屋が建ち、今は両親ともメインランド暮らしらしく、モンゴル品ショップを経営するお母さんと、農家の作物が買い叩かれないように活動するお父さんと、なるほど、こんな世界観がここではあちこちで当たり前のように現れる。 風呂は鋳物風呂が五右衛門風に造られていて、飛騨のアジトでも造ろうと五右衛門風呂を探してたけどこっちの方が簡単に手に入るじゃないと目からウロコ、色んな思い込みだった事が次々剥がされていく旅の日常の常識。 タンニンが含まれた例の茶色い水を満たして火を熾せばすごく簡単でまた驚き、そこら辺に落ちてる木や枝も直ぐに燃えて、紫外線が強くて乾いた厳しい環境に生きてる生命力からだと思うけど、火の香りがアロマみたいで、こっちでの初風呂と原生林の山々を見つめる風景とワインとチーズと、身体がふやけるまで浸からせてもらった。 日暮れて仕事のペンギンツアーに誘われ見物に、大人35ドルの料金なら行かなかったけど、暗闇を懐中電灯で照らせば海からヨチヨチ歩いてくる56羽の群れが幾つか、巣にも何羽か見られて、冬に備えた食い溜めの時期で海で過ごしているから3分の1ほどだと言うけど、動物園みたいな目の前を行列する風景を期待して料金を払った観光客には物足りなかったみたいだけど、野性の生態観察みたいで結構興奮できる。 帰り道も野性観察ドライブに、見慣れたオポッサムやワラビーに珍しいウォンバットも2頭、いたいた、最後に大きなのが2頭いて何かと思えば脱走した羊に笑い、野生動物ならすぐ森に逃げ込むのに彼らは車の前を走って逃げて、人間同様に野性の森には活きられないのかもしれないと思った

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  夜中にガリガリッとテントを引っ掻く音、風に煽られ枝が擦れてるのかと思えばまたガリッガリッ、テント内の食料に惹かれた小動物が引っ掻いて齧ってる模様、中から引っ叩いたらしばらく静かになったけど眠ればまた、こんな繰り返しで朝になりテントには直径1センチちょっとの小さな穴が、おっちゃんはオポッサムだと言って、寝ていてもテントに入られた事もあるそうだ。 前のキャンプ場でも食事中に近寄ってきて、自分に気付いても数十センチ離れただけで怖がる様子もなく、こっちで絵本のキャラクターに使われてるのに納得な不思議なオーラ、農園で果物を食べ漁られて敵対視するTimの姿にも納得、猿とか狐とか河童とかに近いかなあ。 水の節約でパスタや野菜を海水で調理して歯磨きも、うがいは豊富なミネラルの苦味、キャベツは海藻の味になって得した気分、半島になっている公園遊歩道を一周する予定でいたけど昨日の小雨に続いて雲が厚く冷たい風、駐車場に戻って案内板を見たら23日のコースとあって、1日で周れそうな気もするけど、雨具を持ってないし山登りにリスクあり、キャンプ場から直接奥を周ればよかったんだなあ、手軽な日帰り散策路だけを周って午後早くにキャンプに戻って退屈することはないけど、たまにバックパックを背負った旅人がテントの脇を抜けて浜に降り、達成感溢れる表情で海に浸かったりしてるのを見ると羨ましくなる。 みんな初日に半島の先でキャンプして2日目に帰路を歩いてるらしく、出発到着が遊歩道入口の駐車場の彼らとは条件が違うとはいえそもそも無計画だ、でも下調べや計画をしっかりすれば持て余す時間が増えるし旅の可笑し味も無くなっていくからなぁ、旅の種類が違うから欲張っても仕方なしだし、世界の全部の場所と時間と人とを見られるわけじゃないんだからと、縁だよ縁。 森歩き暦50年というおっちゃんはキャンプや休む連中が来るたびに話しかけて体験談、ここからは全てが見られるから好いと独りだけサイトから離れてキャンプしてるけど、若い女の子が海に浸かっていたら素っ裸で現れて成る程、あまり相手にされないと近寄ってきて、いつもは裸になる子がいるのに今回はいないし天気も良くないし寒いし変だと、夏が往っちゃいましたね、時と場を共有しているのにいろんな旅があるもんだと。 ワイングラスベイの由来についても教えてくれて、昔は捕鯨の追い込み漁が行われて赤ワインを充したように湾内が染まったからと、このコバルト色の海がねえ、そんな生死が昂ぶっている光景を重ねながら赤ワイン

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  フレイシネ国立公園への入り口の町コールズベイには1時間ほどで到着して、公園内での2泊のキャンプに備える買い物には早過ぎてキャンプの準備を済ませてからと。 さらに1時間近くで公園内の自然遊歩道入口駐車場に、夏休みは終わっているけど日曜日、月暦正月で中国人観光客が全体の半分以上、家族や団体が多くてすごく賑やか、ワイングラスベイという名前通りに湾曲したビーチを眺める展望台までの登り道は、ほぼ手ぶらとか観光やリゾートみたいな装いの人が多くて、一本道を連なって気分は街の雑踏、また通るからとまだ景色には集中しないように黙々とキャンプに進む。 展望台と浜への分岐を過ぎるとバックパック姿やハイキングが目立つようになって、登ってくる人たちはハアハアと息切らして汗を掻き、すれ違う挨拶の笑顔も辛そう、笑顔で挨拶交わすのが当たり前の習慣はこんな時はキツイね、いや元気を高めるのかな。 ワイングラスベイにはのんびり寛いだり記念撮影の人たち、海はすぐに深くなりそうで、あまり遠くないところに大型の遊覧フェリーも、湾曲が強いから寄せる波と引く波が複雑に絡んで渦巻き、定期的にくるデカイ波が引く波とぶつかって轟音と波飛沫を上げ、引き込む波もかなりの迫力。 さらに30分ほど浜を奥まで歩きキャンプサイト、ここまで来る人はほぼいなくて、常連という70歳くらいのおっちゃんがサイトから外れた場所で独りキャンプしてるだけ、テントを張り持っていたペットボトル2本の水を鍋とヤカンとコップに移して町に戻り、パンと傷んだ四つ切りキャベツとワインを購入、観光地は更にキチンと値が付いて悩ましくなるけど、衝動買いがないし、子供が当たり前顔でお菓子やジュースを手に歩き回る姿もないのは健康的な姿かも。 自然遊歩道は夕刻になって新しい観光客は来ずに一人静か、所々に立ち停まって景色も堪能しながら午後6時過ぎのまだ明るい時間に戻り、おっちゃんと自分以外の6人のキャンプ組の様子を肴にワイン、ワイングラスベイだもんね、片道2時間半の町まで一往復半して買い物だった1日、北海道のアジトでの1日みたい、タスマニア滞在も旅じゃなく暮らしの充実になってきた

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  冬季オリンピックのニュースを見ながら朝食、海外で見るほうがそれらしく見えるのは、たまに出てくる日本人に待ってました!の感じがあるから良いのかも、NYで暮らしてた時のオリンピックやブラジルでのW杯ではさり気なく扱われてた日本選手を熱く応援したっけね、今回は出てこなかったけど。 歩き始めればまた数キロで地元の若者、もう歩き旅じゃなくてリゾート旅になってきた。 毎晩開催のペンギン見学ツアーでガイドをしているらしく、これ以上の素敵な仕事は考えられないと恍惚、素敵なお客さん、星空の下の海から戻ってくるペンギンたち、目指す国立公園や周辺の自然や気候にも熱くて何だか楽しみが膨らまされ、若い人材が居るなあと感心。 町をつなぐメイン道路から国立公園への分岐で降ろしてもらえば通る車は観光車が真っ直ぐ目的地に行き来して、こんな道路は停まる車の気配がなく、旅の最初には全然歩く意欲じゃないと思っていたのに意外に毎日キチンと歩いてる。  30キロ先の国立公園入り口の町コールズベイ手前まで陽が高いうちにあっという間に着いてしまい、町中に入ればキャンプしにくそうで町に入る前の硬い低木林に潜り、テントの杭が入らないほどに硬い地面に逞しく根を張る硬い低木の隙間を探してキャンプ、薄い雲の端が裏からの太陽に照らされてオーロラみたいに虹色に輝いてる。 まだタスマニアでの野宿やキャンプ事情からズレてるけれど、そんな間がいろんな経験があるんだろうな

