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スッチー・バトル(1989・ハワイ、他)

オアフ島の海

それは、成田発ハワイ行きのアメリカの航空会社のジャンボジェットでした。
ボンビーだったワタクシが自前でハワイに行ける訳が無く・・・・
いや、それよりも、オトコ一人で行くような空しい事をする訳も無く・・・・・
カイシャ持ちの社員旅行だったのです。
ダータなのです。

とにかく、自腹だろうがダータだろうが、ヒコーキに乗ったからにはサービスを満喫しなければ損です。
まずはルービを・・・・・
飲み物の種類を確認しようとして座席の前のポケットを物色すると、なにやらメニューのようなモノが出てきました。
そしてそこには、予想外の事が書かれているではありませんか。
なんと、飲み物は全て有料で、しかもドル払いだというのです。

ほぼ同時に、サービス課の課長が声をあげました。
「なんだよう!!持ち込んだのを呑むのも禁止だってよう!!」
課長は、機内の楽しみ用として、キッチリと免税店でウイスキーを買ってきていたのです。


当時のワタクシが乗った事がある国際線は、香港行きのカナダの航空会社と、そして帰りの英国の航空会社。
どちらも呑み放題だったので、国際線はそういうモノだと思ってたのに。

その香港行きも社員旅行で、んもぉ恥知らずの機内ドンチャン騒ぎになっておりました。
水割りは何杯でも無料サービスでしたが、パーサーはさすがに
「コイツラに、これ以上呑ませたらヤバい」
と的確な判断を下し、もうオカワリをくれなくなったのです。

業を煮やした一人の飲兵衛が、遂にギャレーに押しかけます。
「オカワリ、プリーズ!!」
「ノー!!sold out!!」
恰幅の良い白人男性パーサーが、笑みを浮かべながら諭すのですが、飲兵衛は聞き入れません。
「オラァ!そこにウイスキーのビンがあるぢゃないかよう」
薄笑いを浮かべながら、おもむろにスコッチのビンを掴み取る飲兵衛。
営業スマイルを貫きながらも、それを取り上げようとするパーサー。
やがては、二人してスコッチのビンを握りあったまま、まるでダンスを踊るが如く、笑顔を並べて右往左往しているのです。
何とも見苦しい光景です。
よく逮捕されないものでした。


さて、話はハワイ行き飛行機に戻ります。
一人のオヤジが発案しました。
「コーラを買い、そこに持ち込んだウイスキーを注ぎ足せば良い」
さっそく、コーラが注文され、大柄金髪スッチーが氷入りのコーラを運んできました。
すばやくウイスキーを注入し、ンマそうにすする課長。
「ホラッ、オマエラもやってみろ。イケるぞぉ」
すかさず何人かがコーラを注文し、課長のウイスキーのビンがおごそかに回されました。

誰かが注ぎ足すのを見られたのか、あるいは減らないコーラが不審に思われたのか、大柄金髪スッチーが大またで突進してきました。
「ノォォォ!!」
スッチーは、一人の席の前のポケットからメニューを取り出すと、
『お酒類は当社がご用意いたします。持ち込みはお断りいたします』
とニポン語で書かれた部分を指差し、
「オーケェ?」
などと満面の笑みを浮かべながら、コーラを頼んだオヤジ全員のコップを次々と取り上げて立ち去りました。

それでメゲるオヤジどもではありません。
観念したフリをして、今度は水割りを注文しました。
もちろん、呑んだ分だけ注ぎ足すツモリです。
「いいか?増えて見えないように、気をつけて注ぐんだぞ」

しかし前科があるだけに、そんな簡単に誤魔化せるとは思えません。
ワタクシは意表をついて、オレンジジュースを注文しました。
これならば、ウイスキーを混ぜるのがバレないと考えたのです。
フツーにウイスキーを買っても、決してボッタクリ価格ではありませんし、オレンジジュース割りなんかが美味い訳もありません。
要はスッチーとの、いや、そのアメリカ航空会社との対決なのです。

真っ先にバレたのは、ワタクシのオレンジジュース割りでした。
色の怪しさが決め手になったのでしょうか。
大柄金髪スッチーは、エモノを追い詰めた肉食獣の様に、今度は一歩一歩を踏みしめながらワタクシに迫ってまいりました。
「ノォォォォォォォ」
スッチーは、再びメニューの注意書きを指し示し、ひったくるようにワタクシのコップを取り上げます。
相変わらずの笑顔ですが、よく見れば眉間にシワがよっております。
怒ってるのは間違いありません。

しかし、注ぎ足しウイスキーのオヤジどものは取り上げられません。
バレてないのか、証拠が無いからなのか・・・・
「オマエも、ヘンに考えすぎないほうが良かったんだよ。バカめ。」
「は・はぁ・・・・」
「どうする?キャップでチビチビとでも呑むか?」

