こみっくパーティーSS_1 高瀬 瑞希





 「舞い上がる白い息と、降りしきる白い雪」





 「くそ、いまいましい雪だな。弱り目にたたり目とはこのことだ」

 俺は、雪の中帰路についていた。
 クリスマスだというのに、大志のやつにバイトに駆り出され、腹立たしい事
この上ない。

 だが、それだけならば、まだ良かった。

 大志の強引な誘いのせいで、瑞希を一人で家に残しちまった。

 俺が、大志に脅迫がまいの事を受けていた事は、瑞希も知っている。
 だからといって、瑞希が怒らない訳がない。
 わざわざ、クリスマスの日に家に来て、料理まで作ってくれたというのに。

 あ〜、いつか埋め合わせしないと。 
 あいつ、結構短気だからなぁ。

 瞬間湯沸し器の癖して、その上頑固者。

 俺が同人誌を始めてから、ずっと止めさせようとしていた事でもそれは分か
る。
 あまり尾を引くタイプではないものの、怒っているだろうなぁ。

 直接俺に怒りが向くわけではないだろうが……だからと言って、ぴりぴりし
ている瑞希を見ていて楽しいはずがない。



 はぁ。



 俺は、ため息をついた。

 底冷えのするクリスマスイブの夜。
 盛大に吐き出した息は白い息となって、視界を遮る。

 昇っていく白い息と、降ってくる白い雪。
 暗い夜道の中、そのコントラストが妙に鮮明に見えた。

 始めから瑞希との約束がなければ、こうまで気が滅入る事はなかったかもし
れない。

 もちろん、だからといって大志と二人でアニメショップのアルバイトをした
いとは思わないが。
 そんな事をするぐらいだったら、家で原稿を進めるなり、ごろ寝している方
がはるかに有意義だろう。



 ……なんか、去年も同じような事がなかったか?



 考えているだけで、憂鬱になってきた。



 ……さっさと帰ろう。



 ***



「ただいま……」

 く、暗い。

 一人暮しの侘しさ、というヤツだろう。
 明かりのついていない部屋に帰ってくるというのは。

 はあ、さすがに瑞希ももう帰っちまったか。
 せっかくのクリスマス。予定になかったバイトさせられて……誰もいないク
リスマスかよ。

「はあ、これで瑞希でもいればなあ……」

 もうすこし、マシだったかも。



「メリークリスマス!」



「え!」

 突然、響いた声に俺は硬直してしまう。

 暗闇の中、ぼんやり浮かび上がるシルエット。
 特徴的な横ポニーテール。
「あ……瑞希、待ってたのかよ。なんで電気なんか消して……」
「そろそろ帰ってくるんじゃないかなって思ってさ。ねえ、驚いた?」

 部屋の電気をつけながら瑞希が笑う。

 人の事を子供なんだから、とさんざん言い続けてきたヤツのすることじゃな
い。
 俺は、いまだ落ちつかない心臓の鼓動を誤魔化すように、言った。

「なに言ってんだよ。ガキ」
「あっそ」

 さして気に止めない瑞希のそっけない答え。
 だが、その表情の向こう側に、にやにやと笑う小悪魔を見た気がした。



「はあ、これで瑞希でもいればなあ……」




「あ、あっ!」

 それ、さっきの!

「もう思わず吹き出すところだったわよ」
「……」
「どうかした? 真っ赤になっちゃってさ」
「……」
「うれしい? 瑞希ちゃんがいてくれてさ」
「……」
「ほらほら」
「……」
「うふふ。もう和樹ってば、かわいいんだから」
「……」
「それじゃあ、ちょっと待っててね。料理あっためるから」



 くそ、俺、もしかしたら、これで瑞希に一生頭あがんなくなるかも。



 ***



 俺が座っていると、見る間に料理が並んでいく。

 瑞希一人に用意させるのも気が引けたので、手伝いを申し出たが、
「あんたは座ってて。手伝いって言ったって、どうせ二度手間になるだけなん
だから」
 などと、なかなかにひどい事を言われた。
 もっとも、瑞希の言うとおりなんだけどな。

