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スナック・ちゃばね
これは、一人暮らし・カノジョ無しの時代の物語なのだ。
いつ頃からなのか、また、何がキッカケだったのか、行きつけの店が欲しくなった。
シゴトが終わって帰宅してからのヒトトキを1人で好き勝手に過ごすのもオツなのだけれど、なんだか人恋しい夜もある。
そんな時にフラリと足を運べば
「アラッ、いらっしゃい。今日は何にする? いつものヤツ?」
なんて感じで、ヤサシく迎えてくれるココチよいスペースに憧れてしまったのだ。
そういう意味では「吉野家」や「養老の滝」などに勝手に通っているのでは意味が無い。
とある街に住んでいた時は、近所のラーメン屋がその役目を引き受けてくれた。
若い、そしてバイク好きの店主が一人で営業している小さな店で、夜は酒類も出してくれたのだ。
バイク談義に花を咲かせながら、店主ともどもベロベロに酔っ払っちゃうのも楽しかったのだけれど・・・・
やはり所詮はラーメン屋であり、週に何度も通うと食い飽きてしまう。
せいぜい週に1〜2度ながら、スナック通いよりは肝臓にもサイフにも優しく、それなりに穏やかなヒトトキを過ごす事が出来た。
シゴトの都合で別の街に引越したワタクシは、ふたたび近所のラーメン屋に目をつけた。
新たなヤスラギの拠点になりうる事を期待してノレンを潜れば・・・・
カウンターの中には、コムツカシい表情のオッチャンが一人で仁王立ちになっていた。
絶えず
「この世の出来事の全てが気に入らない!」
といった苦悩の表情を浮かべ、当然ながら会話など弾む訳も無い。
悔しい事にラーメン自体は妙にンマかったので、そのラーメン屋は「メシを食うだけの店」という立場に落ち着いた。
「ねぇ、今度の日曜日、ヒマぁ?引越しを手伝って欲しいのよぉ」
それは、その後に行きつけとなった、近所のスナックのママさん(推定40台・美形)からのお誘いだった。
カイシャの飲み会で酔っ払い、その帰りにイキオイで入った店に、なんとなく通うようになっていたのだ。
下心に満ちたワタクシは、もちろんOKした。
(注意。下心とは「ゴホービとしてタダ酒が呑める」という期待で、他意は無い)
当日に集まったのは、美形ママ、ワタクシ、常連客A(推定40台。職業:板前)、常連客B。
計4人が集まって、タウンエースのトラックと1BOXカーに分乗し、美形ママに指示されるがままに高速道路を走り、都心から二つ目位のインターチェンジで高速を降りると、そこには新興住宅地が広がっていた。
しかし・・・・
もうすぐ目的地(荷物を積み出す家)と言うあたりで、常連客Aが
「じゃぁ、オレはココで待ってるから」
と言い残し、ファミレスに消えてしまったのはナゼなのだ。
「引越し」以外の何の事情も聞かされていないワタクシには、常連客Aの行動が全く理解出来なかったのだけれど・・・
しかし、美形ママと常連客Bは「全て了解」と言った表情で、黙って常連客Aの後姿を見送っている。
そこから何百メートルも離れていない、完成したばかりの建売住宅が建ち並んだ中の一軒が、荷物を積み出す家だった。
「へぇ。美形ママは、こんな遠い所に住んでたんだ。でも、なじぇ新築ホヤホヤの家から引っ越すの?」
そんなワタクシの疑問を打ち消すように、美形ママは、その家のインターホンを鳴らした。
インターフォンを鳴らすと言う事は、誰かが中に居ると言う事か。
しかし、何も事情も何も聞かされていないワタクシは、美形ママの後ろで立ち尽くすだけだった。
「どぉぞぉ」
出てきたのは、50年輩のオジさんだった。
