タイトル | : 無常を観じて |
記事No | : 2295 |
投稿日 | : 2013/11/11(Mon) 11:55:20 |
投稿者 | : 桃青 |
秋ですね。 庭の桜の紅葉も枝にわずかになりました。 秋の風情に無常を観ずるかたは多いようですが、私は、母の姿に無常を日々観じております。
ほんとうにね。人間て、結局こうなってしまうのだなーと思うと、なんともやりきれませんのね。 御上人にそのやりきれなさを訴えても「仏と思いなさい。」て、言わればかりで・・・。 何なんでしょうね。 私は「人間の虚しさ」というようなものを母に見て、やりきれなくなっていて、それを訴えているのに、御上人には、私の言っていることが介護の厭わしさを嘆いているとしか聞こえないみたいなんです。 人間の空虚さを一番熟知しているはずの仏教の指導者に、その空虚さを観てのやりきれなさを訴えて通じないのなら、誰にこのやりきれなさを訴えたら、共感していただけるのでしょう。
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