 目の前に並んだ料理は、クリスマスらしく、鶏のから揚げやら、スープやら、
洋風のものが中心だった。
 それでも、真ん中に白いご飯があるのが日本人らしい。

「はい、どうぞ☆」

 何やら妙に嬉しそうな声を出しながら、茶碗を渡してくる瑞希。

「なんで、そんなに嬉しそうなんだ? 瑞希」
「だって、あたしがご飯作ってあげないと、和樹餓死しちゃうでしょ☆」
「いくらなんでもそんな事あるかっ」
「なに言ってるのよ。お鍋一個と、お塩だけでどうやって料理する気?」
「砂糖と醤油ぐらいあるぞ」
「両方とも切れてたわよ」
「……」
「だいたい、冷蔵庫の中、栄養ドリンクとお酒しか入ってないじゃない」
「……そうだったか?」
「そうよ」
「で、でも前に見たときは、確かに肉とか野菜とか入っていたはずだぞ」

 はぁ。

 目の前で、思いきりため息をつかれた。

「……いただきます」
 ちょこんと手を合わせてそう言うと、瑞希は箸を動かし始める。
「ほら、和樹。冷めちゃうわよ」
「ん、ああ」
 瑞希に促され、俺も食事を始める。

 おろし醤油とネギの和風ソースのから揚げを、ご飯の上に取る。

「冷蔵庫に入っているのは、大抵あたしが入れといたヤツでしょ、もう」
「あ、そうなのか?」
「……もしかして、気がついてなかった?」
「ぜんぜん」
 冗談抜きで、全然知らなかった。

 ……確かに買い物してない割には、いつも物があるなぁ、とは思ってたけど。

「やっぱり、一人じゃ餓死するわよ」
 まったくもって反論できなかった。

「まっ、それはそれで、あたしは嬉しいんだけど……何かしてあげられるって
事だし」
「え?」
「な、なんでもないわよっ」

 瑞希は誤魔化すように、タラコとマヨネーズで作ったソースにから揚げを絡
めていた。

 実のところ、俺には瑞希の呟きは全部聞こえていた。
 クリスマスイブに拗ねられても困るので、からかったりはしないが。

 ただ、あれから結構経つけど、やっぱりまだ気にしているんだなぁ、と思わ
ずにはいられなかった。



 去年の冬。
 瑞希は、自分に何が出来るのか、と悩んでいた。
 澤田編集長に声をかけられ、前だけを向いていた俺は、瑞希の悩みになかな
か気がついてやれなかった。

 俺は、瑞希に何かして欲しかったんじゃない。
 ただ、一緒に居て欲しかった。

 そういう意識がさらに、瑞希の心情を推し量りづらくしていた。

 だが、それも今は昔の話だ。



「そーだな。瑞希がいないと餓死しそうだな、俺」
「そうよ。和樹はあたしがいないとダメなんだから」

 瑞希は思いこみの激しいタイプだ。

 側にいる資格、なんてものはこの世に存在しないのに。
 その事で悩んでくれた。

 ある意味で男冥利に尽きる話だが、瑞希は極端から極端に走るタイプでもあ
る。
 だから、たまにこうやって、はっきりと瑞希がいないとダメだ、と言ってや
ることにしている。

 決してリップサービスではない。

 それは、紛れもない事実だから。
 瑞希に嘘を付いているわけではない。

「それにしても、美味いな。このソース」
 瑞希お手製の三種類のソース。
 おろし醤油に軽く炙ったネギを入れた和風ソースに、たらことマヨネーズを
和えたこってりソース。
 そして……なんだろう、このソース。
 ちょっと癖のある感じだけど、それがまたやみつきになる感じだ。
「えへへ〜、秘伝のソースなんだぞ」
「秘伝?」
「そ。昔、お母さんから教わったの」
「ふ〜ん。で、何が入っているんだ、このソース」
 瑞希の母親とは、高校の時に何度か会ったことがある。
 なかなか上品な感じの人なのだが、声が瑞希とそっくりなのだ。お蔭で何度
も電話で勘違いした事がある。
 その度に笑われたせいか、すっかり覚えられてしまっていた。
「ダ〜メ、教えてあげない」
「ケチ」
「教えちゃったら、ありがたみ半減でしょ。それに、あたしが作る機会が減っ
ちゃうじゃない」
「教えられたところで、俺が作れると思うのか」
「あ、それもそうだね」

 否定してくれ、瑞希。

 まぁ、実際のところ、教えられても、めんどくさくて作ったりはしないだろ
うけどな。

「そろそろ、シャンパンあけるか?」
「ん。そだね。あ、あたしグラス持ってくる」
 食事も半ば、俺は床に置いたままのシャンパンを掲げて見せる。
「瑞希、栓抜きも持ってきてくれ」
「それ、栓抜き要らないヤツだから、平気だよ」
「ん。そうか」

