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うすくちアジア(1984秋・香港)

香港最北端の街
初めての海外旅行は香港。
しかも社員旅行でした。

せっかくの海外なのに、お約束のバス引きずりまわしツアー。
観光よりも強制買い物のほうが多いのです。
訳の判らない貴金属店にブチ込まれ、そんなもの買うツモリも無いので店を出ようとすると、インド人の衛兵みたいな守衛が
「ダメある。もっと買い物するある!!」
などと命令口調でホザき、店から出してくれないのです。

そんなのが嫌になり、ワタクシは次の日からのマカオ行きを拒否しました。
「こんなツアーはイヤだ!!香港に残るから勝手に周らしとくれよう。」
旅行社も、船代が浮くと喜んだのでしょうか。アッサリと許可されました。
「じゃぁ好きにしなさい。宿だけはとっといてやる」
そしたらワタクシへの賛同者が現れ、合計3人で、香港放浪が実現したのです。


まずは九龍駅から、九広鉄道に乗り込みます。
それは中国に続く鉄道で、さぞや大陸的なドッシリ感を期待していたのですが・・・・
あらかじめ聞いていたのとは違い、ニポンの地下鉄みたいな電車でガッカリしました。
当時の香港はエゲレス領で、中国へのビザが無いワタクシどもは、国境の手前の駅で降ろされます。
駅前には、中華風商店などが広がっていました。
値札は香港ドルと中国元の二本立て。路地裏からジャッキーチェーンでも踊り出てきそうな、何ともいえない町並みでした。
(当時、まだシンセンの経済特区は開発中で、国境展望台からは工事中の ビルなどがかすかに見える程度でした)

さっそく、そこいらのレストランになだれ込みます。
ロクに観光客など来ないような場所なので、もちろんニポン語なんか通じません。
「本場のラーメンみたいなのでも食おうぜ」
我々は、気合を入れて菜譜(ツァイタン:メニュー)に挑みます。
しかし、やはり何が何だか判りません。
「どうするよう」
「あっ!!あった!!コリに違いない!!」
菜譜の一角に、
『****蟹****麺****』  (*の部分は、ナゾの漢字)
とか
『****蝦****麺***』
といった記述が列記されている箇所を発見したのです。

我々は、蝦、蟹、鮑(だったかな?)など、それぞれ一つづつの意味不明な麺を注文したのですが・・・・・
待つ事しばし、ドコンドコンと我々のテーブルに置かれたものは、いわゆるカタヤキソバみたいなモノでした。
期待とは違っていたものの、それはそれで良かったのです。
駄餓死仮死!!
なんと、蝦、蟹、鮑(だったかな?)それぞれが、どうみても3人前ずつ盛られていたのです。


オカワリ自由の茶のワゴンを押して店内を練り歩く店員のコゾーどもが、ヤキソバばっかり3人前を3皿も置いた我々のテーブルを見て、
「なんだコイツらは!!バカか!!」
といった感じで、呆れた表情を浮かべます。
そんな中、とにかく目の前の敵をやっつけなければなりません。
食っても食っても減らないヤキソバ。
減るどころか、体内から何かが込み上げてまいります。
同行者2名は、半分以上を残して返り討ちになりました。
食い物を残すのが嫌いなワタクシは、玉砕覚悟で食い尽くしました。
危うく、海外初ローゲに至る結果となりそうでした。

「なぜ、こんなメに遭わなきゃイケンのだ」
「キサマのせいだ!!」
「いんや、オマエが悪い」
見苦しい責任のなすりあいを続けるのも疲れ果て、前向きな反省会を開きます。
その結果、原因は以下のどれかであろうとの結論に至りました。

1.香港人は大食いである。あれが一人前だった。
2.注文時に断らないと、黙ってても人数分の料理が出るのがフツーだった。
3.小姐が「3人分ずつ?」と聞いてきたのを、テキトーにうなずいてしまった。
4.ただ単に、イイようにカモられただけ。

そして現在。
春先、我社に入ってきた中国人に、この話をしてみました。
「一般的な中国人の行動やモノの考え方からすると、正解はどれだろうか?」
彼は迷わず
「4番!!」
と、微笑むのでした。



話は、再び香港に戻ります。
ナゾのレストランで食い倒れとなった我々は、気を取り直して中華風商店街をヨタヨタと歩き回ります。
行き交う二階建てバスも風景にとけ込み、何とも好ましいたたずまいなのです。