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  空に雲がなく急いでキャンプを畳んで浜に、水平線近くに雲があったけどそれとなくわかる日の出を拝めた。 そのまま砂浜歩きは身体や荷物の重みを吸収してくれて優しいけど、地面を蹴る一歩一歩に負荷もかかって2時間もすれば筋肉に張り、一般道に上がりたくなったけど、どうやらここも牧草地が続いて上がる道はなく、ギュッギュと鳴く無人の浜に他足跡は1つもない、凄いなあ、やっぱり島でも大陸だよ。 さらに1時間ほど歩いて岩場を越えた次の砂浜にコテージ客用の入り口があって失敬、10軒ほどのコテージを抜けて一般道に帰還で安堵の変。  一瞬楽な気分になるけど片側一車線ずつの道は速度制限80とか100とか、かまぼこ状の造りで車とすれ違うたびに傾いた路肩に避けては戻りの繰り返しで足首がひん曲がり、でも避けなきゃイライラする運転手もいるから毎度毎度、車からじゃこの傾斜は分かんないだろうな。 また降りられる浜があって目指すBicheno町まで続き、裸足の解放感に波の音の安心感、硬く締まった白浜は歩き易くて休憩しようと思ってたのもみるみる活力が蘇って一気に町に出た。 この先には人気の国立公園がありバックパッカー宿も幾つかあったけど有料キャンプサイトに、一区画2500円は一人だと割高だけど、あと数日で切れそうなカメラの充電、汗をかかないから気にならなかったけど臭い始めた着物の洗濯、シャワー、浮いてるように手ぶらな町歩き、チェックイン時間もまだ早くて充分に満足。 でも日中のキッチンではワイン飲みながら大騒ぎでゲームに講じるご年配一行が他の客から注意されていたり、消灯後には月暦正月中の中国人団体客が消灯後に大声で余韻に浸ったり、日中から酔ってた異様なテンションの女性3人組も車の音楽のボリュームを上げて隣と揉めて、何だかフリーキャンプ場よりも客層が雑な気が、お金を払ったからの感覚もあるかもしれないなあ

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  明け方は冷えて空には筋状の雲、雨を重ねて季節が夏から秋に移っている模様。 砂浜にたくさんの貝が打ち上げられていて度々目が留まり収集しながら歩くけど、持って帰ってどうするか、今までもいろんなモノがあったはずだけど失踪や放浪の度に人の手に渡られ、そろそろ本当のアジトを構えて旅の発信や伝える場所を持ちたくなってくる、どこってのが浮かばないけど。 朱色がかった砂浜はやっぱりギュギュと鳴き砂、海の色が日本と同じような藻色で安心感があり、海が海らしく広い。 小さな町に着くとスーパーマーケットがあって水分補給に牛乳1リットル、そこから一般道を歩き始めれば今度は海岸線までが放牧地になって高台から遠くにチラチラ眺められるくらいになり、大らかな風景はドライブなら格好だろうけど歩きには大き過ぎて、いっそ座り込んで眺めて物思いに耽りたいけど気を抜いて休める場所がない、大陸だよなぁ。 それだけに道路から近い白浜が見えた時には喜びも万歳で、なかなか近づけない浜に足を棒状にしながら滑り込めばフリーキャンプ場でまた万歳、始めて浜ではなくサイト内にテントを張ってみれば、今までは何でみんな海に出ないで林の中だろうと思ってたけど日除け風除けで快適に納得、大きなキャラバンが並ぶ中の小さなテント、料理をすると水があまり無くなって明日の町まで我慢だと覚悟していたら、メインランドからの兄ちゃんが 水困ってるでしょと二本のペットボトルを満たしてくれた。 自由に気ままにと自転車やヒッチハイクやキャラバンでの旅人たちから、何にでも立ち停まれて何にでも立ち停られる無防備に縁豊かな歩き旅は やってみたいとリスペクトされるけど、相手を羨ましいのはお互い様だよな、今回も他の旅人たちや旅の環境に なる程だらけになってる。 500ミリしかなかった水が余裕になって茶を沸かし歯も磨く、明日の町までの30キロもおかげさまで選択肢が広がって、感謝感謝。

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  リゾート気分に落ち着いていたキャンプが雲厚くて暗い朝を迎えて歩き心地に、雨を予感させる雲の速い流れ、進行方向逆の遠い北ではもう降ってるかのような暗さで、潮が満ちている海が強風で荒々しく、こんなコバルト色の海がこんなに荒れるのかと意外な感じ。 雨を思いつつまたすぐ車が停まってくれて1日が終わりそうだから、一般道には出ず島のように突き出した岬を大回りする自然歩道に、程なく予想通りに雨が落ちてきてやがて横殴りになり雷も、びしょ濡れになりながら急いでテントを張って潜り込み、飛ばされないようバックパックと足で押さえてビバーク、ふっふっふっ、笑えてくる旅の日常。  間もなく雨は小降りになり歩き直し、泳ぎに履いていた作務衣を草むらで引っ掛けたのか落としてしまい着替えがなかったけど、午後になって強い日射しが戻ればずぶ濡れた衣服はあっという間に乾いて、ジメジメしないから夕方までの雨なら何とも大丈夫な安心感がある。 セントヘレンズ町中心に着いたのは午後4時過ぎ、買い物と水を2日分、そして半島の付け根を横切って6キロほどを歩き向かいの海岸近くの海から続く湖だかの脇でキャンプ、ちょうど目の前の森に沈んでいく日の入りに慌ててテントを張りワインをグイッと一気に、フリーキャンプにはまり気味、日本ではテントを持ち歩いても野宿が贅沢な気がするけど、大自然に放たれるこっちではキャンプが贅沢。

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  水平線からの日の出ではいかなかったけど手を合わせたくなる朝陽、そうこれこれ、このために東海岸。 散策も兼ね幾つかの岩場を挟んで続く白浜を歩けば、長期滞在派が多いからか林の中のキャラバンから降りてくる人がほとんどなく、テトラポットも防波堤もなく、陸を見てもキャラバンがちらほら見えるだけで建物なし、トイレは汲み取りがあって水道なし、遊歩道案内もなし、凄いなあ、途中の遊歩道でよくわからなくなって一般道へ戻ればすぐに車が停まって町まで、他にヒッチハイクのヒッピーな若者が3人、新月から新月までの1ヶ月を世界各地に会場を移しながら開催を続けているレインボーギャザリングという、地球にも自然にも身体にも精神にも負担をかけない共生共存、循環社会への道筋を表現発信し続けているイベントが丁度タスマニア島で開催されていて、農園にも旅中でもあちこちで見かけられる。 当たり前と与えられてきた教育や社会の価値観との息苦しさから反発反抗する若者からの支持も熱く、数人で発散し尽くした爽やかな昂りと笑顔で続きを愉しんでいる姿、たいがいが都会を否定して出てくる人たち、この日常に当たり前に戻っていく彼らが都会でも表現や発信を諦めなければ、価値観ごとに分断されていく時勢はますますだからね。 おかげさまで午前8時には町に入って買い物、朝食、トイレ、買い物、水の確保、そしてまたキャンプへと歩き始めれば、敷地が広いなあと感心していた家で草刈り車で手入れしていたご老人が作業を止めて冷たい物飲むかと誘ってくれて、冷蔵庫から1リットルほど入っているオレンジジュースと小さな缶コーラにジンジャーエール、奥さんは卵6個、ホントに、そして町で見掛け作務衣姿が気になってたとまた車が停まり、日本人は初めてだと歓迎されたけどそんなのも珍しい、ここには公共交通がないから歩いている人を乗せるのは結構自然な感じなのかもな、歩いてる人も少ないと思うけど、キャンプではなく岬の展望ポイントに降ろしてもらって、また海岸線に続く白浜を歩いて戻る。 午後4時過ぎてまだ陽が高く今年の初泳ぎ、透明度抜群の冷たい水をザバザバ泳いで身体中に擦りつけ、食器も砂で磨いて卵を茹でて歯も磨く、活き返った、明日は歩くかな。