 確かに、手で開けられるように引っ張る部分がついているタイプだった。
 いかにも安物だが、俺達にはこれで充分だった。

 普通、この手のものは食事の途中で出したりはしないものだろうが、俺と瑞
希はいつもこうしていた。
 食前に飲んでしまうと、あまりアルコールに強くない瑞希は、酔ってしまっ
て食事がほとんど食べられないし、食後だと俺が腹いっぱいでほとんど飲めな
くなるからだ。
 瑞希は大抵多めに作るし、味は確かだから食べすぎてしまうのだ。

 だからそれは、二人だけのルールだった。

 落ちつきなくグラスを持ってきた瑞希の手には、他にも二つのものが握られ
ていた。
「なんだ、そのロウソクと、マッチは」
「もう、キャンドルって言いなさいよねっ」
「どっちだって同じ事だろう」
「相変わらずムードもへったくれもないんだから」

 テーブルの上の料理を少し脇にどけると、ロウソ、いや、キャンドルを立て
る瑞希。
 そして、手早く火をつけていく。
「あ、和樹。電気消して」
 言われるままに電気を消すと、ほわん、と暗闇の中に瑞希の姿が映し出され
る。

 普段よりもずっと陰影がついて……

「あ……」
「なに? どしたの?」
「いや、別に」

 とりあえず俺は誤魔化した。

 普段よりもずっと陰影がついて……いつもよりも胸が大きく見えた、とはさ
すがに言えない。

 瑞希は、びっくりするほどスタイルがいいせいか、ときどき、どきりとさせ
られる時がある。夏場の水着姿など、はっきり言ってほとんど暴力に近い。

 もっとも、普段は、言葉の最後にアクセントが来る独特の―――ちょっと幼
ささえ感じさせる―――喋り方をするせいか、可愛いとは思っても、そういう
事を感じる事は少ないのだが……。

「ほらっ、グラス貸して、ついであげるから」

 俺たちは、互いのグラスにシャンパンをつぎ合う。

「それじゃ、改めて」



 チン



「メリークリスマス」
「メリークリスマス」

 瑞希が持ちこんだグラスを合わせ、口をつける。
 俺は半分ほど、瑞希は一口、飲むとグラスを置く。

「こういうのも、割といいもんでしょ。雰囲気出るし」
 と、キャンドルを指して瑞希が、微笑む。

 ゆらゆらと揺れる炎の向こう。
 グラスに反射する光を、まるで宝石を愛でるような視線で楽しんでいる瑞希
の顔が見える。

「なんで、女っていうのはこういうの好きかなぁ?」
「もう、相変わらずムードってものがわかんないんだから。そんなんじゃ、こ
れからも女の子の気持ちがわかんなくて、困るぞ」
 ぴっ、と一本指を突き付けてくる瑞希。
「困る事はないと思うぞ」
「どうしてよ」
 なぜか、不満顔の瑞希。



「だって、瑞希の気持ちが分かれば充分だろ」



「……バ、バカ。いきなりなんてこと言うのよっ」
 途端に瑞希の顔が赤くなる。
 たぶん、ロウソクの炎のせいばかりではないだろう。

 テーブルに置いたグラスを、落ちつきなく回す瑞希。

「なぁ、瑞希」
「な、なによ」
「明日どうする?」
「え?」
 ぴたりと、グラスをいじる指が止まる。
「なんだ……瑞希だって、男心が分かってないじゃないか」
「な、なに?」
「デートに誘ってるんだがな」
「バ、バカッ」
 真っ赤になって叫ぶ瑞希。
「なんで、デートに誘ってバカ呼ばわりされないといけないんだ」
「あ、ご、ごめん」
 相変わらず、こういうところは変わっていない。

 "雑誌に載っていそうな女の子が好きな事"が、一通り好きな瑞希だ。

 でなければ、わざわざキャンドルやらグラスやら持ちこんだりしないだろう。
「で、どうだ」
「え?」
「だから、デートだよ」
「あ、う、うん」
 そこで下を向いて、
「……あたしも誘って欲しかったし」
 ぽつりと呟く。

 相変わらず、変なところで純情だった。

「わ、笑わないでよっ。もう」
「笑ってないって」
「笑ってるじゃないっ」
 恥ずかしさを誤魔化す為だろう、妙にムキになっている。
 それはそれで面白いので、放って置くとして、俺にも頼みごとがあった。
「まぁ、それはともかく。瑞希、一つ頼みがあるんだが」
「え?」