当然ですが、どの店にも、旅行会社とグルになってるインド人守衛など居ません。
自由に出入りしたって、誰にもメンチを切られないのです。
アタリマエな事だけど、とてもアリガタいのです。

そんな商店街の中に、古ぼけたレコード屋がありました。
(まだニポンでも、CDが登場する以前の出来事です)
同行者の1人が提案しました。
「おいっ。せっかく香港なんだから、アグネスチャンのレコード買おうぜ」
「そりは面白い。なんたって現地版だぜぇ」

店内には、全てが漢字ばかりのジャケットが並んでいます。
欧米系のケトーの名前・曲名までもが、なにやら漢字で書いてあります。
「こりやムツカシいぞ。店員に聞こう」
しかし店員は、アグネスチャンという名前を知りませんでした。
「どうなってるの?地元じゃ売れてないの?」
「アグネスチャンって、ホントに香港出身だったっけ?」
「そりは間違いない。だって、昨日のバス観光で、アグネスチャンの実家ってのを案内してたよ」
「判った!!きっとコッチでは、アグネスチャンって名前じゃないんだ」
「よぉしっ。そりならジャケットの写真を調べよう。顔で判断するのじゃぁ!」

3人で手分けして、かたっぱしからレコードを引っ張り出して調べます。
「おいっ!オマエら、いったい何をはじめたのじゃぁ!!」
事情が判らない店員がオロオロと両手を振りながら慌てていますが、そんな事お構いなしなのです。
なんたって、インド守衛なんか居ないのです。
「あ!!あった!!!」
遂に発見しました。明らかにアグネスづらです。
名前は、『陳美玲』となっておりました。

我々は、陳美玲のレコードやらカセットやらを手に手に持って、店のレジに向かいます。
ワタクシは、カセットテープを二つ買いました。
我々が上客だと理解した店員は、安心したのかニッコリとバカ笑みます。
しかし、これで済まないのが華僑パワーなのです。
「お客さん、陳美玲をお探しだったのれすね、お客さん。お目が高い!! さっすがぁ。そりならばまだまだありまっしぇ!!お客さん。ちょ・ちょっと待ちなはれ。もっとギョーサン持って来まっから。ホントにちょっとだけですねん。帰っちゃダミだよ、お客さん」

店員は、そんな雰囲気の事を大声でまくし立てながら、いそいそと店の奥に消えて行きました。
そして、大量のレコードやらカセットやらをわしづかみにして戻って参ります。
「ホレ、ホレ、じぇぇんぶ、陳美玲ですねん。買っとくれよう!!」
レジの机の上に山積にされた陳美玲。
ところが、殆どの陳美玲がアグネスチャンでは無いのです。
全くの別人なのです。
こんな事が許されていいのか?
ニポンなんか、加勢大周と新加勢大周だって許されなかったのに。


そして、またまた現在。
前出の我社に入ってきた中国人に、この話をしてみました。
中国では、こんな事はあるのかと尋ねると、彼は迷わず
「あります。いくらでもあります。」
と、微笑むのでした。

国境展望台

またまた香港に戻ります。

アジア的にはどこでもそうなのでしょうが、香港にも、キッチリとインチキ商売が蔓延ってました。
ペラ紙か3つ折り位のチンケな観光パンフレットみたいなモノを勝手に手渡してきて、うっかり受け取るとゼニを要求してくるのです。
こんなのが、主だった観光スポットにウジャウジャいました。

タイガーバームガーデンにて。
ここにもパンフ売りが大勢出没し、協力会社のクラモチ君(いかにも弱々しげな感じの青年)が餌食になりました。
何も知らずに受け取ってしまったクラモチ君に対し、
「しぇんえん!しぇんえん!(千円の意味)」
と、キョーレツに迫るのです。
「い、いりません・・・」
などとパンフを返そうとしても受け取ろうとせず、あちこちから仲間が集まって来てクラモチ君を取り囲み、口々に叫ぶのです。
「しぇんえん!しぇんえん!」
「しょうぱい!しょうぱい!(商売の意味?)」
遂にクラモチ君は観念し、香港ドルが入った封筒を取り出します。

