2018年春の日記
2018.3〜2018.5

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  3週間半に亘った祝宴と祝祭の日々を明けて韓国では初めての徒歩野宿行脚へ、東海岸を北の国境に近い束草ソクチョから南の釜山まで、仲間が検索してくれても高速道路のような道程しかわからず500キロとも700キロとも言われ、笑い呆れられ期待されて出発。 バスで束草ソクチョに、街中が市場みたいに海産物が溢れて韓国らしい活力に満ちる観光地、連日のハレ日でとっ散らかったままに出てきた精気を一歩一歩整えるように、背中や後頭部からスカスカ抜けていた呼吸を芯に通すよう一歩一歩、チョンチョニチョンチョニ、ゆっくりゆっくりと歩き始める。  国は小さくてもやっぱり大陸から続く半島で、歩いていく道も自然も景色も大胆に大陸、遠く拡がって緑咽せる山々や穏やかな海の広さ、雲ひとつない晴れた空の広さ、視野に切り取られて思わず立ち停まらせられる風景はないけれど、年始めのタスマニア島と同じように風景が染み入って深呼吸を続けさせられる。 小さな漁師町で日暮れ、港の周りにはこれまで通ってきた町同様に、大きな水槽を並べてホースで吸い上げている海水を贅沢に入れ替え、どの水槽にも海の幸がびっしり、焼酎とビールで賑やかを外まで飛ばしているお客さんたち、漁港や公園にも車座に賑やかな宴の輪、こっちの日常なんだなあ。 宴から飛ばされる声を聞きながら東屋で野宿、こんな人の輪と東屋はどこにでもあるみたいだし、韓国徒歩行脚、野宿のハードルは結構低そうだ

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  The Festival have to be Crazy!!を合言葉に『春川国際マイム祭』 今年も若者や親子連れが躍って遊び狂う市街中心部での水かけ祭り アシュラジャン に始まり、平日は市民との交流を重ねて、週末2日間の夜通し火祭り トケビナンジャン へと結ばれる。 無礼講の解放感に恍惚と抱擁を共有しあい浮き世離れだった祝祭は、管理と演出の行き届いたアートイベントへと流れていて、あちこちからここ数年の物足りなさの声、スタッフ仲間やボランティアの学生さんたちに公演者、以前を知る仲間たちと毎夜の宴で 祭とはを語り明かすけど、ほとんどの生活スタイルが社会の風景と共に利便で簡易にイベント化されているのに馴染んだ中で、祭りもやはりイベントとしてのビジネスに、世界各地のアートイベントも同じように流れているけど、日常に経験のない浮世離れを祭りだけに求めるのは余程のことで、個々の発散を制約せずに互いを抱擁していける日常への視野、夢想もホラもあり得ると言葉に出せるそんな日常作りから、気心知れた仲間たちとそんな語り合いをしていければと思う。  18年目の参加はスタッフを含めたほぼ最古参となって期待され求められる以前の香り、でも4年か5年前に大きな変化があってから既に実行委員もスタッフも一新され、訪れる人たちも以前の香りがする今、一人だけの浮き世離れは抑えつつ、親子連れさんたちと自然豊かな川沿いのサイクリングロードを4キロ少々共に歩いて会場に導いたり、夜通し祭では事前に舞台を決めずにプログラムされた演舞、そして夜通しを明けた日曜日には市内のマイム劇場近くの公園でボランティアの学生さんや近所の方々に向けて挨拶公演を行うなど新しい試みも、これまで通りには出来ないから新しい試みに、ここだけの話じゃないからね、これまで通りに安定せずに向き合っていこう。 韓国滞在はこれからまだ一月近く、18年も声かけ続けてもらっているお返しに、韓国では初めての徒歩野宿行脚に出掛けることにする。 韓国の次代に伝えられる韓国の次代が知らない韓国  The Festival have to be Crazy??  互いが飛び交わせるそんな言葉が当たり前と共有できる日に向けて マシゴチュッチャ??死ぬまで呑もう?? 祝祭祝宴の日々から新しい日々の始まり

 