 俺がそういう事を言い出すとは思わなかったのか、不思議そうな顔をする。

「明日は一日付き合うからさ、夜、俺の部屋に来てくれ」
「な…な…」
 赤かった顔に、さらに朱色が増す。

 ……多分勘違いしてるな、これは。

「最近、デッサンやってないからさ。モデルやって欲しいんだ」

 俺は、さっさと誤解を解く事にした。

「モデル?」
「そ。あ、別にヌードモデルじゃないからな」
 ちょっと、からかうように言ってみる。

 ちょうど一年ぐらい前。

 同じように、瑞希にモデルを頼んだ事があった。
 その時、瑞希の奴は、モデルをヌードだと勘違いして、水着で登場してくれ
た事がある。

「いやぁ、あの時の水着は正直、目のやり場に困ったぞ」



「……バ、バカバカバカバカバカッ〜〜!! 変なこと思い出させないでよぉっ!!」



 瑞希ちゃん、必殺の超音波ボイス。

 かなりキク。

「……瑞希、今、夜中だぞ」
「あ……」
 途端に静かになる、瑞希。

 う〜ん、素直だなぁ。

 俺の帰りが、大志のせいで遅かったので、もうかなり遅い時間なのだ。
 少なくとも、大騒ぎしていい時間ではない。

「それでな、今度描く読みきりで、和服のキャラ出したいんだよ。今まで描い
た事ないから、うまくデザイン出来なくて……瑞希、着物持っているだろ」
「和服って、浴衣とか」
「いや、振袖の方がいいなぁ」
「……振袖は着るの大変なんだぞ」
「だから、明日は一日付き合ってやるよ」

 俺は一呼吸置くと、

「嫌か?」

 瑞希の瞳を覗きこみながら聞いてみた。

「……」

 考える"ふり"をする瑞希。
 瑞希が、断らない事など分かっている。
 だが、高校時代から散々からかって来た相手だ。
 こういう機会を逃す俺ではない。

「嫌なら、他の奴に頼むけど」
「……他の人って、誰かアテがあるの?」
「南さんと、彩ちゃん。二人とも着物持ってるし」

 二人の名前を聞いた途端、瑞希の表情が変わった。

 瑞希は、何故かこの二人に対抗意識を持っている。

 俺を介して知り合った三人だが、三人とも紅茶という共通の趣味を持つせい
か、すぐに仲良くなっていた。
 時折、カフェなんかで、甘いものを食べながらお茶を飲んでいたりするのを
見かけたりする。
 もっとも、南さんが忙しいから、月に一度ぐらいの頻度のようだけど。

「ダ、ダメ。あの二人はダメッ」

 案の定、すぐに否定し出す瑞希。

「なんでだ?」

「だ、だって……二人とも可愛いし、料理も上手だし、それに和樹と趣味が合
うし……」
 どんどん、尻つぼみに小さくなっていく瑞希の声。

 俺は、先を促すように、軽く首を傾げてやった。

「……二人きりにしたりしたら、和樹取られちゃうもん」
「ぷっ」
「わ、笑わないでよ」
「何、心配してるんだか。俺は瑞希にモデルを頼みたいんだ。どうせ描くなら、
瑞希の方がいいに決まってる」

 さすがに面と向かって言うのは恥ずかしいが、程よく入ったアルコールと、
キャンドルの明かりしかない今なら、抵抗が少なかった。

「あう……」
 瑞希が妙な声を出す。
「ん? どした」
「ん、今の言葉ね。なんかすっごい嬉しかった。あーもう、どうしてこんな奴
好きになったんだろ」

 瑞希が、自分の頬を両手で包みながら呟く。

「惚れた弱みって奴か?」
「あんたが言うなっ」



 ***



「だいたい、二人ともモデルなんて引き受けないって」
「そんなの分からないじゃない」
 いつもより、少しだけ瑞希のピッチが早い。
 普段ならせいぜい、一、二杯で、飲むのを止めるのだが、今日はもう三杯目
だ。
「だってそうだろう。南さんは冬コミで忙しいんだ。モデルやっている時間な
んて絶対取れないし、彩ちゃんだって、原稿の追いこみだろうし」

 すでに、食事はあらかた終わっていた。
 今は、ベットを背もたれに、二人並んでグラスを傾けている。

「ん〜〜」
 俺の右肩に頭を乗せていた瑞希が、顔を起こす。
「今度のこみパ終わったら、お正月らもん。着物出すのには丁度良いじゃない」
 微妙に呂律が回らなくなって来ているが、瑞希の場合、いつもの事だ。これで
なかなか気持ち良く酔っていたりするのだ。