香港に到着した夜に、そのままソッコーでホテル行きの貸切バスに乗せられた我々は、香港ドルに両替するチャンスを与えられませんでした。
実はそれも作戦で、バスが走り始めて程なく、怪しげな現地ガイドが、大量の安っぽい封筒をビラビラと振りかざすのです。
「香港にようこそ。さて、コッチのお金が無いと、チップにも困るでしょう。そこで皆様の為に、一万円分の香港ドルのセットを用意したある。さぁ、いかがですかな」
半数以上のシトがこの封筒を買いましたが、極めて悪質なレートだった事が、後で判明しました。

クラモチ君がタイガーバームガーデンで取り出したのは、この封筒でした。
しかし、悪人の目の前で札びらを切るような事をしたのが間違いでした。
彼を取り囲んでいたパンフ売りどもの手が次々と伸びてきて、あっという間に封筒の中の札を抜き取られてしまったのです。
ほとんど全滅に近い状態だったようでした。
蜘蛛の子を散らすようにパンフ売りどもは逃げ去り、残されたクラモチ君の直立不動な姿を、南国の強烈な日差しが容赦なく照りつけるのでした。

しかし、パンフ売りどもも相手を見るようです。
同じようにパンフを受け取ってしまった外注のヒデオさん(小太り、パンチパーマ)は、
「いらねぇよ、こんなの。ナロー!!」
の一声で、パンフ売りを撃退してしまったのでした。

インチキ商売はパンフだけではありません。たとえば・・・
ニポンでは駄菓子屋などで売ってる、魚の形の金色のキーホルダー
(左右にクネクネ動くやつ。ボール紙に5個くらいずつぶら下ってる。)
なんかを振りかざし
「しぇんえん!ジュンキン!ジュンキン!(純金の意味らしい)」
などとにじり寄って来るのです。
とにかく、なんでも「しぇんえん」なのが共通しているのです。

水上レストランでキッチリと飲みすぎ、フラフラと店を出たワタクシを待ち受けていたのは、扇子売りのオバチャンでした。
「しぇんえん!3本、しぇんえん!」
竹細工の扇子で、なにやら香水の匂いが付けられております。
何気に中華チックなのですが、所詮はインチキ臭いシロモノなのです。
そんなの買う気が無いワタクシですが、酔ったイキオイで冷やかします。
「3本しぇんえん?ノー。10本で千円でどうだ!!」
オバチャンは簡単には引き下がりません。
「さんぼん!さんぼん!しぇんえん!!」
「ノー!!10本!!」
「あいやぁ。よんほん、よんほん、しぇんえん!」
オバチャンは、ニポン語の数字が判る様子でした。
「ダメダメ。10本!」
「ごほん、ごほん、んもぉ、ろっぽん!!」
「あぁ?そんな小出しにケチるなら、15本で千円じゃなきゃ買わない」
コッチも、酔ってるのでメチャクチャです。

その時、それまでシオカラ目だったオバチャンが、まるでブッチャーの様なギョロ目に豹変し、ワタクシをにらみ付けたのです。
マジで、「キッ!!」と音がした気がする程でした。
「おっ、なんだなんだ!」
といった感じで、ワタクシは地獄突きに備えて身構えると、オバチャンは広東語(?)で何やら叫ぶのです。
「えぇいっ!このビンボー人め。くそったれ。うりゃ!うりゃ!」
おそらく、そんな内容だったのでしょう。
オバチャンは、アジアン中華街御用達のピンク色のコンビニ袋を取り出すと、掛け声を上げながらボンボンと扇子を投げ入れ、そしてワタクシの目の前に突き出してきました。

「これで文句あるなら、ニポンになんか帰るな!!インドにでも住め!」
そんな雰囲気の悪態をつきながら渡された袋には、大小、9本の扇子が入ってました。
大きく肩で息をしながら、尚もメンチを切り続けるオバチャンに、ワタクシは千円を手渡すしかありませんでした。

「ん〜、気に入った。いやぁ、良い買い物したなぁ」
などと曖昧に笑いながら握手を求めるワタクシ。
オバチャンはそれには応じず、相変わらず眉間にシワを寄せながらも、業務的に3秒ほど白い歯を見せたのでした。


この扇子、帰国後に、どうでも良い相手に配るオミヤゲとしては最適でした。
勝負に負けて、試合に勝ったといったところでしょうか。

香港の2階建バス
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