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  地方の小さな街ながら伝統的な芸能の伝承に勤めている韓国南部、南原ナムウォンでの『春香祭』に初参加、「春香」は身分の違う男女の古典恋愛小説で韓国ではほぼ全員知っているらしく、街も恋愛テーマパークのように造られているのが、韓流ドラマ世界が見えるようでいかにも韓国的。 祭りの規模は大きくて、遊びに来た撮影時の通訳さんもこんな祭りは韓国では珍しいです、というくらい、広い河川敷や川沿い大通りに大きなテントがズラッと並んであちこちから物売りの大音量、この5日間を待ってましたなご年輩が朝からそこら中で嬉しそうに乾杯、ハレの日ならではの遊び心に富んだ屋台も多くあって、祭りに生きる人たちの生き様と、疑いなく飛び込んでくる人たちとの飛び交いにワクワクさせられる。   国楽高等学校の舞踊クラスの生徒20人に、技術と呼吸、魅せると伝えるをテーマにワークショップを行ったり、オープニングセレモニーでは伝統打楽器バンドとの即興演舞、同じく賑わせの撮影時に共演した連中もいたり、また自身では積極的に表に出さない自分を引っ張り出されていい緊張感。  同世代の日本人女性が通訳を務めてくれて、友人皆さんも含めて日本人会、20年くらいの人が多いけど、日韓ワールドカップが間近になって近くて遠い国から近くて近い国への転換期、韓流ドラマも来た頃かな、農家やら市場の商店へ嫁いでいる人が多いらしくて、韓国の伝統的な家庭にまた好奇心。 実家地元から今年もアシスタントにやって来たマイペース女子と撮影通訳の元サラリーマン引きこもり30代青年と満喫、演舞を囲んでくれたのはご年輩が多くて、好奇心に見られる感じがイベントじゃなく祭り、非日常の開放感が紡いでくれる人の縁、今年の韓国もまた始まった

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韓国の文化伝統風景を世界発信するケーブルテレビの英語番組での旅先案内人となり、
伝統を背負って旅を続ける芸術家の肩書きで、到着の翌日から南部の小さな街、南原(ナムウォン)を主にみっちりと朝から晩まで5日間の撮影、急激に移り変わっていく社会や生活風景の中での 伝統との取り組みを訪れ回った。 神楽のような仮面舞踊劇や元は北朝鮮からという獅子舞、基本の型がしっかり決まっている古典舞踊に、太鼓や鉦に囃される農楽サムルノリ、野太い演歌がオペラになったようなパンソリ歌劇 面会と体験を重ねてアドリブでの競演や共感を通じ韓国の魅力を伝えていくのだけど、すでに大方決められているストーリーにまとまる演技も求められて、ドラマではなくドキュメントに近い番組に、自分では出し物にしない自分を引っ張り出される連続に大きく息吐きそうになりながら、こんな出し物にもなれた意外な自分を引っ張り出された発見にもなって、旅を歩いてきた日々をぼんやりと想わされた日々。 伝統ねえ、伝統的とされるものが生活から離れて芸術的に捉えられていくのも、生活に労働や作業や工夫や創作が求められなくなり、人と交わせ合うにも言葉の掛け合いや唄でなく、作業を共に喜ぶ音でなく、伝える身体でもなく、画面の向こうに心を遊ばせていくようになって、伝統は  伝統的なものになり守り続けて生んでいく芸術へと、でもこの旅のうちにも公園での囃子に跳び躍り入ってくるご年輩たちの嬉々とした姿が幾度か、歌劇に呼吸を飛ばし続けるおばあさん、朝の市場にはマッコリを飲み合いながらのんびり交換するご年輩たち、伝統的になったものが日常のリズムとして活きている人たちの姿があって、紹介された方々それぞれの伝統的なものへの取り組みや挑戦にも共感したり出来なかったりしながら、自分にも同じく、在る風景を渡り歩かせてもらった日々に自分の伝統を想わされ、在る風景を豊かに吸い込み吐き出し続けることを想い、今回は約50日の滞在をもってきた韓国での、馴染んだ韓国から未知の韓国への行脚が始まったなと、感謝と期待と責任と