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  正午過ぎのバスで一気に東海岸北部リゾートや国立公園への拠点の町セントヘレンズへ移動、車窓からは成る程、おっちゃんが留める放牧地が真っ直ぐ延々と続くだけの風景が、でも小さな町は良い雰囲気でヘトヘトになりながら商店とかに辿り着いてみたかったような気も、それに東に向かうにつれ山が近づき放牧地や道端の緑も濃くなって、徐々に変化していく様子を味わいたかったような、考えない考えない。  セントヘレンズの観光案内所で情報収集、南へ一直線のはずだったのに北の絶景ビーチを案内されて戸惑ったけど、ビーチにはフリーキャンプ場が並んでるらしく北へ、まだ歩く目的意識が昂ぶってないから10数キロで着くのも丁度良い。 目的が定まらない歩きは本当に重くて、野生化したブラックベリーを摘みながら、靴の硬さを確かめながらブラブラ、そしたらやっぱり車が停まって島一周キャンプ旅の23才と22才のメインランドからのカップル、仕事は?とか年齢は?とかこの世代に聞かれると照れくさかったけど、返事のたびに驚き喜んでくれて良い事したような。 農園に来る若い連中も20代は多くて、ヨーロッパからの連中でも自分が徒歩野宿縦断した時にはまだ小学生にもなってなかったり、EUの経済統合前の事なんて彼らよりも知ってるし不思議、そんな普通じゃなく旅を続けなきゃなと責任感みたいなのも浮かんでくる。 一般道から原生林を挟んでキャラバンが並ぶフリーサイト、そして砂浜に降りてみるとワオ、眩しくて目が開けられないような白砂の浜、歩くごとにギュギュと鳴る鳴き砂、不純物がないんだなあ、予想外の砂浜に1日留まることにして、明日は片道15キロを町まで水汲み歩き旅かとそれも面白い。

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  昨日の雨で空が流されて星の瞬きが更に凄い、びしょ濡れの舞踊具を任せて日曜マーケットに付き添ったあとに歩き旅へ、演舞で目まぐるしく発散と吸収を繰り返した身体が物質を失ったようにスカスカ通って軽いけど筋肉の張りが物質の実感。 ブルーベリーに並べた折り鶴も3度目のマーケットで益々居心地が収まって、最初のマーケットでは30羽だったのが先週は60羽、今回は120羽ほどが人の手に渡り、折り鶴なんだけどと時折思いつつこれだけ喜ばれると別モノにも思えてくる。 今は国際語になった “ORIGAMI“ だけど20年以上前には商売みたいになったもんなぁ。 雨上がりのマーケットは人心地もやっぱり爽やかになってブルーベリーも好評、瑞々しく並ぶ野菜の出店にも流れが盛んで、陽が射す風景の色の鮮やかさ、新学期が始まって最初の日曜日の子供たち、宴を明けた心地、残りの滞在もたっぷり吸収できそうな気がする。 午後1時半にマーケットを捌けて、朝の車窓から見た朝陽に動かされて東海岸へ向けて歩き始め、スーパーがある最初の町まで90キロ、海岸の町まではそこから60キロ、水も食料もワインも2日半分を用意し万端だったのに、新しく買った靴が硬くて指が痺れているような熱いような痛いような、10キロ少々歩いて小さな村のバス停で靴下も脱いで血の巡りを戻していると、ちょっと前にすれ違った車が来て are you ok!?早くも、東海岸まで歩くと応えれば “ No! 間違いだ!地図ではあってるのにこの先には何もなくて車も人も通らないと熱心に説かれ、行くなら一度戻ってハイウェイを歩けと、そっちの方が大変だ、まあ歩いたことのない人には理解されない歩き旅、面白そうなおっちゃんの意見を呑んでLouncestonに戻って安宿に泊まって練り直しすることにした。 70歳手前のおっちゃんはこの町生まれでずっとこれまで、タスマニア島からもほとんど出たことがないらしく、持て余し気味なのか若い旅人や移住者を捕まえては世話を灼いてくれるらしく、助手席に乗っていたロシア人女性もドライブに連れてもらったのは良いけど帰るタイミングを与えられず自分の登場に安堵した様子、彼女を解放して宿を案内してくれてからはフードコートでコーヒー、そして町一番の景勝地やら船着場やら町十景を案内してくれてまだ明るいからと特別だという自宅にも、前回の歩き旅で通った川沿いの丘の斜面に建っていた家は確かに眺めが広くて空も広く、星空は最高で知り合いの日本人や韓国人もよく眺めに来るという。 前輪と後輪の大きさが極端に違うクラシック自転車があって、日曜市の町でレースのポスターを見たと言ったら 俺の息子がチャンピオンだ!と、眺めてたポスターの写真が息子さんだったとは面白いねえ、縁。 趣味の紙幣収集を見せてくれれば北朝鮮のが昔のモノから今のモノまで、旅行者用紙幣や日帝時代のもあって興味深く、それに太平洋戦争時に日本が侵略した東南アジア各国で使われていた紙幣とか、そんなの存在さえ初めて知って驚いた。 宿まで送るついでにマクドナルド、オージービーフで旨くて安いと、農園ではずっとオーガニックだったから新鮮、ローリングストーンズ好きの地元有名人らしいおっちゃん、予定変更して良かった旅の初日。

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  オーガニック農園 Dale Brookでの祝宴日、打つ手のない異常な乾燥と暑さでイライラしていた家主のTimも森も農園も動物も、互いを飛び散らかしていた意気が祝宴への期待でまとまったのか、夜明け前には月が見られたのに日の出頃どんより雲が覆って、そしてタスマニア島に入って初めて断続的に降り続ける雨の一日に、祝宴祝祭だとつくづく思える。 こんな日でもやって来た子連れ含めた30人は雨を気にしつつも気にせず、茶色く乾ききった風景や薄い空に違和を感じていたのは誰もがで、しっとりと呼吸を深めていく森や畑と共に、濡れていく身体や衣服を気をかけながら爽やかに雨の道を眺めて嬉しそうに、祝宴日。 自然界では極めて異質な人の役目ってそんなとこだったんじゃないかなあと、普段は互いを意識し合うことの少ない全てに宿っているエネルギーを導く耕し、里山もジャングルも人の耕があったほうが野生も息を増すというけどエゴじゃないような。 タスマニア島の滞在もちょうど半分、生命力あふれる農園風景があってのここでの時間、場所、節目の日になった、歩き旅に再び。


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  旅廻りの話しからオーストラリアにもその昔 Swagmanスワッグマンという徒歩で農家を渡り歩いて労働を提供した連中がいたとの話しになり、今はその替わりが  WWOOFERウーファー willing worker on organic farm 有機農園での労働提供に準備がある者になったと、家主のTimも日本では有機農家を訪れ労働と寝食を交換し滞在する事があるらしく、熟練の労働力と異なる農環境との交換に利害関係があってなるほどと思え、労働は仕事じゃなくて生活の価値観。 ここに入れ替わりでやって来る連中もウーファーだけどちょっとイメージが違って、大概は都市生活から来ているから労働は対価を求める仕事との捉え方、収入に繋がらないここは仕事が見つかるまでの出費の掛からない仮の宿とか、客観的な旅の体験の一部との向きが結構にあって、滞在しながら常により過ごしやすそうな環境を検索し続けているし、急に出て行ったりドタキャンや連絡がないまま来なかったりも多くなったと、スマフォ時勢は放浪や旅のハードルを下げた訳だからそれも当たり前だなあと、今後もそんな割合は増えていくんだと思える。 以前は23ヶ月の滞在も当たり前だったけど近頃は短期ばかりで、有機農法の作業は教えられないし、単純な収穫作業も毎日教えなきゃならないし食事や生活の世話やらと、そもそも有機農法やそこから繋がっていく生活や人繋がりに興味を持っていたとしても客観的な観察、声を荒げることも多い家主に納得しつつ、ウーファーも自分の役目は果たしてると思っている訳で、何か日本での巡業や行事に重なって凄くいい経験になってる。 雇われることで成り立つ生活の価値観の中では次代より自分への損得勘定が主、自然環境やらエネルギーやら気候変動やら、身近な街暮らしに関わる様々なことでも、次代を主観的に考えるには易くない時勢の環境、世界各地の都市生活から飛び出してきた様々な価値観に出会えるウーヒィン、なんか面白い。 明日は農園での祝祭を催し、200人は来るんじゃないかと喜々と張り切ってくれている家主 willing worker 労働の準備がある者旅廻りを魅せて次の訪問に期待を持たせられる演舞を、そして日曜日にはマーケットに折り鶴を配り、その後はまた歩き旅へ、感謝

