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MBねぇちゃん(1994年頃?)


 当時勤めていたカイシャでは、ワタクシが休みをセコセコ貯めてはバイクで出歩く事は、誰もが知っている事実となっておりました。
そのカイシャに、ワタクシよりも5才年上のオネェチャン(独身・カレシ募集中)がおりました。
準美人系の顔立ちながら、そのキョーレツな性格からして社内のオトコ達からは恐れられていたシトなのです。
大企業ではないので毎日のように顔も合わせるし、時には複数人数の中の一人として飲みに行ったりもしていた訳ですが・・・・
恐れ多くも、ワタクシの事を気に入ってしまったオーラが漂い始めてきたのです。
登山が大好きなシトで、それ系のお誘いも何気なく受け流したりしていたある日・・・

「ねぇねぇ、今度の夏休みも北海道に行くんでしょ?」
「は・はぁ。その予定ですけどぉ・・・」
「誰と行くのぉ?トモダチ?カノジョ?」
「一人ですよぉ」
「ええっ?一人でぇ???寂しいわねぇ。」

この反応は慣れたものです。
世間のシトビトは、旅行と言うものはオトモダチ大勢か、アツアツラブラブお二人様で出かけるのがアタリマエだというのが一般的で、一人旅なんていうのは、相手がいない寂しいヤツが感傷にふけってセンチメンタルジャーニるもんだと思っている様です。
また、GWやお盆などの一週間程度の休みに、さらに有休をくっつけようとすると、
「にゃにおう?一週間も休めば十分じゃろうが!!シゴトを何だと思ってるんだ!!このダラけもの!!」
なんて事も言われましたが、こりは海外旅行などレジャーが多様化した今時では減っってきました。
いずれにしても、ライダーの特性を知らない思考ですな。

「仕方ないわねぇ。アタシが一緒に行ってあげる!!」
「い・一緒にって・・・バイクで行くんですよぉ!!ダメですよぉ!」
「あらっ、バイクって二人は乗れるんでしょ?大丈夫じゃない」
「荷物とかあるし、無理ですよう。それにホテルや旅館じゃなくて、テントとかで泊まるんですよぉ!バッチィですよぉ」
「テントなんて馴れてるわよ。荷物なんかアタシが全部背負ったげる!」

そ・そうだった!山女だったのだ。ノ○ソもヘーキなオネェチャンだった!
う〜む・・・どうしよう・・・・そ・そうだっ!!

「オネェサンもバイクで行くって言うなら、一緒でもいいですよぉ」
「アタシもバイクで?」
「そうです。ぐふふふふふ。それなら喜んでご案内しますよぉ」

クルマの免許さえ持っていないオネェチャンが、いきなり全てを準備出来る訳があるまい。
どうじゃ!!まいったか!!

「原付でもいいのぉ?」
「いいですよぉ。どうぞどうぞ!!」

って・・・ま・まさか・・

「オ・オネェサン、原付免許持ってるの?」
「有るわよぉ。原付バイクだって持ってるわよぉ」

こ・こりわ意外な展開!!
そんな話は聞いたことが無かった!!
焦るワタクシ・・・

「原付ったって、パッソルとかラッタッタァなんかじゃダメですよぉ!そんなんじゃトロくて一緒には走れません!!」
「違うわよぉ。そんなんじゃなくて、MB50とか言うヤツよ」
「マ・マジでぇ!!!!!!」


危うし!!
ワタクシの貞操の結末はいかに!!




そもそも、なじぇオネェチャンがMB50などという、この頃でもマニアック化しつつあったバイクを持っていたのだろうか。
真相は以下のとおりであった。

・弟が購入したものの、ロクに乗らないまま実家から出る事に。
・その際「姉ちゃんが乗るなら置いてくよ」とのこと。
・登山などのアプローチに使えると思ったネェチャン、貰い受ける。
・さっそく、原付免許を取得するが・・・・
・スクーターとの違いさえ知らず、いきなりギア付き2ストになど乗れないことが判明。
・そのまま透明ビニールでグルグル巻きにし、庭のコヤシとなる。

全然乗らないのでかなり程度が良く、近所のマニアから譲って欲しいとの申し出もあったけど、勿体無いからとそのまま所有していたそうなのである。
年月が流れ、いよいよ復活の時が訪れてしまうのか?MB50!!
このワタクシをイケニエとして・・・・


結果から申し上げれば、この夏、ワタクシは一人で北海道に行きました。
ワタクシが「バイクでなら・・」と告げた日から実際に出発する日まで、オネェチャンから何のアクションもありませんでした。
恐らく・・・・
何年も不動のMB50は、復活しなかったからなのか・・・
バイクで行く気など最初から無かったからなのか・・・
「北海道に一緒に」という事自体が、マジに言ったセリフじゃなかったからなのか・・・・

そのまま月日が流れ、とある飲み会の席で、オネェチャンから真相を知らされました。
MB50はエンジンがかからなかったそうです。
そこで弟を呼び出して整備させて復活したものの、やはりオネェチャンの技量では乗ることが出来ない。
そこで近くの河原まで出掛け、まるでチャリの練習の様に、弟を横に走らせたりしてクラッチやギアチェンジの練習をしたそうな。
そんな苦労を何日も繰り返した後、どうしてもダメで遂に断念。
再びMB50はビニールミイラに。
そして北海道を諦らめたとの事だったそうなのです。


このオネェチャンが退職してから久しく、彼女の真意は判りません。
純粋に北海道に行きたかっただけだったのか?
せっかくだから、バイクに乗れるようになろうとしただけなのか?
そりとも・・・・

このオネェチャンもMB50も、どこかでシヤワセに過していることを祈るばかりなのです。



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