【八識心王】


[TOP] [一覧] [検索] [管理] [修正・削除]


記事内容に関する御意見、御質問は掲示板へどうぞ。
心王と心所  
心王は心の構造。
心所はその具体的な機能。

 ・説一切有部(派)
   心所を細かく分析し、「有る」を強調。

 ・経量部(派)
   説一切有部に対して、教典を基準に判断する。
   心王、心所を認めない。

   経量部より中観派が生まれる。

 ・中観派は六識。
  天台は唯識も少し使う。

2010/11/29/16:43:35  No.47

上座部仏教による心所の説明  
上座部仏教は、心所は「有る」と、強調する一切有部に近い部派。
心所は「有る」という考え方の理解のために。

「心と心所は、水と水の成分によってたとえるとわかりやすいのです。
世の中に100%純粋な水は存在しません。水にはたとえ微量であっても、必ず何かの成分が含まれています。
水道水、下水、コーヒー、血液、雨水…など、様々な液体の差は水に含まれる成分の違いです。
 心も心に溶けている心所によっていろいろな心があります。優しい人、明るい人、落ち着きのない人、怒りっぽい人、嫉妬深い人、欲深い人、鈍感な人、敏感な人、鈍感な人、など人間の性格は、どの心所がその人の心に溶けやすいかということで決まります。
性格は固定化されたものではありません。人格は条件によってコロコロ変わります。
心は純粋な水の如く善でも悪でもありません。
心に怒りが溶けたら怒りの人となる。心に慈しみの心が溶けたら、優しい人になる。
次の瞬間にどの心所が生じるか、自分にもわからないのです。」
(スマナサーラ長老講義録「初期仏教の世界」より)

***********************
 中観、唯識になじむと、長老の説明は、なんとももどかしく感じられる。

2010/11/29/17:12:48  No.48

八識心王  
「心王の八と云うは、一は眼識、色を見る心。二は耳識、声を聞く心。三は鼻識、香をかぐ心。四は舌識、味わいを知る心。五は身識、身に触るる事を、暑し、寒し、やわらか也、粗しとも知る心。六は意識、よろずの見る事聞く事、乃至見もせず聞きもせぬ事をも思い案じ続くる無辺法界の心なり」(良遍『法相二巻鈔』)

 眼耳鼻舌身意…基本の六識。
 唯識では、第七に末那識、第八に阿頼耶識を立てる。

「凡夫の心の底に常に濁りて、先の六の心はいかに清くおこれる時も、我が身我が物と云う差別の執を失せずして、心の奥は、いつとなくけがるる如きなるは、この末那識あるによりてなり。八は阿頼耶識、これ一切諸法の根本也。」(良遍『法相二巻鈔』)

2010/11/29/17:44:03  No.49

[管理]  [総合管理]  [カテゴリー一覧]  [サブカテゴリー一覧]  [TOP]

shiromuku(hu1)NOTEBOOK version 2.30