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  乾ききっていた空にも台地にも少し潤った雨の夜明け、朱に染まった朝焼けの向かいに朝焼け色に七色の虹が架かって見つめつつ身体を伸ばす。 労働のある日は農園缶詰で過ごす日々、母屋があってブルーベリー畑を挟んだ離れをアジト、深い森へと続いていく高い樹々が林立した広場と脇を流れる魚が泳ぐ小川、鳥も動物も虫も自分らをあまり意識していないようにいる当たり前、午前6時のまだ冷えた空に体を伸ばして朝を迎え、やってみようなんて思ったことなかった作業を強い言葉で指摘されながら日射しにこなして、食事や茶に安らぎ、マーケットに渡す鶴を折って心地を落ち着かせながら寝る間際にやってくる夜を迎えて、毎日が一日だなあと持て余さない。 週末の祝宴に昨日撃たれた牛の臓物を土に還していく作業、皮に乗せた臓物は4人でも持ち上がらないほどで、まだ消化されてない草が一山分もあって生きてたんだと何だか、同じく祝宴に向ける鶏も甲高い声を消されながら潰され、久々に上がる週末の舞台に感謝感謝。 臓物と一緒にコンポストに納める牛糞を採りに放牧地へ入れば、何だか血気付いて囲んできた雄牛たちに理性じゃなく本能で向かわれてる緊張感、コンポスト周辺やら残された牛皮に数百から千匹ほども集った蝿の羽音が静かな自然や空にざわざわと響き、永久に循環していきそうな自然やら野生との共生の試み、アンデスの子供達と相撲をとった時に香ったのと同じ匂いがしてきた身体や着物に彼らの日常への納得、日本の友人からタスマニアはパーマカルチャーの聖地だよと便りがあって調べれば、何だか母方の田舎の光景に刺激されて子供の時から描き膨らませてきた風景に似ていて、管理可能で持続性のない自然を当たり前とする生活が世界中で割合を増していく中でも何とか何とか、一過性のイベントに済まさない循環していく祝宴に祝祭もそんなところから、歩かなきゃなぁ

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  エバンデール日曜市への出発は午前5時半、夜明けの道にはもの凄い数のワラビーが飛び出してきて、昨日には居なかった新たな轢かれた身体もたくさん、夜行性だからヘッドライトに目が潰れて見えなくなって竦むらしく、地元民にはスポーツやゲームみたいな感覚で轢いて喜ぶ人もいるそうな。 家主は気を付けていたけどあちこち過ぎて道ど真ん中に飛び出してきたのに気付かず1匹、とても美味しいから夜に轢いたら持って帰って食べると、2日前の晩には飼い犬の知らせで樹上に果物を荒らすオポッサムを見つけ棒で落として犬の餌食に、自然との共生と野生とのそれとは随分違う、ここではネイチャーライフじゃなくワイルドライフ。 昨日の市で喜ばれた折り鶴を昨夜またたくさん折って日曜市に、昨日は30人に喜ばれて今日は70人、マーケットを廻ってみると子供が息を吹きかけて飛んだ飛んだと喜んでるし、小さな女の子が潰さないでねと母親のバックに、若い子も手のひらに乗せながら他の店舗を見回っていて、単純だった折り鶴にも次から次と夢想を沸かせられてきた。 大きな町ロンセストンで靴を探すけど本格的なのは高過ぎてスーパーで2000円のを購入、硬過ぎるけど底は強そうでちょっと慣らせば。 演舞用に灯油も購入、日本じゃ分厚いポリタンクでないと売ってくれなくなったけど、こっちじゃペラペラのペットボトル、安売りスーパーでも買えるらしい、なんだかね、他の国でも大概そうだけど、でも他と間違えないように鮮やかな青にしてあるのは何で色つけてんだろ、まあ何度も吹かないから気にしないこったか。 新たなインスピレーションが沸いてきてアジトをテントから元の離れの部屋に、テント前で鶏が何か突いてると思ったら折れた銀歯が無くなって、スタンレイで拾った黒真珠みたいに鮮やかだった巻貝も、何喰わぬ顔だもんなぁ、荷物をまとめてれば小さなサソリが2匹、農園では噛まれると痛くて凄く痒いアリもいるし、ワイルドライフだね

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  いつも通りに日の出前の鳥に起こされて午前5時半、テント内に小さなサソリ、昨日もテント内でミツバチに刺されたし毎日なんかついてる、林のテントがアジトのおかげで歩き旅からずっと日々時々の風や空の変化に触れ続けてる豊か、今日も新しい一日を迎える期待。 皆が起きる前に母屋で身体を伸ばして瞑想と迷想、自家製ミルクとオーガニックオートミールにドライフルーツの朝食を摂り、家主に付き添って農園から25キロの小さな町デロライナでのマーケットへ、ブルーベリーとジャムの横に昨夜つくっておいた折り鶴を あなたの幸運と願いにと並べれば日本好きな家主も大喜び お腹に一円玉を折り込もう!と言われて五円玉だよと返したけど、一期一会の縁、一円玉でも凄くいいかも、こんな発想も日本では浮かばなかったなあ。 子供も若者も大人もご年輩も男も女も喜んでもらってくれて、“ORIGAMI“ が世界に知られるようになって昔みたいに神妙な表情で手に取ってくれる人は少なくなったけど、今でもこうして喜んでもらえるのは嬉しい。 残ったご飯で握ったおむすびも もうお腹がいっぱいなのにそりゃないよ!と農園の連中が喜んで夜食に摘んでくれたもんな、日本で過ごしている日常が自分に見えてくる日々。 今日は節分だねえ、週末の農園労働者は誰もなくて家主と2人だけだから、節分を教えるだけで心の中で鬼は福は、明日のマーケットは鳥に起こされる前の4時半に目覚め

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  身体は腸まで潤いを戻したようで歩き旅も一区切り、タスマニア島という風景にも追いつけた気がするし、まだ一月以上もある滞在への期待、農園に戻って収穫労働をしながら次への夢想を、と心地が爽やかになった出発の朝、日の出を拝み茶を沸かしてパンにバナナの朝食、すごく落ち着いたガリッ?? んっ? ?なんと奥歯が根っこから折れた。 数年前に指摘されていたすでに被せ物がある深い虫歯、見てくれた歯医者を何か信用できずに放ってたから気になってはいたけど、まさかこんなタイミングでねえと、昨日の夜はしっかりしてたのに不思議なもんだ。 一瞬のショックと無意識な気掛かりが解消した解放感と、何にしろ新た爽やかな朝になって、農園への帰還は行けるところまでバス、のんびり車窓から外を見つめる人、スマフォとにらめっこの若者、歩き旅と異なる日常風景、歩いてきた道を紫外線避けのシートが貼られた大きな窓から眺めれば違う風景のようで歩いてみたいような、陽射し、蝿、五感六勘で風景を吸い込む歩き旅の不思議さだ。 安宿に泊まったデボンポートから内陸に30キロのシェフィールドまでバスに乗り、残り40キロの歩きはビールを一杯呑んでから、蝿は少ないし涼しくて山が近くて森も見える風景の新鮮、新しい靴を準備してまた歩こうと早くも昂りが興る。 町から数キロで車が停まってくれて分岐点まで、また数キロでまた、森林の分岐点で降ろしてくれて自分は森へ住んでいると未舗装の道へ消えていく、風景を吸い込みながら歩きたい欲求と停まってくれる人たちとの愉しさ、めっきり車通りがなくなった道で背後からエンジン音が聞こえるたびに 停まるかな…“ どっちに転んでもが悩ましい。 食事もワインも買い物済みで農園仲間と泳ぎに来た川辺でのキャンプを予定してあと数キロ、背後からの車のエンジン音が落ちていく、え?っと、サンキュー、車内にはすでに2人が乗っていてタイ仏教の僧衣姿、オーストラリア人の小乗仏教僧といい1人は福島に3年いたらしく片言の日本語も、震災を期に離れ、その後タイで修行を始めて5年と、今回は森でキャンプしながら世界自然遺産内の森を抜け東海岸まで出るらしい。 食事は托鉢で貰ったもののみ、キャンプがなくなり不要になったパンを渡すと朝しか貰っちゃいけないと、水はフィルター持参で川の水らしくてなるほど、欲しいなあ、なんかやってるねえ。 あっという間に戻ってきてしまった農園は顔ぶれが入れ替わっていて、空気の汚染が激しくて真剣な移住希望で農園をやりたいというポーランド人夫婦、現代社会を受け入れられずヒッピーや瞑想世界に次を見出そうとしているイタリア青年、カナダの若い女の子も何かをと彷徨っているらしく、チリからも社会一般に真っ当な仕事を辞めてきた夫婦、積極的に彷徨う連中の層の厚さに時勢の急ピッチな変化を嬉しく思えて、巡業に付き合ってくる日本の連中のことを想いだす。 新しいアジトには林に常設の3畳ほどの広さで背を伸ばして立てるテント、ずっとキャンプが続くのが嬉しい。 夜は一番大きく見える満月スーパームーンが煌々と森の上で光を放ち、ブルーとかブラッドムーンは何かと思っていれば徐々に欠けてきた月、月蝕か、月が欠けていくにつれ増していく星空、流れ星も次々、午前0時を過ぎて皆既月食は赤茶色に光を失った月、初めて見た、初めて月を惑星に見えて、満天の星空と月が一体に浮かんで宇宙そのもののような、宇宙に行ってみたいと初めて思えた。 今日もなんだかまた、不思議な1日だったな