こりはどういう事じゃぁ。
エッチラオッチラと家具類を運び出しながら、ポツリポツリと美形ママが語りだした。
「この人と、ケッコンするハズだったのよね。家まで買わせちゃって引越しまでしたんだけれど、なんかイヤになっちゃって・・・・一度も住んだ事が無い家だけど、ちょっとは思い出になるかしら」
「あっ、それは積んで。それは違う」
運び出される美形ママの荷物、そしてココに残されるオッチャンの荷物を選り分けながら、なんか気まずい搬出が続いていた。
最初は黙って見ていたオッチャンも、いつしか搬出を手伝いはじめたのだけれど、その心中の複雑さは計り知れない。
立派で広々とした一軒家は、ひとつひとつ荷物を運び出すたびに、ますます寂しげな空間が広がっていくのです。
遠く離れた都会から延々と電車に揺られ、やっと帰り着くのが、寂しさによどんだ豪邸とは・・・・・
オッチャン、悲しすぎないかい。
「おじゃましたわね。元気で」
「ああ。キミもね」
一緒に人生を歩むハズだった男女の最後の会話は、アッサリとしたものだった。
そして、もう一つの疑問も、すぐに答えが判明した。
積み込んだ荷物の搬入先は、
「オツカレ!!ごくろうさま!!」
と、にこやかに合流してきた、常連Aのマンションだったのだ。
期待していた打ち上げは、妙にビールが苦かったのを思い出す。
警告。
ここから先は、相当にキモワルい話なのです。
極めて好ましくない生物も登場します。
これらに嫌悪感を示す方は、直ちにHOMEにお戻りください。
その引越から一月ほど経った、ある日の事。
「ねぇ、今度の日曜日、ヒマぁ? ちょっと店の片付けを手伝って欲しいのよぉ」
再び、美形ママからのお誘いだった。
下心に満ちたワタクシは、性懲りも無くOKした。
(注意。下心とは「タダ酒が呑める」という期待で、他意は無い)
当日は、美形ママ、ワタクシ、常連客Aの計3人が集まった。
「さあ、全員揃ったんで出掛けるわよ」
「えっ? 出掛けるって?」
てっきり、いつもの店の片付けだとばかり思っていたワタクシは、何が何だか判らないままクルマに乗せられると、そのまま見知らぬ店に連れて行かれた。
それは、沖縄郷土料理の居酒屋だった。
なんだか異様な事に、店の出入り口も窓も、厳重に木で打ちつけて塞がれているのだ。
まるで、一昔前の台風に備えた光景のように。
その店は美形ママが所有する物件で、テナントとして沖縄居酒屋が入っていたとの事だった。
常連客も多く、とても繁盛していたらしいのだけれど、ある時期から店主がギャンブルに狂いだし、店の売上はおろか、借金までして熱狂する有様になり・・・・・・
とうとう家賃まで滞納するようになってしまったのだそうだ。
美形ママからの何ヶ月にも渡る家賃の催促にも応じず、そして遂に、その時がやってきた。
美形ママは常連客Aを引き連れ、定休日を狙って店に押しかけ、出入り口から窓から木材で塞いでしまい、チェーンぐるぐる巻きで南京錠を掛け、要するに沖縄店主を店から締め出してしまったのだ。
「悪かった。もう立ち退くから、せめて店の中のものを出させてくれ!」
「ダメ!!滞納した家賃を払わなければ、一切のモノは返せない」
そんなやり取りの挙句、遂に沖縄店主は夜逃げと相成ったのだ。
スッタモンダな物語りから二ヶ月ほど経った今日、その店の中の後片付けを行うと言う事だったのだ。
「さぁ、始めるかぁ」
常連客Aの掛け声と共に、チェーンを解き、バリバリと木材をはがして店内に入ると・・・・
そこは、この世のモノとは思えない光景だった。
警告。
ここからホンバンです。
ホントにキモチワルいです。
