罪深き絆

 

第三章・雄鹿王

 



 
俺の星には、一つの伝説があった。
 雄鹿王を仕留めることが出来るのは、真の勇者だけであると。







 もともと、鹿は神の化身として崇められていて、狩ることは禁じられていた。

 時には、密猟者が禁を破ろうとすることもあったが、彼らは何者かの力に守られていて、犠牲になることは決してなかった。鹿たちは王と呼ばれる一頭の雄鹿に守られていた。

 誰が彼を王などと名付けたのだろう。

 だが、彼は群れの中にあっても、白銀に輝く毛並みと黄金色に輝く大きな角で一段と目を引き、その堂々たる姿が他の鹿とは一線をかき、それが全てを物語っていた。

 王は自分を狩る相手を選ぶ。

 その相手に対決を挑み、一騎打ちの勝負をする。

 勝負の結果、仕留められた王は古い躰を捨て去り、新たに生まれ変わる。狩人は抜け殻になった王の黄金に輝く角を持ち帰り、勇者の名乗りを上げる。

 これが、伝説のあらましだ。






 俺が王を始めて見たのは、まだ小さな子供の頃のことだった。

 守護聖として聖地に迎えられるという使者が、正式にわが家に遣わされ、そのための守護聖教育が始まった矢先のことだ。

 正直言って、その頃の俺は今以上の自惚れ屋で、既に次期の守護聖であることを鼻にかけ、勉強も家族も生まれたこの星さえも煩わしく感じ始めていた。

 今から思い返してみても、ただのクソ生意気なガキでしかなかった俺は、周囲に優越感を持ち、宇宙を支配しているような錯覚さえしていた。

 俺の思うところの下らない学習を、いつも隙を見つけては抜け出して、街から少し離れた小高い丘に行って、ひとりの自由を満喫していた。

 その丘は、街の外に広がる果てしない草原の入り口にあった。俺たちの生活は草原と密着しているといっても、街で暮らす人々は、そう頻繁に草原に行きはしない。平日の日中に草原にいるのは狩人か行商人くらいなもので、狩人は街の近くには滅多には来ないし、その丘は街道から外れているので行商人に出くわす心配もなかった。そういう訳でこの岩だらけの変哲のない丘は、俺の取って置きの隠れ場所になっていた。