課長が、足元のバッグからウイスキーのビンを取り出した、まさにその時!
「ノォォォォォォォォォォォォ」
どこに隠れていたのか、大柄金髪スッチーが、踊るように飛び出してきたのです。
カノジョは、不正ウイスキーをいちいち没収する手間よりも、気がつかないフリしてオヤジどもを安心させ、ビン自体を摘発する作戦に変更していたのでしょう。

アッサリとビンは没収されました。
妙に肩を左右に揺らしながら立ち去るスッチーの後姿は、まるでビクトリーランのように誇らしく見えました。
他のオヤジどものコップは、なぜか没収されませんでした。
ポツンポツンと残存する不正水割りコップ。
もう注ぎ足すモノが何も無いだけに、かえって寂しげな存在でした。

夕暮れを迎えようとしている窓の外に広がるのは、『海行かば』が聞こえてきそうな、必要以上にギラギラした海でした。


オアフ島の滝

さて。
一般的に日本の接客業は、『お客様は神様です』が合言葉なんでしょうか。
理不尽な客にムチャな注文をされたって、
「スマイル、スマイル。とにかくスマイルッ!!」
などと、後で便所の影でクチビルを噛みしめ、時には涙しちゃったりしながらも、とにかく逆らわないというイメージがありますが・・・・・・・
時には、ホネのある日本人スッチーもいるようです。


それは、仕事で行ったシンガポールからの帰りの、成田行き夜行便でした。
ラッキーにも、自分の前が通路になってる席を割り当てられた我々同僚3人は、足を投げ出してガハガハと見苦しく過ごしておりました。
深夜、ヒマなもので、機内販売のカタログを眺めていると・・・・
ひとつ目に留まったモノがありました。
それは、ヒコーキの形をしたチンケな目覚まし時計。
オモチャみたいなヤツで、1000円くらいです。
この主張中にちょっとトラブり、それを国内からフォローしてくれた同僚のトッチャンボーヤがいたのです。
ソイツがやたら寝坊・遅刻するヤツだったので、フォローのお礼とシャレで、その目覚まし時計をオミヤゲにしようと思ったのでした。


せわしなく朝食の準備に右往左往するスッチーどもが一息つくのを見計らって、いよいよ時計を注文しようとしたら・・・・・
「ただいまを持ちまして、機内販売を終了させて頂きました」
のアナウンス。
なんだぁ。

ダメモトで通りがかりのスッチーに声をかけてみました。
「ねぇ、この時計、売ってよ」
「すいません。もう〆てしまいましたもので・・・・・」
大して売れてる様子も無く、ただただワゴンを行ったり来たりさせてただけの機内販売でしたので、かえって喜ばれるかと思ったのに。

激しく欲しかった訳ではありませんでしたので、
「へぇ、それならいいや」
と言ったら、何が気に入らなかったのか、スッチーが説教攻撃を仕掛けてくるのです。
「お客様、そういう事は、もっと早く言って頂かないと困ります」
「にゃ、にゃにおう?メシの支度が終わるまで遠慮したんじゃんかよう」
「夕べのうちに、ご注文いただけたじゃないですか」
「だから、もう要らないって言ってるっしょう」

我々の態度に問題があったのでしょうか。
とにかく、スッチーは怒っちゃったのです。
そしてツカツカと、我々の前から立ち去っていきました。

しかし、そこはプロの客室乗務員。
ほどなくして冷静に戻ったのか、我々を慰め、そしてご機嫌伺いに戻ってまいりました。
「お客様、ご要望の時計をお売り出来なくて申し訳ございません。」
「いえいえ、仕方ないです」
「その代わりとして、私どもの航空会社名のロゴの入ったフーセンをお子様に・・・」

どうやらスッチーは、時計はオコチャマへのオミヤゲだと勝手に解釈したようです。
そこでフーセンなどを持ってきたのでしょう。
しかし、貰い主はトッチャンボーヤといっても、リッパなオトナです。
そのトッチャンボーヤがフーセンを手にボーゼンとする姿を思い浮かべたワタクシどもは、んもぉガマンができませんでした。
「プププププ」
「ぶゎははははは」
「ケケケケケケ」
一斉に、爆笑してしまったのです。

なんだか事情が判らないまま、せっかくの善意を笑い者にされたスッチーは、フーセンを鷲づかみにしたまま立ち尽くし、やがて真っ赤な顔をして無言で立ち去りました。

しかし、さすが超大手航空会社のスッチーでした。
そんな事でメゲる訳にはいかなかったのでしょう。
航空会社名の入ったビニール袋を手に、またまたワタクシどもの前に現れました。
「お客様、ホントは無理なんですが、と・く・べ・つ・に、手入力で処理して時計をお持ちいたしました」
おおっ、やれば出来るじゃん。
でも、なんだか恩着せがましい言い方が気に入りません。
「もういいって言ったんだから、要らないよ」
「そ・そんな事おっしゃらずに。せ・せっかく手入力で・・・・」