なにしろ沖縄店主は、長期閉店のツモリで閉めた訳ではなかったのだし、その状態で2ヶ月間、電気も水道も止まっていたのだ。
食器類が放置されたままの洗い場は、フシギな色に包まれていた。
ガス台に置かれた大鍋からは、見るだけでカラダを悪くしそうな、液体とも固体とも言い難いブツが覗いている。
電気の止まった冷蔵庫からは、訳の判らないブヨブヨとした物体が次々と出てくる始末。
ビニール袋のハジッコから、ヘタに触ったら即死しそうな毒液をダラダラと垂らしながら。
そして、何もかもが、キョーレツな腐乱臭を放っているのだ。
激臭とんこつラーメンなんかの比では無い。
まさに死臭と言ったほうが正しいに違いない。
もう誰一人として、マトモな思考能力を維持できる状態ではなかった。
しかし、これは前哨戦に過ぎなかったのだ。
警告。
シャレでは済まない話です。
十分にココロの準備を行い、自己責任でお読みください。
引き返すのも、リッパな勇気です。
地獄絵のような光景と悪臭によって精神に異常をきたしたのだろうか。
非常灯の薄暗い灯りの下で、なにやら床や壁が動いて見えるのだ。
しかし、そんな訳は有り得ない。
当然、床や壁が動いている訳ではなく、壁一面に張り付いた何かがウゴメいているのだ。
「で!でたぁ!!!」
そう。皆様が大好きな黒いヤツ。
しかも、みな、巨大なのだ。
薄暗く、湿気に満ちていて、食い物は十分に存在し、身を脅かす敵も居ない。
ここは彼らの繁殖&成育には十分すぎる環境と化していたのだろう。
砂糖に群がるアリのように、タバになってパラダイスを謳歌していたのだ。
ヒョウ柄にさえ見える壁は、たえず模様が動き続けていた。
壁に貼られた常連客や店主のスナップ写真の上もヤツラが這いまわり・・・・・
まるでヤツラをアタマの上に乗せながらニッコリとしているようにさえ見えてしまうオネェチャンの姿が、ブキミにキモチワルすぎる。
思わず手にもっていた懐中電灯を床に落すと、まるでモーゼの十戒のようにササササっと道が開け・・・・
ヤツラなりに身の危険を感じたのだろうか、テポドンのように飛びまくる恐ろしさ。
「バ・バルサンだぁ!!早く買って来い!!」
常連客Aが叫ぶように命令し、それでも自分が一番先に店を飛び出していった。
思わず足がもつれて、床に尻餅をつく美形ママ。
とうぜん、その尻の下には・・・・
「ウギャァァァァァァァァ!!!」
眩しい位の青空の下、モクモクと店から漏れ出すケムリを見つめながら呆然と過ごす3人。
喉のいがらっぽさは、まるで喉の中にもヤツが入り込んだような錯覚を覚え、それを打ち消すかのごとく、妙にタバコが進む。
「そろそろイイべよ」
常連客Aを先頭にして、再び悪夢のような店に入ると・・・・
床にテーブルに小上がりのタタミの上に、折り重なるように、ヤツらのムクロが転がっていた。
まだ、ヒクヒクと動いているヤツもいる。
ホウキとチリトリですくってビニール袋に入れると、それはまるで
『信州名物・イナゴの佃煮・お徳用』
の様相となり、それはそれで、またまたキモチワルい。
ヤツらが去った店内から色々なものを運び出し、全て美形ママの店の財産となった。
ウイスキー、焼酎、泡盛など、新品のボトル類。
客がキープしていたと思われる飲みかけのボトル類。
カラオケの機械。
オシボリや食器やらの備品類。
さすがにレジの中には、小銭しか入っていなかった。
ワタクシに与えられた戦利品は、久米仙人の古酒3本だったけれど、とても飲む気にはならず丁重にお断りするしかなかった。
そして・・・・・
しばらく、沖縄料理が食えなくなってしまったのだった。