 ある日、いつものように丘へ行くと、先客に俺は気がづいた。

 白銀に輝く躯と黄金の角、一目見て雄鹿王だと直感する。

 王は俺の姿を認めると、威嚇するようにその大きな角を振った。

 ……………挑戦してやがる、と俺は感じた。

 当然と言えば、当然な成り行き。次期守護聖である俺こそが、勇者に相応しい。

 腰の剣を抜いて、身構える。

 王は黒い瞳を真っすぐに俺を見すえたまま、全身から銀青色のオーラを発しだした。

 そして前足を軽く上げ、俺に向かって突進してきた。

 俺は迎え討とうと一歩前に足を出すと、頸動脈に狙いをつけて切りかかった。

 しかし俺の剣は空を切り、雄鹿王は俺の頭上を跳躍していた。

 左頬から一筋の血が流れ落ちる。跳躍しながら王の黄金の角が俺の頬をかすめたのだ。

 俺は頬に手をやり、その場に崩れ落ちるように座り込んだ。

 雄鹿王はそのまま俺を見つめていたが、嘲るように鼻を鳴らした後、踵を返して草原へ消えて行った。

 俺は魂の抜けたようにそこにいつまでも座っていた。

 どれくらいの時間が経っただろうか、空にはいつの間にか雲が広がり、雨が降り出した。







 草原に降り注ぐ雨が、俺の身体を否応無しに打ち付ける。

 頬の傷がズキズキと痛む。

 俺は試されたのだ、勇者として、守護聖として相応しい器なのかと。

 結果はと言えば、見てのとおり散々だ。

 鼻先で軽くあしらわれて、無様な姿をさらしてしまった。

 さぞ雄鹿王は愉快だっただろう、次期守護聖とはこの程度の男なのかと…。

 生まれて初めて、心から悔しいと思った。

 今まで俺に出来ないことはなかった。剣においても、勉学においても、同じ年頃の子供からは群を抜き、大人でさえも舌を巻くほどだった。

 だが、雄鹿王にはてんで歯が立たなかった。

 俺がいかに井の中の蛙だったかを思い知らされる気がした。上には上があったのだ。

 いつか絶対にこの借りは返してもらう。王を倒してこそ勇者として守護聖として真に相応しい男になることができるのだ。

 今は無理でも、いつか、きっと……。







 数年後、いよいよ聖地へ旅立つ時が来た。

 俺は両親から、家に代々伝わる剣を譲り受け、草原へと馬を走らせた。

 あの時以来、丘へは行っていない。

 俺は心を入れ替え、学習や剣の稽古に勤しんできた。学べば学ぶほど、居間までの自分の未熟さを知り、少しでもましな人間になれるよう頑張った。

 明日にはこの星を離れなくてはならない、その前に一矢だけでも報いたいと思った。

 たとえ勇者になれなくとも、あの時よりも成長はしているはずだ。

 愛馬を迷わず丘へと向けた。王は必ずそこにいるはずだ、俺には分かっている。

 丘が見えてくる。こんなちっぽけな場所で何を意気がっていたのだろうかと、自分が情けなくなってくる。

 王は丘の頂にいた。

 いたぞ! 俺は奮い立った。

「待たせたな、俺には時間がない。さっさとケリをつけようぜ。」

 そう呼びかけ、全速力で馬を走らせた。

 王も丘から駆け降りて来た。

 交差した瞬間、王の角が俺のマントを引き裂き、同時に俺の剣が王の喉元を貫く。

 マントの切れ端を角に巻き付け、王の躯は横たわった。

 白銀色に輝いていたその躯は、自らの血で真っ赤に染まり、大地に大きな染みを作る。

 俺は雄鹿王から命が流れ出て行くのを、じっと見下ろしていた。

 すると辺りに強い光が発したかと思うと、血まみれの王の躯の中から、若く美しい雄鹿が抜け出した。

 生まれ変わった雄鹿王は黄金に輝く角を天にかざすと、速やかに走り去った。
 ……………新たなる、伝説の始まり。

 俺はかつて王であった屍から角を取り、家路についた。

 破れたマントと角は、生家に残して来た。

 守護聖には勇者の肩書は、要らない。

 俺にとって、雄鹿王を倒すことはひとつの通過点でしかない。

 聖地では新たな使命が俺を待っているだろう。







 聖地に着くと真っ先に、仲間となる守護聖たちに紹介された。

 彼らのサクリアの輝きと、威厳に圧倒されつつも、俺の目はたった一人の人物に釘付けになっていた。

 光の守護聖ジュリアス。

 他の守護聖たちを圧倒してしまうほどの存在感と威圧感を持って、強く厳しい視線を放つ碧い瞳を俺に向けた。

 俺の目をしっかりと見据えると、重々しくこう言った。

「そなたもこれからは守護聖の一員として、自覚を持って行動するように」

 今の俺はこの人にとって、新米守護聖でしかなくても、いずれきっと認めさせてみせる。あなたに追いついて、肩を並べるようになってみせる。

 これが、俺の新たな目標だ。

 聖地での生活はまだ始まったばかりで、これからも自分の未熟さと至らなさを痛感する日々が続くだろう。

 でも道標さえあれば俺は決して迷いはしない。

 決して…。

 

 


この話もほぼヴィジョン的には一日で思いついたものです。創作をする時私は
始めにひとつの映像が出るのです。その映像にたどりつくために、文章を書き
綴っていくんです。子供の頃から映画を見ていたので、イメージはどうしても映
像になってしまうんですね。今回はオスカーが雄鹿王を倒すシーンがポイントで
す。軍人的な硬派な部分を描きたかった。そして上に昇る事への貪欲さを…。

上手くいったでしょうか? ううむ、書けば書くほどやっぱり修行中ですね。(汗)


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