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  昨夜雨が降ってからずっと強い冷たい風が吹き続けて肌寒いほど、人口700人の小さな町散策、中心の旧い家並びはほぼ観光客用で、家ごと丸貸しの別荘スタイルがたくさん、砂浜を歩いてからスキー場のゲレンデくらいに急坂を台地に上がれば、リフトの乗降場と一周2キロの遊歩道に何カ所かの展望台があるだけで驚き、ホントどこも自然のままに活用してんだな、やっぱり大陸。 町の端には漁港があって漁船も10隻近く泊まっておるけど頻繁に操業している雰囲気はなく、近くのフィッシュマーケットを覗いてもカニの生簀と冷蔵の大きなエビに鮫とか白身の魚が数種類だけ、魚料理は名物みたいだけどあまり食べないのかな。 強風が収まらなくてビニール袋でロープを作り補強していたけど崩壊、見かねたお隣さんがナイロンロープをくれて一発オッケー、感謝感謝、工夫工夫、作業作業。 12時間ほどをブラブラ散策、カフェや店舗を覗いているだけでも興味深く持て余さなかったのはまだ異国、どうかなあ、もしコンビニやドラッグストアみたいなのがあったら、つまみを買って缶ビール、安易に済ませられれば持て余していたかも、地元の呑兵衛さんがベンチで上機嫌とかも楽しいけどね、そういやスーパーでお昼にシャンパンを飲み過ぎたと酔って話しかけてきたおばちゃんいたな、まだ地元の人と飲んでない。 日暮れにもう一度、昨日みたいな夕焼けを期待して台地に登ってみたけど、地平線あたりは厚い雲がかかって空振り、そんな都合よくはいかないか、でも見事な月が昇ってきて、明日は数百年に一度?のスーパー&ブルー&ブラッドムーンだと反対隣の女性が興奮して教えてくれたっけ、何のことかわからないけど明日はどこだろ、拝んでみよう

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  夜中に強風が吹いて20ドルで買ったという簡易テントは飛ばされるほど傾いて壁が体に当たるほどに、そして朝方は乾ききった大地に待望の雨が降ってきて急いで出発、でもパラパラと時折降ってくる雨が嬉しく潤う日焼けた肌、スタンレイまではあと25キロでもう水がなくても一気に行けるかなと、でも雨が上がればやっぱり肌も腸も一気に乾いく感じで、道幅が狭くなってもハイウェイは貨物の線路がなくなって大型車が増え、時速100キロほどですれ違うから飛ばされそうな迫力、町なく休む適地少なく蝿多く、20キロほど歩いてスタンレイへの分岐でようやくガススタンドがあって万才、残り7キロだから高い水はやめて牛乳かなと思えば入荷するのはランチタイムと、ペットボトルに水を入れてもらう旅人の甘えも アテンション??!“ 水の願いは一切するな、と貼り紙が、キャラバンが多い数少ない水の補給地だから頼まれることが多いんだろうねえ、コーラ1本購入、こっちに来てコーラが貴重品に思えてきた。 30分ほど店内で休んでゴールへ、すぐに背後からクラクションが鳴らされペンギンでお隣だったご夫婦、また一緒になるかねえと終着間近の次への縁の予感、そしてすぐに車が停まってスタンレイ愛をたっぷり語りながら町巡りもしてくれた同世代に乗せられてあっという間にゴール、大きな溶岩台地が海に突き出た景勝地、大地の麓には旧い町並みがあって台地を取り囲む砂浜、到着の地に相応しいと思われた風景があって18ドルのフリーサイトに2泊することにした。 晩の誘いも気になったけどバスが朝に一便あるだけで一安心というか縁、早速バーでビール、またどこどこで見かけたよと話、歩き旅ってそういうことだ、蝿も陽射しも人の縁も

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   靄が深く水滴を肌に感じて灼け続けた肌に潤いの朝、靴底に空いた穴が歩くほどに大きくなり、海沿い後は内陸に向いて世界自然遺産のクレイドル山を巡るつもりだったけど一区切りが良さそう、ビーチリゾートの別荘地のような町を2つ抜けてから国立公園に入る道程、あと2日で目的地のスタンレイかと心地も入れ替わる。 最初の町の手前に商店があり水分補給、国立公園では補給できないから大事大事、タイ人の店主が近くに日本人の友人がいると電話をかけて初めまして、こんな地に移住している方らしい凄くウェルカムな方で、店主も明日の夕食に誘われているから是非行こうと、明日スタンレイに着いてからトンボ帰りか、何だか楽しい縁になりそうで旅の選択肢も増えた。 この歩き旅2箇所目の国立公園は低い山並みから洞窟が幾つかある海岸線を望む遊歩道で、駐車場近くなら幾らかの人が散策しているけど、4時間ほどで横断する遊歩道に入るとここもやっぱり全く人気がなくなり予想通りにハエだらけで払いながら、植生保護だろう狭い歩道は急げばバランスを崩すほどに狭く、分かり易く撒いてある白石や白砂も足を取られて歩きにくい、休憩ポイントもなくてあくまでワイルドライフ、山と海の絶景に波や風や鳥のさえずりに立ち停まり耳を済ましてもブンブンブンブンブンブンブンブン、人がいないのも納得できる、早く当たり前に慣れたいもんだ。 高い樹々がなくて今日も陽射しを浴びっぱなし、国立公園を抜けて水は空っぽになり、地図にはもうスタンレイまで目立った町はなく、ハイウェイとの交差点にあったガススタンドでついに水を買う、ついでにコーラも買ってワイン割りでストレス解消、サッパリした。 ハイウェイ脇をまた延々と砂浜が続いて足跡がない辺りにキャンプ、そしてまたワイン、だんだん歩き終わりの時間が早くなってきたかも、北の海はどこも遠浅でここも数十m先だった波打際がどんどん近づいてきて浜がほとんどなくなり迫ってきて面白い、粉みたいな白浜は夜中の強い月明かりで浮かび上がって幻想、夜光虫もいるんじゃないかなあ、入ってみたいけど遠慮か、明日に到着するスタンレイが海岸線から突き出してキラキラと輝き、でも光は夜に吸い込まれて空は闇のまま、どんな町なのか楽しみだ

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  午前6時発、まだ涼しさが残る時間だけどちょっと蒸して早速ブンブンブンブン、ホントに 五月蝿い!て文字が浮かんでたまに荷物を降ろしてみると100匹近くが集っていて気持ち良いんだか気持ち悪いんだか、一体彼らは何をやってるんだろ、日本は蝿が少なくなったもんな、衛生が過ぎて環境に対応できない世代が気になるけど、適当って簡単じゃないな。身体が干されても商店だと1.5リットルで400円以上、公衆便所で補給するけど町にしかなくて発散の方がまだ多い、どうせ買うならコーラや牛乳,商店では250円、生活習慣や価値観の違い、基本は水と諦めがつくのは好いことだけど無いんじゃ話にならない、Tim2日目に食の変化や水分不足にストレスの巨大便で尻が切れて、その後も続く腸までの水不足な快便と乾燥で全然治らず、オゾンホールを直で抜けてきた強烈な紫外線で唇も割れたまま、入り口と出口、入れると出すのと単調な歩き旅での快楽の一時が戻るのは何日後になるんだろ、とその時を楽しみに、重ねてきた経験のおかげで無意識に無難を過ごせるようになっていた日々に喝を入れたかったんだから、所変わればの現実にはホントに感謝だ。 町をいくつか抜けて寝床に向かったのは放牧地を抜けた展望ポイントになってる標高150mの岬の突端、車数台が止まれるだけの敷地だったけどキャンプ出来るくらいの芝はあって、農家を漂わせる女の子2人を連れた青年が声掛けてくれて自慢そうに案内してくれたり、賑やかなインド人の大家族が写真撮影にはしゃいだり、靄が掛かって日が暮れてくるともう人は来なくなり、歩いて来た道を遠くまで眺められる夜景はホントに電気がなくて、海には漁火もなく真っ暗、そういや漁港がひとつもなかった、海が違うのか食文化か、ホントに夜だ