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  明日から9週間の韓国巡業に、前半は番組撮影やお祭りに走り廻るけど後半は自由、毎年声をかけてくれる仲間たちに応えて、もっと隣国の風土を受け止めてみたいと思う。 出発便が午前6時と早いから、留守にする実家マンションでの下準備を済ませて羽田空港のベンチ泊、雨降り、南房総への出発前夜も尾張一宮への出発前夜も暴風雨だったなあ、良い予感がしてきた。  尾張一宮『杜の宮市』はやはり物凄い人流れになって時世に完璧に認知された確信、前週の南房総のイベントもそうだったけど、平和的で女性にも親子連れにも安心感と開放感の空気に充ちて、立ち上がりからの身には嬉しくありつつ、そして一区切りの役処を終えた心地、また時世に囚われない行脚に自ら飛び込んでいく頃と自身に確認できた気がする。 実家マンションに帰還すれば鯉のぼりの撤収、現役児童の親御さんに積極的な手が増えて、作業は1時間で終えて夏空に心地よく打ち上げは4時間、マンション自治の話しや年中の季節行事も宴の話題になるようになったのは良い流れ。 そして連休が明けて世の中が日常に戻れば次の ハレ準備に、上世代から引き継ぐことにした駐車防止プランターの土を入れ替えて、新しい風景にヤル気の親子皆さんが何もたらせてくれるか愉しみ、頭上にツバメの群れが到着、ベッドタウンにも夏がやってきた。 10年ぶりに作った大人の遊び唄冊子『道端の唄』は『八重桜祭り』への想いを集めて全戸配布し、さっそく年配世代との立ち話のタネに、ネットが人の繋がりを容易に、拡げやすくしてきれても、世代や価値観を細切れにしてしまっている現実は相変わらず、近所付き合いにはやっぱり分け隔てない視野、これからも役処と努めてかなきゃ。 韓国から帰宅すればすぐの『七夕準備会』のポスター作りも完了、あとはバトンタッチ、韓国行ってきますか


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  尾張一宮の真清田神社で開催される楽市楽座『杜の宮市』へ向けて名古屋の大須観音に午後3時前着、今回は愛知県豊橋まで列車移動してから1日半の歩き、演舞具の直しやら今後の旅の準備やらに丸一日かかって歩きの予定は1日短くなったけど、初日は東海道に沿って30キロ、岡崎城の天守閣公園まで歩いて野宿して、空が白んでくる前に朝を告げ飛ぶカラスにいつも通り野宿を目覚めさせられ2日目の残り40キロ、東海道大動脈の忙しい流れに流され一心に歩き昼過ぎに大須観音に到着して、浴衣や晒しに夏の作務衣と、この先の旅の買い物が目的だったのだけど、商店街のあまりの人混みに目当てが店前に並んでいるのに気力が間に合わなく、境内に戻って人流れにゆっくり心地を慣らしてから目的を求めて。  日暮れて尾張一宮に列車移動、弱小市民NPOを自称しながら、自分のことばかりの私民ではなく、人任せで知らんぷりな死民でもなく、自ら立ち上がる志民たれを合言葉に、各所とぶつかりながら仲間内でぶつかり合いながら街中を掘り起こして、神社から商店街、行政、各市民活動団体を巻き込んだ一大イベントになった『杜の宮市』 元旦から花見から七夕からゲリラから、事始める毎に声掛け続けてくれたお付き合いはいつの間にか15年以上になり、安定した大イベントに成長した安心感を今回も他所者として違和感を煽らなきゃなと昂ぶらせる。  一過性のイベントではなく次代への祭りを…“ 時世は祭りよりもイベントを求め、安定に静まりかえった前夜の街歩き、日常に繋がらない非日常の前夜、ぶつけなきゃと深呼吸

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  楽市楽座の会場『潮風王国』から約7キロ離れた館をアジトにあてがってもらい、河童さんは会場でキャンプ張っているもんだ、と期待してくれる人たちには申し訳ないけどなんだか初めて来た地のような嬉しい心地に、寄り道なしでは歩けない道程をあっちフラフラこっちフラフラ、こんな日常風景があったんだと脇道に逸れながら行き来し、そうなんだよね、出来るだけ小さな半径に構えて備えるこだわりは大切だけど、拡げて繋げていくのも一考、今まで通りに甘んじない視野を常に想っておかないと。 ファイナルを謳った『千倉アートフリーマーケット』盛況、来場者も出店出演者も関係者もすごく安心感をもって愉しめているようで20回目の安定感、でも20回目の一区切りには納得、また来年もと惜しむ声があちこちで聞こえて ありますよと応えつつ、互いの甘んじ合いに馴染める安定感は一度区切って新たに緊張を生む大事、見えなくなった次に浮かんでくる夢想空想、個々で運んで来られることはいくらでもある、この安定感から次に何を発生させられるのか試されるなと、新たな環境に恵まれた20回目の一区切り、この一年にまた愉しみな夢想を浮かべ続けられるありがたさ