「そだ☆ あの水着もう一度見たい?」

「ぶっ!!」
「あ〜もう汚いなぁ」
「い、いきなり何を言いやがる」
「だって、あの絵描きかけでしょ」
「……ん……まぁな」

 瑞希が途中で逃げたからな。

 確かに描き途中だ。
 正確には、途中というよりほとんど描いてない、と言った方が正しいだろう
けど。

「せっかくだもん。ちゃんと完成させて欲しいよ。綺麗に描いてくれるって約
束してくれたし」
「あんなに恥ずかしがってた癖に。どういう風の吹きまわしだ?」
「ん〜〜、そりゃぁ、もんのすご〜〜〜〜〜〜っく、恥ずかしかったけど」

 瑞希、伸ばしすぎ。

「でも、モデルの話、あたしに頼んでくれたのが、嬉しかったんだと思う」
「そんなもんか?」
「そうだよ。和樹には女の子気持ちなんて、わかんないよ」
「悪かったな」
「それに、あの時は、ヌードモデルだとばっかり思ってたから」

 確かにそうだったな。

 しかし、普通そんな事思うか?
 幾ら知り合いだからって、女の子にヌードモデルなんて頼める訳ないだろう
に。

「和樹の周りって、可愛い子、いっぱいいるから。でも、そんな中であたしに
頼んでくれたって事が、嬉しかったんだと思う」
「……」
「それに、ヌードモデルって事は……和樹、あたしの裸、見たいって思ってく
れてるのかなっ……て」
「バカッ。裸婦はちゃんとした芸術だぞ。第一、ヌードなんかじゃなかっただ
ろ」
 俺は、慌てて否定する。
 実際あの時は、瑞希の事は、友達としか思っていなかった。

 瑞希とは、こういう話はあまりしない。

 だから驚きだった。
 そんな時から、俺のことを気にしてくれていた、ということが。

「うん、ごめん。でもね、それでも嬉しかったな」

 コツン。

 そんな感じで、また瑞希が頭を預けて来た。

「……」
「……」

 しばしの沈黙。

 二人で見つめる先には、だいぶ短くなったキャンドルが揺らめいている。

「結局、恥ずかしくて、水着になっちゃったけど……」

「いいさ。俺がちゃんと説明しなかったのも悪いんだ」

「うん、でもね。やっぱり描いて欲しいな。最後までちゃんと」

 瑞希が身動ぎする。
 その度に、彼女の体温と、柔らかさが伝わってくるようで。



 ひどく、落ちつかない気分になる。



「和樹。他の子の方に向いちゃ嫌だよ」
「……瑞希」
「和樹のこと信じてない訳じゃないよ。でも……長谷部さんとか、南さんとか
……すばるちゃんだって……皆、可愛いんだもん」

 瑞希は一瞬、体を震わせると、

「全部、あたしがやってあげる。どんなモデルだって。ヌ、ヌードだって……
だから……」

 俺は、そんな事を言う瑞希の体を、突き放す。



「あ……かず、き」



 まるで捨てられた子犬のような、か細い声が、真夜中の部屋に響く。



 ふっ



 俺は、揺らめいていたキャンドルの炎を吹き消すと。





 瑞希にくちづけをした。





「あ……かず、き」

 先ほどと同じ言葉。

 だけど、そこに含まれる色合いは違っていて。

 驚きと安堵。

 そして、愛おしさ。



 瑞希の指が、俺の体を這いあがる。

「んんっ……」

 初めはおずおずと。
 ゆっくりと。

 俺の首の後ろに腕が回る。

 そして、



 ぎゅっ



 一度抱き着いてしまえば。

 瑞希は、俺を離さない。



 ……眠るまで。



 時間の感覚を失うキスの後。

 俺は額で、瑞希の額を押してやる。

「瑞希、今日は泊まって行くよな」
「ん……面と向かってだと恥ずかしいよ」
「何度も泊まった事あるだろうに」

 俺は笑う。
 こんな時間まで、部屋にいて泊まらない訳がない。

「バカッ、男の子の部屋に泊まるなんて、初めてじゃなくたって、勇気がいるん
だぞっ☆」
「じゃ、俺が瑞希の所に行こうか?」



「い・や。それじゃ、あの水着の絵の続き、描いてもらえないじゃない」



 俺と瑞希は絡まりあって、ベットに倒れる。



 この部屋が狭くて良かったと、初めて思った夜だった。












 あとがき


 というわけで、させぼさんリクエストの瑞希SSでした(笑)

 させぼさんの好みが分からないので、らぶらぶに仕上げてみましたけど、ど
うでしたでしょうかね?

 もっと、砂は吐きそうなくらい、らぶらぶの方がよかったでしょうか?(笑)

2002/11/8 誤字修正(^^;;;