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  オーストラリアデイの祝日、テレビニュースでは国旗からイギリス国旗であるユニオンジャックを外そうとの運動や、先住民アボリジニのこんな日はいらないとの話、アメリカでのコロンブスデイとか移民国家はこんなのが表に出やすいけど日本でも似たような話はゴロゴロあるな。 陽射しはあっても涼しくて歩き易い朝、取り敢えずの行き先を海沿いに西へ120キロのスタンレイまでに決めて、各町にゆっくり停まりながら4日をかける予定に、まずは改めましての初日。 初めて額や手に汗が滲んできた日中、相変わらず景色に変化は少なく思わず立ちすくむような絶景もないけど、町を外れれば余計な人工物が見当たらない雄大な海岸線は、視線を停められる変なものもないけどありのままに変化する自然に触れている感じが好い。 一帯は小さなペンギンの生息地らしいけど日暮れ後にしか見られないとのこと、でも道端に轢かれたのが何羽かいて、胴や頭が5センチほどとズングリ太いトカゲやオポッサム、痛々しいけど道端に轢かれている動物たちに、こんなのが居るんだと嬉しい。 デボンポートから30キロにはその名もペンギンという砂浜に面した好い感じの小さな町、コウノトリとかトキとかそんな地名の付け方が面白いし町中ペンギンの像やら絵だらけ、ビーチには3家族も多くて子供は45人を連れている風景はこっちでよく見かける、少子化慣れした目に兄弟姉妹ではしゃぐ姿が眩しい。 ペンギンを離れたのは午後5時でそろそろ寝床を探しながら、点在する有料キャラバンは3連休の混み具合だし1人にテントは割高で人目を忍んだ自由な場所探し、海から線路と道路と民家が並んで丘陵地に続きなかなか適地がなさそうに思ったけど暗くなるのは午後9時半だからの余裕、と草むらにキャラバンが並ぶ中からさっき見たと声掛けてくれた人がいて聞いてみるとフリーサイト、すぐ脇にはビーチで民家も近く、こんなとこでも良いんだとまた感心、69才のご夫婦は退職後にマイクロバスほどのキャラバンで各地を走り回っていると言い、そういや周りの大きなキャラバンもご年輩ばかり、日本でも「道の駅」をフリーサイトに廻ってる同年代の人たち多いもんな、庭まで拡げてるこっちとはずいぶん規模が違うけど、日本のようなワンボックスの車中泊は若者たち、祭りに合わせてこんなフリーキャンプを用意できたらいいなあと夢想夢想。 お隣さんはビスケットやBBQチキンをくれてこの旅で始めての肉、Tim家でも基本野菜食だし、年末1ヶ月を歩いた時もそうだったから自然と当たり前になってきたみたい、日常の変化は大歓迎、まだ早い時間の野外飲酒の心地好さ、ワイン。

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  オーストラリア本土とのフェリーの発着地デボンポートまで海岸線に沿って10数キロ、相変わらず蝿と虻を昨日の親子にもらった枝と手拭いで払いながら午前9時に到着、遊歩道を散歩している人たちも蝿を払いながら、暑い時はいつもらしくて大変だ、慣れなのかな。 まだ客観視できてない歩き旅に追いつくために一度小休止することにして、ありがたくも午前11時半からチェックインできるドミトリーに、シャワーを浴びて、同経営のアイリッシュバーでの昼ビール、タスマニアで3番目に大きな町だけど、1時間もあれば見舞われる中心市街の店舗や2軒並んだ大きなスーパーを丁寧に見廻り、ようやくここの生活観が見えてきた気がする。 案内所でこの後の地図をもらって今後の行程も夢想、見えてきた、フランスからの若者が多いドミトリー、メルボルンのようではなく皆早寝、一階のアイリッシュバーからライブの音が流れてくるのも丁度よく眠れて、明日からもっと主体的に歩ける気がしてくる

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  午前9時のビジターセンター開館を待って出発、ストアのは25キロ先の町にあると言われ 茶色い水を持ってるから大丈夫と言えば 茶色い水??その水道は洗い場で飲料用は裏にあると、思い込みで気付かなかったなあ、こっちでもあれは飲用じゃなかったのか、飲めるけどたくさん飲まない方が良いって言われてもたっぷり4リットルほど、放浪者だから、身体が強くなるならありがたいや。 午前中でもシャツの上から刺さってくる日射し、けたたましく飛ぶカラスほどの大きさのインコの群れ、乾いた道には陽炎も逃げ水も浮かばず、茶に乾いた放牧地が続く視界もまた暑さを増して感じさせる。 蝶やトンボがたまに飛んで、セミは2センチに満たない小さなのが少し、たまに細やかに鳴いているのはこれだろうか、イナゴや肌の硬い小さなバッタは無数に跳んでいて、そして蝿は延々とプンプン集って目や耳や鼻や口に、手拭いで?被りと口鼻を隠して蝿と日焼け避け、風景を愛でるどころじゃないけど妙案が浮かべば嬉しくて、まだ知らない環境に弄ばれている。 町には意外に早くついた感覚で、大きなスーパーで買い物して、道路沿いに家族連れが賑わう狭いビーチが並ぶのを通り越して岬の突端へ続く遊歩道へと、このまま海沿いを裏の海岸まで抜けられればと期待したけど手前で行き止まってしまい、仕方なしで休憩にワインを開けて飲む、野外飲酒の美味さを忘れてたな。 木の枝で蝿を払いながら4歳と5歳の女の子を連れたお父さんと話せば、すぐにスマフォを取り出し裏の海岸に出る道を探ってくれて、しかもその先まで車に乗せてくれた。 4年前に奥さんを事故で亡くしたけど今は愉しく3人暮らしてる話し、日本へまた行ってみたいとか今は違法の自家製ウォッカ作り方とか、国道から放牧地内の未舗装道路を抜けて石がゴロゴロ転がった、また10キロ以上に人工物がが見られない海岸線に連れてくれて、これからの歩き旅に期待が膨らむキャンプを張れた。 徐々に日が沈んで一番星、二番星、オリオン座、空がどんどん宇宙になってやがて満天の星空に、横目の空が赤くなって行ってみれば乾いた草むらがバチバチ音を立ててやがて2台の消防車、何をやったんだろ、ほんと毎日いろいろあるもんだ、感謝感謝

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  テントを開けっ放して眠りが浅くなるたび目を開ければ満天、目に見えてないはずの星も瞬いているように見えてる感じの凄い星空、今日も起床は午前5時半。 ティムと同じくオーガニックブルーベリー農園をやっている仲間が近くに住んでいると地図を描いてもらい、テントを畳んで1キロほど歩くとその分かれ道に、歩き旅を始めたばかりだからまだ世話になる気にはならなかったけど、まだ車がほとんど走らない時間に分かれ道から出てきたのが何と “are you ichiro!?“ 偶然のようなピッタリの必然はまた続く、グリッとした強い目にしゃがれて通る声、野性味ある顔つきに髭と髪 “very very crazy“ と言ってたけど会ってみればメチャメチャ興味惹かれる、でも残念ながら出かけるところだと、縁は見事に廻ってる、また機会があるな。 新たな好奇心を湧かされて海沿いまで一気に歩きGreens beach、ビーチリゾートの別荘地みたいな感じで待望の商店はあったけど酒屋がなく、これから国立公園に入るから今日はまた断酒日になるかと覚悟する。 入場パスが必要な公園内に入ると人は全くいなくなり、5キロほど続く山沿いの日焼け色み広がる砂浜を贅沢に歩き、丘陵地の自然に挟まれた遊歩道を行けば農園では見かけなかった獣の糞にウォンバットとかタスマニアデビルとかいるんだろうと、出会える期待はしないけど想像するだけで嬉しい。 また10キロほども続く砂浜に出て灼熱の日射しにもう水がなくなり、そろそろキャンプ場があるビジターセンターに着きたいけど案内看板がなくどこまでも人は居なくて、地図もなく心細くもなったけど、砂浜に残っている足跡が一番賑やかな所を選んで丘に上がってみれば期待通りにビジターセンターがあって一息、乾ききった身体にトイレ脇の水道に飛びついてペットボトルに、、あれ?紅茶色、検査では健康リスクは低くー3分間煮沸してとか書いてあったけど、こんなとこだから仕方ないと飲料鉱泉の心地でガブ飲み、こっちの常識と思えばなんてことないさ。 テントサイトを囲む大平原は夕刻になると大きなカンガルーがピョンピョン跳んでいて驚き、小型のワラビーやらもっと小さくて黒褐色の毛に覆われ耳の短いウサギみたいなのとかが、日暮れには数百頭にも増えて夕陽を背に草を食み、またまたガクッと、タスマニアにいる現実にショックを想う