 

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  道の駅の休憩室ではNHK深夜ラジオが流れ続けて眠れなかったような、放送に合わせた夢を見ていたような、いつの間にか朝になったから眠ったんだろうけど眠った気がしない目覚め、いつも違った朝を迎えられる野宿の朝の幸せ、面白い。 ちょうど水平線から朝陽が昇って手を合わせ、午前6時とは思えない漁師町の活力、男手も女手もそこら中で網を干す作業中、どんな漁があったんだろ、開いた玄関に視線をやると港に向いた炬燵に3人の色灼けたおっちゃんが晩酌の日常、こんな当たり前の風景光景もホントになくなってしまうんだろうかね。 漁師町の太海から半島を横断して内房に抜ける県道に入ると今度は山間に続く田園風景に変わり、南国らしい常緑樹の深い緑と新緑とがぎっしり茂った生命力あふれる眩しい緑の風景、カエルの合唱に田んぼを覗くと一面に沈んで小さく泥を上げているオタマジャクシ、棚田に田植えの風景、腰まで浸かってレンコン収穫の風景も、黒いアゲハチョウ、他の樹々に絡みついて花の穂を垂らす野生の藤、南房総らしく道端には色とりどりの花が植えられて海も山も豊かな風景。 午後の早い時間に内房に抜けてちょうど日の入り時に館山に到着、海に沈んでいく夕陽を見送って満足感、満喫感、歩きは切り上げ千倉に戻り、宿泊に用意してもらった民家で演舞に備えることにする。 大広間、布団、風呂、冷蔵庫、しっかり昂らせて楽市楽座の千秋楽を祝いたい

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  空が白んでキャンプを畳み朝陽に手を合わせると、この町一番に作家やウチらとの交流を愉しんでくれるおっちゃんがもう来て 例のものあるから  毎年差し入れてくれるトコブシやアワビの煮付けの大きさを手で示して嬉しそうに、農業に漁業に空き缶回収に、楽せず無理せず時世に飾らずない毎年の顔、祭りに来たなと意気上がらせてくれる。 主催氏の都合で開催3日前の設営は広大な広場に100件のブース割り、例年なら 具合の悪い人たちと喜ばれるチーム川崎ベッドタウンの面々も今年は誘わず、設営を終えてもまだ昼を過ぎたばかりで、本番までたっぷり空いたこれから二泊三日を歩いてみることにした。 快晴初夏の陽気を太平洋の海岸線に沿って、頭を丸めてからホントに迎える縁が変わっているけど、これからもこれまで通りに甘んじない時々の大事だ。 暗くなった海沿いに派手な電飾に覆われた道の駅、風が冷えてきて、ちょっと埃っぽい休憩室で休ませてもらう

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  実家マンションでの日常を経て旅暮らしに戻る。 勝手に旗振る「芸と宴のベッドタウン」構想で帰還のたびにイベントやら宴やらを掘り起こし、現役児童や幼児を持つお父さんたちが イクメンから前進して主体者の意識を高めてきた近頃の面白さ、この10日間の滞在でも恒例のA棟とB棟の2棟間に鯉のぼりを泳がせ、屋上に上がったお父さんはヒーローに、マンション総出で世代をまたぐ『八重桜祭り』でも、屋台舞台と大人の文化祭のような微笑ましい風景の演出を張り切り、小さな頃から河童を知って巡業を共にしてきた若手連に向けるにはまだ 浮き世離れに足りないけれど、そろそろ誰か巡業各地の遊び心な常識に飛び込んで来ないかと期待しながら、今はまだ想定に収まれる安定の内に愉しむ頃と会を重ねていく。

 