おそらく、今更戻すにも、と・く・べ・つ・な処理が必要なのでしょう。
でも、下手に出てまで欲しくなんかありません。
「それじゃ、ボクが買いますから」
3人の中の若手君がサイフを取り出し、その場は納まりました。

ほどなくヒコーキは成田に到着しました。
帰って来たニポン。
わずか一週間とは言え、懐かしいのです。
ドアの所で乗客を送り出しているのは、あのスッチーです。

「ご利用ありがとうございました」
スッチーは何事も無かったように、アタリマエの挨拶をします。
さすがプロです。
こちらも、オトナとしての対応をしなきゃなりません。
「こんなツマラナいモノで、わ・ざ・わ・ざ・手を煩わしてスイマセンでしたねぇ」
スッチーは、メリハリの利きすぎた顔面のパーツ類を、更に強調するような表情になりながらも
「いいえ、良いんです、お客様。今度からは・・・・」

ワタクシは、最後まで聞かずに機外に出ました。
今更の小粋なトークよりも、早くタバコが吸いたかったのです。


ハワイ島・キラウエア山の火口の中

再び、話はハワイに戻ります。
と言いましても、ハワイの観光情報や旅の記録などは、もういくらでも存在する事ですし・・・・
ここでは、当時のハワイの裏名物を二つほど。

夜の街角にウジャウジャとたたずむのが「百ドル女」。
まあ、ご想像どおりの「女性労働者」です。
夜、ピチピチのミニスカなどの悩殺衣装で街中にタムロし、観光客(オトコ)の姿を見つけるや否や、ウンカのように集まってきます。
意外と駆除は簡単で、
「ジャパニーズ?」
なんて感じの職業婦人どもの問いかけに、
「ノー。チャイニーズ」
などと答えると、サッと散ってしまいます。
今や中国人もカネモチなようなので、どうなっているのかは判りませんが。

そしてもう一つが「マリファナ」売り。
これは昼夜を問わず、すれ違いざまに「マリファナ?」などと囁きかけてまいります。
いずれにしても、ワタクシが関わりあう事など無いと思ってました。


ニポンに帰る前日の午後。
旅行に同行した外注さんの社長らと、ショッピングセンターで土産などの買い物をしたのです。
夕方、ホテルに戻る一行と別れ、ワタクシは一人で、ハワイ在住の知人に会いに行く予定でした。
「土産を持ったままじゃ邪魔だろ?ホテルに運んどいてやるよ」
外注社長の好意に甘え、手ぶらで出掛けたワタクシが、ホテルに戻ったのは夜の8時位でした。

フロントには部屋の鍵は無く、すでに同室のフジイが戻ってるのだろうと部屋に向かったのですが・・・・
鍵は掛かったままで、人が居る気配もありません。
ヤツは確か、午後から一人でワイキキビーチに行ったハズでした。
もう夜なのに、鍵を持ったまま、どこに行ったのやら・・・・
自分の部屋に入れずに居場所を失ったワタクシは、とりあえず土産を預かってもらってる外注社長の部屋に内線をしたのです。

呼び出し音を何度も聞いて、やっと外注社長が出ました。
土産を取りに行きたい旨を伝えると、妙に長い沈黙を挟んで、
「わかった。他には誰も連れてこないでね」
なんだかヒソヒソ話のような口調で、妙な言い方をするのです。
一人で来いって、どういう意味なのだろうか。

外注社長の部屋の中は、想像を絶する光景でした。
ツインルームのベッドの一つに、問題のフジイが大の字に寝ております。
いや、目を開いているのですが、その焦点は定まらず、薄ら笑いとも恍惚顔とも言いがたい、一目で正常じゃないと判る表情でした。
そんなフジイを囲むように、ヤツの上司のサービス課長、技術部主任、そして外注社長が無言で突っ立っているのです。
最初、てっきり泥酔しているのかと思ったのですが、アルコール臭は全く感じられません。
「ど・どうしたのですか?」
「どっかでマリファナやってきたらしいんだよ」
サービス課長が、吐き捨てるような口調で顔をしかめました。