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夜が明けるのは午前
5時過ぎで早起き健康、ワイン蔵が各所にあって果物の名産地らしいタマール川に沿って、野生化したブラックベリーを摘み食いしながら河口へと歩く、南北はあれども同じ緯度にある北海道とタスマニアは大きさもあまり変わらずだけど、ドーンと大雑把に区切られた風景が大陸だなと、元々島国の日本やイギリスみたいな細かな風景の変化がなくて、強い日差しを遮る場所も少なくて足を停められる小さな風景もなく、この風景を掴みきれない初日は消耗気味、ボリビアの日系コロニアも内地に人たちが造った町は細かく入り組んで、当時アメリカの統治下だった沖縄町はアメリカ資本でやっぱり歩けば気が遠くなりそうな広大な風景だった、ブラジル日系人会の日舞の先生が、小川のせせらぎとか雪や雨の種類とかを理解しないと嘆いていたけど、育った風景で変わる常識感覚って面白い。 散歩やサイクリングの人たちや車から挨拶を投げられ気さくな気質、ペリカンや黒鳥の優雅、色鮮やかなインコの群れがけたたましく鳴きながら樹々を飛び交い、予想できない一歩一歩に日本じゃないと戸惑い新鮮に歩き旅。 海岸線にある国立公園が近くなると森が多くなって国道の車通りも少なくなり、日が森近くまで沈んできて寝床探し、小さな川辺に草がきれいに刈られてるけど柵に囲われない場所ががあって、国道からの視線を遮る樹の裏にテントを張らせてもらう、記念のワイン、日中の野外飲酒が出来ない常識もだんだん溶け込んできた。 歩いてるなあ、勝手が違う緊張感に溜息吐きそうになる新鮮、ここはタスマニア島なんだねえと

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  午前4時半起床、離れの部屋を出れば裏の森の上に南十字星。 車で1時間半ほど走ってタスマニア第2の町ランセストン郊外の村、時代を残した家並びがあるエバンデールでの日曜市に摘んだベリー販売へ、欧米でよく見かけるオーガニック市かと思っていたら何でも市、古物や衣類、手作り石鹸にアート、飲食もちろん、ポニー乗馬で会場一周なんてのもあって、我らベリーにも常連さんが真っ直ぐ手に取ってくれて嬉しく、子供3人組も五百数十円の小さなパックをそれぞれ買って歩き食べに、なんか凄く好い風景に思えた。 スーパーや商店でも高いとか安いより何でもしっかり値が付いているという感じがするタスマニア、生産者と販売者が同等というのか、これなら生産意欲も沸くだろうという値、ヨーロッパでもそうだった気がするけど、24時間年中どこでも安売り合戦の利便は消耗合戦でもあって、競争と商売ばかりにヒートアップする時勢を仕方なしとする風潮もあるけど、まあちょっと前の日本もそうか、こんな環境が生活に思考や工夫や労働をもたらすし、利便過ぎればモノは存在感を失われる、モノが活きているが生活環境が好いなと欧米に来るたび思わされる。 利便と添加物で子供達が安価を気楽に楽しめば持て余した思考や興味はスマフォやゲームに向かうしね、時勢を戻さなきゃ。 昼過ぎに市を片付けtdランセストンで降ろしてもらい歩き旅始め、ずっと農園で過ごしていたからまずは街や人の様子を観察して周ってスーパーで食材を購入、パスタ、オートミール、ドライフルーツ、ナッツ、缶詰、チーズ、ワインを酒屋で、弁当や惣菜やファストフードはほぼないから食はしっかり計算しながらだ、ヨーロッパを徒歩野宿で縦断した時が浮かんでくる。 野宿は街を外れた運動公園のベンチに、野宿でもよかったけど河沿いで蚊にまとわりつかれてテントを張ることに 公共の場所がたくさんあるからどこにでも張れるさとの応え、公共の捉え方の違い、張ってもいい前提が気を楽にしてくれるな

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  3日半の収穫労働を過ごして明日から歩き旅に、簡易テントや空気注入マット、調理用アルコールストーブにヘッドライトを貸してもらってアウトドアのお国柄は本格的なキャンプになりそうだ。 公園での野宿は 公共の場所がいくらでもあるからどこでも出来るさ!と、寝袋での野宿のつもりだったけどテントもオッケーらしくて、公共の捉え方の違いで行動もずいぶん変わるなと思われた。  作業を午前中で終えた土曜日はインドのクリシュナ系ヨガとライブに誘われたけど教わりながらの瞑想に気が向かなくて断り、日暮れて思った通りに緩みっぱなしの上機嫌で帰ってきた仲間たちに約束していた演舞を贈る。 時勢の常識とされていた歩みは世界中で今が転換期、違和感から距離を置いて強い興味と好奇心で未知な活き方に挑んでいく彼ら、放浪癖に付き合ってくれる同世代はどんどん少なくなっていくけど、風景を魅せる世代と責任を持って次代を煽れる存在価値であり続けたいと演舞をぶつける。 好奇心の触れ幅が乱雑に広がっていく彼ら世代、表面を覚醒されるお客さんじゃなく、簡単じゃないから向き合える生活の地道を活き甲斐に、見出せるかなぁ、好き嫌いも善い悪いも自ら導いた全ての縁に向き合う好日、日本への興味を隠さない彼らと現実の日本、覚悟は自分にも、何を見たいよりまずいらっしゃい、welcome

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    農繁期のブルーベリー収穫、森から発生した靄が晴れて夜露が乾けば収穫開始、タスマニア一番のブルーベリーを自負する家主の厳しい審査もありながら宿泊を労働で返す仲間たちと音楽流して話しながら。毎年4ヶ月をここで過ごして5年目、作業や労働や創造のある日常を馴染ませている内陸からの30代後半くらいの仲間は、路上生活を余儀なくされた先住民の子どもや重犯罪で自らも傷ついた子供を数ヶ月のキャンプに連れ添う政府の活動をしながら、彼らから吸い取ったネガティブもここで晴らせるらしく、祭りや獅子舞の を話しながら頷く。 過剰な自信と無知が交差して既成の学校に通わず活き様を求めて流れ着いたイギリスの18歳は、何でも好奇心で何にでも浅知識をぶつけてきては御門違い、まだ子供みたいな弱々しさで突っ込んできては草臥れて、休憩になればギターを弾いて昔のロックを歌い続ける。うちにも同じような同じ年がいるなと愛らしくて可笑しい。 午後からはラズベリーの収穫、完熟は食べてよし、今日はブルーベリーもラズベリーも贅沢に頂いて、強い陽射しでヒリヒリしてきた日焼けもすぐに治りそうだ。 労働を終える頃にフランスからの女性到着、英語を学ぶために7ヶ月仕事を休んでオーストラリアで短期就労、語学学校じゃなく飛び込みっていうのが欧州らし感心してたら、否定しながら本筋を聞き出すフランス流話術に フランス人は何でもNOだ!と家主さん一喝、聞きだしたい事を否定から引っ張り出す話術は議論が熱くなるしなかなか好いかもとやっぱり感心、食事は労働へのご褒美なのか活き様に発破をかけてくれるのか毎度毎度すごく手間暇かけてくれて、とにかく濃くて鮮やかま野菜をどっさり取ってきては家主と住み込み仲間が台所で腕を奮って目が離せない、と目の前のテーブルでは18歳が串や針を使って鼻に穴をを開けて大喜びして皆苦笑いやら渋い顔やら、若くてホント愛らしい。 森の空気を吸いながらの食後は、鼻に針を通したままの止まらない若者のトークとギター演奏、溢れる質問を次々ぶつけてきて相変わらず答えにはまず “NO“ から家主をイライラさせるフランス人、自己主張が交差する豊かで賑やか、大きな包容力

 