  南房総の千倉で開催される楽市楽座『千倉アートフリーマーケット』へ土砂降りだった雨上がりを待って昼過ぎに出発、ボーッとこれからを思い描いてみれば、あれま、今年は5ヶ月少々になる大行脚で意外な驚き、さあ旅の日常、夕暮れに到着した千倉駅では実家あたりでも初夏の陽気だったのが、こっちはもう季節そのものが初夏で低いところを飛び交うツバメ、さすが南国。 買い物を済ませれば終バスはなく、会場の道の駅「潮風王国」まで演舞具にアンプに野営具、久々30キロを超える荷を背負い抱えて約7キロを歩き、実家から駅までは重みを思ったのに、頭から足先まで芯が通う旅の呼吸は一歩一歩に推進力、五感に六勘が意識を働かせて思いつくままに騒がしくなる夢想、未知へを護ってくれる冷静に慎重な頭に旅だよヨロシクと声かける。 太平洋に面して暗い海から波の音が轟く広い芝生広場、程良く照らしてくれる半分の月灯り、潮風に流されながらキャンプの準備、食事は携帯コンロを忘れて、鯖缶2缶と豆缶を開けレトルトカレーをかけて乾杯、夜風が冷えても防寒具も持ってこず、やっちゃったなあと笑える旅の始め、これから5ヶ月、何に立ち停まらされて何を拾い上げ、何に見初められて何に足止めを食らうのか、予想も浮かべられない毎日の始まりが可笑しくて、昂ぶる乾杯はワイン一杯で満足


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  岡山の「ミナモト建築工房」家を建てること 自然に優しく 町に責任を持ち人を育む  と強引な人好きと押しの強さと優しさで独自な社風を創り出した中卒叩き上げの社長から息子へと新社長への就任式、自分より10才年下の新社長とは10年ほど前の世界行脚中に南米パラグアイの安宿で出会って意気投合し、そして地球の反対側に移ったインドの街角でもパッタリと遭遇、岡山に戻って入社した彼は世界各地で見てきた暮らしにの処がある風景を地元にもと活動を始め、毎度始めの一歩をすっ飛ばしたやりっ放しに、応援もしている口々から辛口を飛ばされ、黙して頑固に拒み続けて夢を描き続けていたけど、カリスマな前社長から引き継いでの社長就任式にお祝いと見定めに集まった160 名を前にして覚悟を決めた一気な羽化というのか姿の逞しさ、すっげえなあって、これからこんな人たちに囲まれて、描き続けてきた風景を現実へと葛藤していくんだなと、河童から独り立ちしたこの春に自分も踏み出すときと確認させられた。飲食やスタッフを務めたのは想いを共感している多彩な仲間たち、どちらかといえば社会に馴染もうとしない連中ばかりだけど大仕事を任され活き活きた眼差し、真剣に張っている五感六感、仲間から社長へ、多くが彼の覚悟と共に芽吹いていけば彼の夢想が風景になっていくはず、すっげえなあ、自分も今までの自分に引き摺られずに、きっと順風きっと満帆 

