タイトル | : アイデンティティもまた・・・ |
記事No | : 1495 |
投稿日 | : 2012/05/06(Sun) 22:59:13 |
投稿者 | : 桃青 |
「私」はマナ識をもって阿頼耶識に愛着し、愛着したものを「私」だと思っている。 愛阿頼耶なのだ。
日本国があるから、私は日本人という。 某M教会があるから、私は某M教会員であるという。
例えば、日本国や某M教会がなくなっても、その人は、たちどころに消滅したりはしないだろう。 私は日本人といい、私は某M教徒というが、日本国という組織、某M教会という組織があってもなくても、私は存在するのだ。
所属している組織が無くなるとアイデンティティが喪失するというがアイデンティティが喪失したからといって、私が消滅したりしない。 アイデンティティというものも、愛アラヤで、愛着で、そのひとが激しく愛着しているものは何か、というだけのことなのね。たぶん。
アイデンティティーの喪失とは、愛着していた対象が無くなるということなんだね。たぶん。
|