飛島まんすけ(2003GW・飛島)その4(携帯版)


実は、世間一般のゴールデンウイークは前日で終わっていました。
帰りの混雑を避ける為に一日延期したのが、見事に仇となったのです。
たった一日とは言え、観光シーズンを外れた離島の現実が、我々に襲い掛かってきたのでした。

酒田に帰り着くまでの船中を空腹に耐えて過ごしさえすれば、一食ぐらい抜いたってどうにかなる訳はありません。
しかし、何よりも残念なのは、目をつけておいたオミヤゲを買えなくなってしまった事でした。
それは『イカのまんすけ』という、饅頭なのです。
見た目は、完全無欠なる『くりまんじゅう』なのです。
そうです。誰もが知ってる、全国共通のアレです。
もうパクリとしか言いようが無い外観なのです。
しかし『まんすけ』は、『くりまん』のニセモノではありません。
中身が全然違うのです。
なんと、イカ味で醤油仕立てのアンコなのです。
それが、甘さを抑えた、ヒジョーにシビレる美味だったのです。

『イカのまんすけ』の存在は、ターミナルのポスターで知りました。
ついつい買ってみたら、魅了されてしまったのです。
そしてあっというまに食いつくし、オミヤゲにも買って帰ろうと心に誓ったのでした。
てっきり本土の製品で、飛島でも売ってるだけだと思ったのですが、なんと製造販売元が、あの西村食堂なのです。
正真正銘の飛島銘菓だったのです。
ますます気に入ってしまったのです。
でも、買えないのです・・・・・

昼近くになり、ターミナルの周辺が騒然としてきました。
みぃんな、喰えると思っていた昼飯からあぶれた事に気が付いたのです。
乗船客の殆どを占めるバードウォッチャー達は、2~3人ずつが組になって、あたりを徘徊しておりました。
「そっちは喰えるところ見つかった?」
「無い。そっちは何かあった?」
そんなアンバイです。
西村食堂、ターミナルの軽食、そしてプレハブの土産物屋・・・
全てが閉ざされている今、喰えるものがある訳がありません。

やがて諦め、ターミナル前の芝生にへたり込む者・・・・
往生際悪く、アッチコッチをふらつく者・・・・・
物欲しそうに旅館の玄関先を覗き込む者・・・・・

ワタクシは、最後のチャレンジに出ました。
もう誰も乗る者の無い酒田市無料レンタルチャリに跨ると、勝浦港を背にして走り出しました。
泊まってた旅館に飛び込み、せめて、せめてルービだけでも入手しようと考えたのです。
「すいませぇん、ごめんくださぁい」
いくつかの旅館の玄関先で叫んでみても、誰一人出てきません。
道を挟んだ海側では、島のオバチャンオジチャンが入り乱れて、なにやら海草の加工に勤しんでおります。
キィコォキィコォなどと音をたてながら、海草を裁断する小さなマシンがアチコチでフル稼働してました。
島の全ての人々がその海草に集中し、いまさら帰る観光客などにはかまっていられないといった状態に見えました。

ただ一人、軒先のイスに座って、そんな光景を眺めているだけのサングラスをかけたオッチャンが居ました。
作業を監視していると言うよりも、もう何もやる事が無いといった雰囲気で、あまり身動きすらしないオッチャンでした。
なんだか浮いてる存在のオッチャンが気になり、ついつい視線を向けると・・・・
おうっ!!
看板も何も無いので判り辛かったのですが、オッチャンが座っているのは明らかに店先で、しかもガラスの冷蔵庫にはルービなどが並んでいるのが見えたのです。

吸い寄せられるように店に入り込もうとすると・・・・・
そのオッチャンは片足がありませんでした。
オッチャンは、明らかに店に入ろうとしているワタクシの存在などには全く関心を示さず、絵本の海賊のような棒だけの義足姿で、ひたすら海を見て座っているだけなのです。
ワタクシは、ほんの0.8秒ほどひるんだだけで、かまわず店に入り込みました。
なぜなら、奥の棚に『イカのまんすけ』が並べられているのに気が付いてしまったからなのです。

ワタクシの手が『まんすけ』に触れるのとほぼ同時に、オッチャンは、体も、そして顔も海のほうに向けたまま
「オイッ!!」
と一言叫びました。
妙に低く、そして重々しい声でした。
アセりました。ビビりました。
恐る恐る、店先のオッチャンに視線を向けると・・・・・
オッチャンの背中越しに、海草を加工している集団の中から、一人のオバチャンが小走りにこちらに向かってくるのが見えました。
「いらっしゃいませ」
オバチャンは、あまりサービス業的ではない口調で、ワタクシがカウンターに置いたルービ、ポテチ、そして『まんすけ』をひとつひとつゆっくりとレジに打ち込んだのでした。

まだまだ諦めきれずにない右往左往する人々を尻目に、ターミナル前の芝生でルービとポテチを頬張りました。
「そっちは何か売ってた?」
「無い。そっちは?」
彼らに、あのオッチャンの店を紹介するには、もう時間が無さそうです。
なぜなら、沖に見えるニュー飛島丸の姿が、もう大きくなりすぎてきたからです。
果たして、あの船には何人の観光客が乗っているのでしょうか。
時刻的には、昼飯を喰い終わっている人は少なそうです。
予約制の旅館の昼飯を注文していない人々は、上陸後に呆然とするに違いありません。
そして、何人かはオッチャンの店に辿り付けるかもしれません。
もっとも、カワキモノしか売ってませんが。


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