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  タスマニア島北部の世界自然遺産にもなっている山と森の麓にあるティムさん農園、北海道阿寒湖神社例祭に3年続きで隣酒だった仲だけど、訪れてみれば日本でもある種のイデオロギー的に繋がってきたアグリカルチャーの芯が座ったホンモノがここにありな逞しさ、オーガニックブルーベリーと野菜作りはともかく触れない生き様が若者を惹き付けていて、農繁期には来るもの拒まずで欧米や日本から活き方を彷徨い求める連中を引き受けている様子、既成常識への反発も隠さないし、衣食住の活きる基本への信念と好奇心、もちろん外に向かう行動力や受け止める忍耐、愛情、厳しさ、こんな人だったかとちょっと驚いた。 野生動物との接点にある力強い自然があって、街からすれば何もないけど視野を拡げる創造夢想はいくらでも転がっているようで、手に入れずとも昂りが止まない明日が期待できるような、そんな滞在になりそうだ。 酒を買うのに往復45キロを歩いて近くの町まで、野外禁酒とか、日本も以前はそうだったけど酒屋以外ではほぼ買えない酒のおかげでこんなことすらワクワクして、このまま呑まなくても過ごせそうだけど歩く理由付けの買い物、車や農作業車を停めてくれた人や町の店でも話をすればみんな突き抜けて大らか、おもてなしや気遣いじゃなくて隠してる裏がない、食事は食も活き物を思えて子供の頃に憧れた生活に近いような違うような、アジトの離れの小屋では夜にはピョンピョンと跳び逃げる小さなカンガルー、道端に惹かれているのもオポッサムとか有袋類ばかり、夕方にケタケタ笑うワライカワセミは明日の雨を告げるらしく、ツバメもいてまさか日本生まれじゃないかなと、演舞の機会は転がっているけれど後は縁、、あだ演舞より触れたいものが多くある。 日本通の家主Timさんは梅干しやら味噌や醤油とか発酵にも興味があり、日本の食文化を尊敬しつつ、母親らの創造や工夫や作業で積み重ねてきた食を簡単に作れる工業製品に変えてしまっていると残念がる、ホントだ、忙しいから工業食に頼るようになったのか、工業食があるおかげで忙しくなったのか、集まる若者も学校で勧められてきた忙しい日常に飛び込む前の一時停止、街の生活観は螺旋階段のように個々人じゅあどうにもならないけれど、一瞬止まった経験の集まりが少しずつ常識な日常を変化させていく

114メルボルン→タスマニア島
   金曜の晩から土曜の晩、そして日曜ファイナルに向けて乱痴気をエスカレートさせていく男女パーティピープル、ここで消耗してはと彼らが寝静まるのを待たずに退散して半日を飛行場で過ごすことに。待ち合いの端に寝袋を広げてふ?安眠、広大な場内散策は各店の値段の高さに興奮、出発する人の足取り、到着した人の顔、迎えに待つ人たちの視線、同じように長時間を待つ人のゆとり、散らかしたままのここまでを整理して、慌てる必要のないたっぷりを過ごすのも旅の贅沢、飛行場で12時間なんてこんな旅でしかできない。 出発の2時間前に荷を預けて厳しいボディチェックを受け出発ロビーは華やか、そして小さなジェット機は1時間のフライトでタスマニア島に到着、こんな島なのに到着したホバートはオーストラリアで2番目に出来た街だとか、ようやく始まったな 万才!


113朝から市街散策〜
   朝早くから市街散策、欧米の大都市の造りだけど東京湾岸の新都市や中国の都会にもダブる街中に施されたポップなアートやデザイン、高層ビルにも斬新なデザインが多くて勢いに乗って一気に造った感、拘りやしがらみに捉われない実験的なのが新大陸なんだなあ。 日本が遅れてると言われるスマフォ活用が凄く目立って、あっちこっちで翳すだけ見せるだけや画面で確認の光景、wifiの案内もそこら中にあって都市生活のほとんどをカバーできるよう進めてるのかなと思えるほど、デビッドカードを作ってATMのキャッシングを喜んでるのに、もはやATMに並んでる人なんか見ない、現金不要なんだろうけど教会でもドネーションすらスマフォを当てるだけになっていたのは驚き、投げ銭やご祝儀もスマフォになるのかと、ついつい路上生活者や道端演奏の投げ銭を覗いて現金が新鮮に神々しく見えた。 AIが人に替わるってのも窓口よりまず機械に向かう当たり前、人に言われりゃ疑ったりぶつかったりする事もスマフォに誘導されれば従順なんだからそうなるだろうと思える、街でも宿でも車内でも少しの隙間も埋めてもらう姿、近くの人より頼れる存在ってことは自分より頼れる存在になっていくんじゃないだろうか、迷い葛藤無知間違えや寄り道の贅沢とか我慢や発見や想像の喜びとか、ふむ、世界を揺らしている不平不満も思い通りの誘導に委ね過ぎて、欲求が思い通りにならない人相手の不満に慣れてないんじゃないかと思える、10年前には世界中の観光地にネットカフェが並んで驚いたけど次は何だろ、活きてる生きてる感覚も乏しくなってくんだろうなあ。 午後に激しく雨が降るようになって中心街の軒下やアーケード下にたくさんの路上生活者も集まって、反抗的で挑戦的な視線や表情、動作や居方の見事、生を曝け出す人間に惹きつけられて踊りたくなってくる、鈍ってる場合じゃない

 112広州→メルボルン
  当たり前に解るはずが旅の意外性に振り回される早め早めに行動、空港行きの地下鉄も始発を目指して夜明け前に、ゲートが開いた瞬間に怒涛の人波、大荷物を持ったご年輩も多くて、改札前では空港のように荷物を機会に流して検査、ライターとかスプレーダメなんだ、灯油なんか持ってたら逮捕だろうなと、空港から乗った時は券売機では割り込み強い順だったから そうだった!と覚悟したけどここは機械が多くてちゃんと列に、でも旧いお札をなかなか読み取ってもらえず皆さん手こずっていたから、自販機で使えるお札が一枚しかなく待ちながら丁寧に伸ばして一発読み取りの安堵。 順調な移動も今度はメルボルンに向かう便の出航が1時間半ほど遅れて到着は午前0時をまわってしまい、市街までのバスは走っていたし宿も探せてまずまずだったけど、西洋文化圏の嫌な予感はやっぱり当たって楽しみにしてた酒の販売はすでに終了、バーはあったけど中心市街の金曜の晩は若者が密集して大騒ぎしている所しか見つけられず、昨年挑戦しといて好かったと可笑しくなりながら何と断酒日に。 宿の8人部屋では荷物やペットボトルが散乱、眠っていれば若いパーティピープルが次々帰ってきて前の通りや一階の溜まり場でもう一騒ぎした後に部屋でも上機嫌でおしゃべり、こうした若者向けの安宿のようで世代も人種も目的も自分が場違いだから仕方なし、大した下調べしなかったからなあ、ガイドブックの頃は各宿の特徴を読んで合いそうな所を訪ねたけど、ネット検索は簡単だけど一件ずつ細かく見るのが面倒で安くて探しやすい場所で決めていた、これからは気を付けたいけどやっぱり煩わしいような。 そもそもネット予約がなかったから現地に行ってからで、空きがなければ他を教えてもらったり客引きの様子で決めたり、向こうも騙すでも本当でも一生懸命で、こっちも毎度の当たり外れに一喜一憂で思い出も多く、また経験してみたいけどどうなんだろ

 111  タスマニア巡業へ  中国広州の中継地

   日本での巡業のままろくな下調べも準備もせずに荷を詰め込んで中1日での出発、航空券や安宿は予約してあるけどもう10月頭のことでうろ覚え、詳細をiPadに記録したはずだけど記憶も探す気もなく、キャッシングが出来るデビッドカードが届いてお金さえ大丈夫ならと安心してふわりと出掛けた。 通勤ラッシュに当たらないよう日の出前に出たのはお導きだったようで、海外だから当たり前に成田を目指していたら、空港行きの乗り換えで第一と第二のどっちで降りるのかを間際にチラッと確認したら何と羽田発、一瞬手が震えたけどセーフ、成田に行ってから気付けば旅が始まる前に終わってたと少し目が醒めた。 中国広州に到着して中心市街までは周りに助けられて地下鉄で無事に、言葉はわからなくても漢字で判るのは有り難い、でも宿は住所の辺りまで行っても高層アパート群やショッピングセンターや銀行が並ぶだけで誰に聞いてもわからず、駐車場の窓口にいた監視員に聞いてやっと、高層アパートタウン内に数部屋を民泊のように貸してるようで、高層アパート自体が新しいのか分からないわけだと納得、当然看板もないしまさかこことは思わなかったから半分諦めてた。  他の旅行者はスマフォに案内されて来るんだろうな、持たない身は好しとして時勢を追いかけとかなきゃと一息。  部屋を案内されてスマフォの通訳機能で向こうのビジネス話を済ますと、こちらの質問には面倒なようで適当な対応、ポツンと部屋に残され何でこんな所にいるのか不思議、でも中心市街だし休息気分だったから気楽に周辺を散策してして早満喫できた。 新春の日本でのゲストハウスも似た感じだったな、スマフォを利用したビジネス感が強くて旅人には出来るだけ経費をかけずな、世界中の需要でこんな安宿が増えて残っていくのかも、行き当たりばったりな飛び込み旅は簡単じゃなくなってくるし、人を旅できる宿も減ってくのかも。 兎にも角にも初日の無事、言葉は解らず、同じような日常なのに異世界で、移動とか食事とか街歩きとか当たり前の行動にも集中と緊張感たっぷり、出てきて好かったと、また少し醒めて感謝