技術部主任がホテルに戻ってきた際、エレベーター脇の壁にオデコで寄りかかったまま身動きをしないフジイを発見したそうです。
どうしたんだと問いかけても意味不明の言葉を口にするだけ。
仕方が無いのでフジイの部屋(ワタクシの部屋でもある)に運んで更に問いただすと、
「ちょっとマリファナをぉぉぉ」
そこだけが確認できたそうです。
ほどなくフジイの部屋(ワタクシの部屋でもある)に、フランス語混じりの怪しげな電話が何度も掛かってきたので、コレはイケんと、フジイの上司であるサービス課長の部屋に運び込んだとの事でした。
課長は、外注社長との相部屋だったのです。

「どうするんですか?」
「どうするもこうするもねぇよ。で、どうする?」
誰も、どうすべきかの判断が出来ません。
「とにかく、コイツの部屋は空けちまおう。荷物を全部、ココに運べ」
そりはワタクシが困ります。
ワタクシの部屋でもあるのです。
しかし、怪しげなデンワが掛かってくるのはもっと困るし、得体の知れない訪問者なんかが来たら、もっともっと困ります。
「あ・あのぉ・・・じゃあ、どこで寝ればいいんですか?」
「うん、オマエは主任の部屋のソファーで寝ろ。」
「ソ・ソファーっすか・・・」
「仕方ねぇだろ。コイツが悪いんだ」

ただただ天井を見つめているフジイは、全く意識が無い訳ではなく
「すぅいぃまぁせぇん。みぃずぅをぉくぅだぁさぁいぃ」
などと、20秒もかけて訴えたりします。
そしてナマケモノのようなスローさで水を飲んだりしました。
見ているだけでも辛そうな、それはそれは哀れな姿でした。

後で聞いた話では、この時は記憶も有ったそうなのです。
ただし苦痛だった訳ではなく、実は全く逆の状態で、天井のシミなどを見ているだけで楽しくて仕方が無く、何時間でも延々と、見れば見るほどシヤワセな気分だったそうな。
このやろう。


ワタクシと主任が立ち去った後、サービス課長と外注社長の二人は、ソファーに並んで座ってフジイを見守っていたそうです。
「社長、ベッドが一つ空いてるよ。もう寝たら?」
「いいですよ。課長こそ寝たら?」
オヤジどうしで譲り合い、ソファーでウツラウツラするうちに、フイに腹が立ってきたそうなのです。
「なんでコイツがベッドで寝てるのに、オレたちは・・・」
「オイッ、起きろ。オマエこそソファーで寝ろ」
遂にキレた課長がフジイを叩き起こし、やっとベッドに横たわったのはもう明け方近かったそうです。


翌朝、フジイは普段どうりの明るさで、朝食の会場に現れました。
「ゆんべは、えろーすんまへん」
しかし、一見フツーに見える彼の行動は、所々に奇怪さが残ってました。
ホテルから空港行きのバスに乗る際に
「みんなで周りを囲って、ワテを守ってくれまへんか?」
などと真顔で言って見たりするのです。
そして飛行機の自分の席に座る際に、機内を右往左往しておりました。
これは、チケットに記載された座席席番号と機内の座席表示が照合できなかったと、後になって言っておりました。
番号は読めるし理解もできるのですが、二つの番号が同じかどうかが判断できない、どうも不可思議な状態だったそうなのです。


退屈な帰りの機内。
誰かが持ってたマンガを回し読みしておりました。
ワタクシが最後に読み終わり、そのまま放置していたら・・・
「すいまへん。ワテにも見せてもらえまへんか?」
「えっ?フジイ、さっき聞いたら読まないって言ってたじゃん」
「それが、今、抜けましたがな」
「抜けたって?」
「いきなり、マリファナが抜けたんですねん」

フジイ曰く、まるで霧が晴れるように、スゥ〜っと現実世界に立ち戻ったというのです。
二日酔いが抜けるようななだらかさとは異なり、ホントに「ピキっ」と抜けたと言います。
確かに、その後のフジイには、異常な行動・言動は見られませんでした。


ワタクシはマリファナを試してみたいとは思いません。
マリファナによって造られる世界がどんなモノなのか、全く興味が無いと言えばウソになるかもしれません。
しかし、帰国後にフジイが話してくれた、ワイキキビーチでの出会いから主任に発見されたホテルのロビーまでの一連のストーリーを聞いただけで、もう十分なのです。
本人も
「どこまでが現実で、どこまでが妄想なのか、完全には判らない」
と告白するように、ホントにオゾマシく、ナゾに満ちた物語なのです。


あまりにもお下劣で、バイオレンスで、奇怪で、とてもココで紹介は出来ないですが・・・・・
とにかく、この手のブツはあきまへん。
「マリファナは、タバコよりも害は少ない」
などと言ってもイケんのです。

この話との関係は定かではありませんが・・・・
フジイは、その数年後、ニンゲン界から去りました。


噴火してない時期は、ただの荒地です

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