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開経偈 発願:仏法に出会えたことを喜び、仏の導きを願います。


開経偈

無上甚深微妙の法は、百千万劫にも遭い奉ること難し、
我今見聞し、受持することを得たり、願わくは如来の第一義を解せん。

至極の大乗、思議すべからず、見聞触知皆菩提に近づく。
能詮は報身、所詮は法身、色相の文字は、即ち是れ応身なり。
無量の功徳、皆この経に集まれリ。
是故に自在に冥に薫じ密に益す。有智無智罪を滅し善を生ず。
若しは信、若しは謗共に仏道を成ず。
三世の諸仏、甚深の妙典なり。生生世世、値遇し頂戴せん。

 開経偈

無上甚深微妙法
百千万劫難遭遇
我今見聞得受持
願解如来真実義

発願

 衆生無辺誓願度 (世の人々は限りなく多いけれど、
            誓ってすべての人をさとりの彼岸へ渡そう)
煩悩無数誓願断 (煩悩は尽きることなく生まれでるが、
            誓ってこれを断ち切ろう)
法門無尽誓願知 (仏の教えは、はかりしれないほど広大なものであるが 
            誓ってこれを学び尽くそう)
仏道無上誓願成 (仏の道も限りなく遠く奥深いものであるが、
            誓ってこれを成就しよう)

これは「菩薩」の誓願です。
菩薩の誓願を人間である我々が唱えさせていただきます。
菩薩は、この世のすべての人々が一人残らず救われるまでは自分は仏にならない。と誓われました。
菩薩の4つの誓いに込められた慈悲をたたえて、
私達も修行に励みます。という菩薩の自覚を持った仏教徒の誓いです。

*発願は、真宗以外の諸宗では、普遍的に唱えられ「四弘誓願文」とも言います。
*真言宗での五大願では「煩悩無数誓願断」は唱えず、かわりに「如来無辺誓願事(「誓って事(つか)えんことを願う」)となり
「福智無辺誓願集」(福徳と智恵は限りないが誓ってこれを集めよう)
という一文が加わります。


 クリスチャンの方々は毎週「使徒信条」という信仰告白をされるそうです。
信仰に生きる者として、どのような誓いを神の前にされるのでしょうか・・・。
ちょっとだけ拝見してみましょう。
日本基督教団信仰告白

我らは信じかつ告白す。

 旧新約聖書は、神の霊感によりて成り、キリストを証し、福音の真理を示
し、教会の拠るぺき唯一の正典なり。されば聖書は聖霊によりて、神につ
き、救ひにつきて、全き知識を我らに与ふる神の言にして、信仰と生活との
誤りなき規範なり。

  主イエス・キリストによりて啓示せられ、聖書において証せらるる唯一
の神は、父・子・聖霊なる、三位一体の神にていましたまふ。御子は我ら罪
人の救ひのために人と成り、十字架にかかり、ひとたび己を全き犠牲として
神にささげ、我らの贖ひとなりたまへり。

 神は恵みをもて我らを選び、ただキリストを信ずる信仰により、我らの罪
を赦して義としたまふ。この変らざる恵みのうちに、聖霊は我らを潔めて義
の果を結ばしめ、その御業を成就したまふ。

 教会は主キリストの体にして,恵みにより召されたる者の集ひなり。教会
は公の礼拝を守り、福音を正しく宜べ伝へ、バプテスマと主の晩餐との聖礼
典を執り行ひ、愛のわざに励みつつ、主の再び来りたまふを待ち望む。

 我らはかく信し、代々の聖徒と共に、信徒信条を告白す。

 我は天地の造り主、全能の父なる神を信ず。我はその独り子、我らの主、
イエス・キリストを信ず。主は聖霊によりてやどり、処女マリヤより生れ、
ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け、十字架につけられ、死にて葬ら
れ、陰府にくだり、三日目に死人のうちよりよみがへり、天に昇り、全能の
父なる神の右に坐したまへり、かしこより来りて、生ける者と死ねる者とを
審きたまはん。我は聖霊を信ず、聖なる公同の教会、聖徒の交はり、罪の赦
し、身体のよみがへり、永遠の生命を信ず。アーメン。

カソリッックの使徒信条

我らはかく信じ、代々の聖徒と共に使徒信条を告白す。
我は天地の造り主、全能の父なる神を信ず。
我はその独り子、我らの主イエス・キリストを信ず。
主は聖霊によりてやどり、おとめマリヤより生まれ、ポンテオ・ピラトのも
とに苦しみを受け、十字架につけ られ、死にて葬られ、陰府にくだり、三
日目に死人のうちよりよみがえり、天に昇り、全能の父なる神の右 に坐し
たまえり。 かしこより来たりて、生ける者と死ねる者とを審きたまわん。
我は聖霊を信ず。聖なる公同の教会、聖徒の交わり、罪の赦し、からだのよ
みがえり、とこしえのいのちを信ず。



異端といわれる教会
モルモン教会(末日聖徒イエス・キリスト教会)信仰箇条

01 わたしたちは、永遠の父なる神と、その御子イエス・キリストと、聖霊とを信じる。
02 わたしたちは、人は自分の罪のゆえに罰せられ、アダムの背きのゆえには罰せられないことを信じる。
03 わたしたちは、キリストの贖罪により、全人類は福音の律法と儀式に従うことによって救われ得ると信じる。
04 わたしたちは、福音の第一の原則と儀式とは、第一に主イエス・キリストを信じる信仰、第二に悔い改め、、第三に罪の赦しのために水に沈めるバプテスマ、第四に聖霊の賜物を授けるための按手があることを信じる。
05 わたしたちは、福音を宣べ伝え、その儀式を執行するためには、人は預言によって、また権能を持つ者による按手によって、神から召されなければならないと信じる。
06 わたしたちは、初期の教会にあったと同一の組織、すなわち、聖徒、預言者、牧者、教師、祝福師などがあることを信じる。
07 わたしたちは、異言、預言、啓示、示現、癒し、異言の解釈などの賜物があることを信じる。
08 わたしたちは、正確に翻訳されているかぎり、「聖書」は神の言葉であると信じる。また、「モルモン書」も神の言葉であると信じる。
09 わたしたちは、神がこれまでに啓示されたすべてのこと、神が今啓示されるすべてのことを信じる。またわたしたちは、神がこの後も、神の王国に関する多くの偉大で重要なことを啓示されると信じる。
10 わたしたちは、イスラエルの文字どおりの集合と十部族の回復とを信じる。また、シオン(新エルサレム)がアメリカ大陸に築かれること、キリストが自ら地上を統治されること、そして地球は更新されて楽園の栄光を受けることを信じる。
11 わたしたちは、自分の良心の命じるとおりに全能の神を礼拝する特権があると主張し、またすべての人に同じ特権を認める。彼らがどのように、どこで、何を礼拝しようと、わたしたちはそれを妨げない。
12 わたしたちは、王、大統領、統治者、長官に従うべきこと、法律を守り、尊び、支えるべきことを信じる。
13 わたしたちは、正直、真実、純潔、慈善、徳高くあるべきこと、またすべての人に善を行うべきことを信じる。実に、わたしたちはパウロの勧告に従うと言ってもよい。わたしたちはすべてのことを信じ、すべてのことを望む。わたしたちはすでに多くのことを堪え忍んできており、またすべてのことを堪え忍べるようにと望んでいる。どのようなことでも、徳高いこと、好ましいこと、あるいは誉れあることや称賛に値することがあれば、わたしたちはこれらのことを尋ね求めるものである。

ジョセフ・スミス