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   実家マンション群で勝手に旗振る「芸と宴のベッドタウン」構想は、季節を愛でて暦を喜びながら縦横斜めに飛び交う近所付き合いの構想、九州より戻ってくれば季節を吹っ飛ばした初夏の陽気に桜はもう満開になっていて、乗り遅れじといつもの公園に提灯30灯と発電機とゴザやら風呂椅子やらを持ち運んで『勝手に夜桜』の花見準備、見通しの良い公園の周りは実家を含めた集合住宅が立ち並び、脇を走る片側2車線の幹線道路は高速インターもあり忙しく流れ続ける車列、高速道路高架で壁になった向こうにはドラッグストアがあり、夜には暗く寂しくなる公園周辺だけどたくさんの人目に晒されやすく、提灯に照らされた桜に誘われ周辺住民数千人からどんな人たちが姿を表すかを楽しみに高校自主退生2人と準備を進める。  目立つのはラブホテルくらいで町外れな薄暗く鬱蒼とした感じだった以前は日中でも投棄や痴漢のメッカで  何でこんなとこに公園造ったかなと地主のばあちゃんが呟いていたけど、整備宅地開発され明るくなった今は日中には小さな子連れ姿が増えてベッドタウンな光景になりつつあり、でもまだ利用者が少ないおかげでここらでは珍しく樹勢があって頭上まで覆ってくる桜の屋根、日中には犬の散歩の人、新入学の記念写真を撮りにくる親子、買い物ついでに立ち寄った人、見事な枝っぷりを写真に納める人たちの姿が嬉しく夜桜を案内すると皆さんも意外そうにも嬉しそうに。   夕暮れになり灯火すれば広い空が暗くなるにつれ浮かんでくる桜の屋根の見事、そして来た来た、敷物や手弁当に酒を持っての中には日中に声掛けた人も家族や仲間連れで上がってきてくれて、来る人来る人と花見を共にし、1日の予定だった『勝手に夜桜』は要望に応えて2日から4日へと延びて午後9時半までの案内も連日の午前様、やっちゃったねえ、日毎に安定感が出てきた花見公園、上がって来る人もどんどん多彩になり町会のご年輩皆さんや教会の団体、元ヤクザ組長というおっちゃんの一族に向かいの赤提灯御一行、常連組、他、他、期待以上に多彩な顔ぶれで皆さん流石の交流上手、こんな人たちがまだこの近所にこんだけ住んでいるんだなあと嬉しくなる。  ネット社会の人繋がりが主流といっても近所ならたったの数十人、繋がるもん同士に安定感があっても を見据えるにはあまりに視界が狭くて、内輪ノリを好まない人たちを遠ざけていたから新たな一歩  へと久しぶりに期待と遊び心が浮かんできた『勝手に夜桜』 涸れ気に華を咲かせましょ

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  普通列車を乗り継いで2日間、九州から始まる春巡業はまず福岡県広川町と佐賀県白石町、ともに新春にも毎年訪れていて次に向けた挨拶の春呑み、好いねえ、集ってきた口から発せられる我の強いこだわり、噛み合ってもぶつかり合ってもぶれずに刺してやがて怒気に涙も、 こだわり昔は余裕の無さの意味で使われていたらしいけど、余裕が無いまで突き詰めた我の強さが、次の新春にまた大きな輪を抱擁していくんだもんなと頼もしい、都会らしい繊細さに囲まれ過ごしていた声が久しぶりに腹から出てくる。 一分三分と桜が咲き始めて週末は久留米市田主丸の『若竹酒造春の蔵開き』 うららかな春を飛び越え初夏を思わせる陽気に桜はあっという間に7分ほどになったけど、青空下の宴を待ちきれない花より酒の呑んべえさんは、開催時間前から期待の笑顔で続々とやってきて身体中から麹が香るほどに2日間、顔見知りが増えたなあ、、でも豪快に酒に突っ込んで人に突っ込んで囲んでくれた年輩世代はトーンを落として世代交代、新たな呑んべえ世代は時勢そのままにクールな飲みっぷりで、今年の旅の風景もまたどんどんクールになっていくんだなと思える。 検索生活が運んできた淡白な日常風景の暮らしやすさ、ぶつかり合える豊かな日常を運ぶ役目は河童なりけり、剃髪行脚

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  実家ベッドタウンでの10日間はあっという間、タスマニア島での2カ月で耕された野生の多様性に向き合って、耕された街を想い浮かべつつ帰還した10日間、近隣で大型バスをチャーターしての『雪遊び合宿』実家マンション皆さんに献品を募った『バザー』 そして『鯉のぼり流し』に『八重桜祭り』と続いていくわけだけど、なるほどなるほど、ただタネを撒き続けていただけで耕してなかったんだなと、芽生えてすくすく伸びてるようでも根を張れていない不安定じゃ実らない。 そういや子供の頃から小さな生物でも植物でも好きなくせにまともに育てた覚えがないのも、そこまでの作業をすっ飛ばして豊かに実った風景しか浮かべてなかったから、わかってきた気がする。 この日々を思い返しても10日間で豊かに魅せるための使い捨て、タスマニア島でイメージしてきたここでの生活風景を実行するにはあまりにも滞在が短くて、あれよあれよというウチに通り過ぎた。 モノ、地域、人、情報、時間、社会、使い捨てというより無関心でいられる日々に今一度集中し直して 一過性のイベントではない次代への…“ 毎日を心がけよう、といっても春巡業、流れ続ける毎日に行ってきます