「週末の放浪者」TOP2軍>北限の魔境へ

北限の魔境へ(1994秋・下北半島)


その決定的瞬間、ワタクシは下北半島におりました。

半島の形をマサカリに例えるならば・・・・
刃の先端が大間崎なら、刃の終点が脇野沢。
世界中でも野生の猿の北限生息地とされる、その脇野沢で、その時を迎えたのです。

厳冬期。むつ駅からバスに揺られ、吹雪の脇野沢に到着したのは前日の夕方でした。
「真冬の恐山に行ってみたい」
そんなボンヤリとした考えで下北半島にやって来て、越冬するサルにでも遭遇できれば・・・・
などと思いついき、ここを訪れたのです。


宿泊したのは脇野沢YH。
夜は同宿のオニィチャン・オネェチャンとテキトーに酌み交わして盛り上がり、どうせ吹雪だと朝寝坊し、ノンビリと朝めしを食ってウダウダと過ごしていた、まさにその時・・・・・
1月3日午前8時3分。
北アルプス剣岳の山頂直下を下山中だったワタクシの双子の弟が、そこから更に高い場所へ旅立っていったのです。


ワタクシは何も知りませんでした。
知る手立てもありませんでした。
この日、下北半島内の他のYHからは全て満室だと断られ、吹雪に追い立てられるように半島を脱出。
半島付け根あたりのYHにも断られ、仕方なく盛岡まで後退したのです。
ここでも何故か気分が盛り上がらず、もうどうでも良くなって、翌朝の新幹線で東京に戻ってしまったのでした。


見えてきた我が家は、なにやら異様な雰囲気に包まれておりました。
踊るように家を飛び出してきた母親が、泣き叫びながら

「お願い!!早く会ってあげて!!」

そんな状況にワタクシは、気が動転したのでしょうか。
それとも現実を認めたくなかったのでしょうか。

「何で、ケガをしてるのに家で療養するんだ。しかも親戚まで集まって。」

そんな思いも、部屋に飾られた祭壇が答えを教えてくれたのです。
その日がお通夜。
灰になる前の弟との対面が叶ったのでした。


これをフシギな現象だと言うシトもいます。
その答えは判りません。
当時のワタクシが無知だっただけで、その時の吹雪に関係無く、もともと恐山は冬季閉鎖されていて行く事は出来なかったのです。
正月休みだから、行きたくなるようなYHだって混んでいたのでしょう。
盛岡から直帰したのだって、気まぐれと言えばそれまでです。


後に、「豊田組 山のぼら-ず」の面々のご尽力に甘えて剣岳山頂を訪れる事が出来たワタクシですが、当時はそんなアブナそうな場所になど、ワタクシごときが生涯行けるなどとは考えられませんでした。
その代替という訳でもないのでしょうが、どういう訳だか、恐山という場所が特別な場所に思えてしまったのです。
ぜひとも訪れなければならない場所になってしまったのです。
あの1月3日にワタクシが家に居ようとも、それとも他の場所に居ようとも、弟の運命は変えられなかった事でしょう。
恐山は、そんな脇役のワタクシに何かのメッセージを託す為に引き寄せ、そして東京に引き戻したのではないのかと思えてしまったのです。


長い年月が流れ、その時がやって参りました。
1994年頃だったと記憶しております。
旅の相棒はShadow1100。
いざ行かん!!恐山へ!!




秋の東北道を、Shadowで北上するワタクシ。
目指すのは恐山、ついにこの時がやってきたのです。
ワタクシのアタマの中で膨張した「行かなければならない」という決意。
「行く義務がある」「行く運命なのである」「あぁ〜、行くぅ!!」
などなど言葉を変えながら、とにかくアクセルを握ったのです。


北海道までの陸走や、一気にねぶた会場まで走った経験のある方なら、イヤってほど理解出来るでせう。
もう延々と走りに走って仙台を過ぎ、クタクタになった頃に現れる『東北道・中間地点』のカンバンの意地悪さ。
んもぉガックリきますよね。
それでもこの時のワタクシは、執念に燃えておりました。
そんなカンバンなんか、屁でも無かったのです。
丸めてポイなのです。
それでも遠い事には、延々と時間がかかる事には変わりありません。
色々な思いが、アタマの中を駆け巡るのです。

「恐山は、ワタクシに何を求めているのだろうか」
「そこには、いったい何が待っていると言うのだろうか」
「ワタクシを呼んでいるのは弟なのか、それとも別者なのか」
「いくら掛かるか判らないけど、イタコに聞くべきなのか」
「果たしてそれは、ワタクシの見方なのか、敵なのか」
「ホントはあの時、悪意を持ってワタクシを引き寄せた恐山から、弟が 引き剥がしてくれたのではないのだろうか」
「だとしたら、こうして行くべきでは無いのか」
「このネタの結末が、既にバレバレではないだろうか」
「それ以前に、この話の筋に、どれだけ説得力があるのだろうか」

答えなど出せぬまま、いよいよ下北半島に突入したのです。


むつ市の市街地から『恐山』のカンバンを頼りに登り始める。
一方的に登る訳ではなく、なんだか登ったり下ったりを繰り返し、道を間違えたのではと焦り始めた頃・・・・・
ついにそこに到着したのです。

山と山に挟まれた空間にポツンと横たわる湖。妙にくすんだ青。
そしてその湖畔から山の頂までは、まったく生命の気配すら無いまま続く、ガレた岩肌。
いたる所から立ち登る白い噴煙が硫黄の臭いを放ち、その臭いを、あたり一面に積み上げられたケルンの間を抜けていく風が運ぶ。

風の音。
そしてその風によって回される膨大な数のカザグルマの音。

そんな光景を前に立ち尽くすワタクシの頭の中では・・・・・
なにか大きなものが、ガラガラと大音響と共に崩れていったのでした。
そしてそれと入れ替わるように、ムクムクと浮かび上がってきた言葉。
そう。聞き慣れた4文字の言葉・・・・・・・

『イ・ン・チ・キ』

く・くぬやろう!!ただの観光地じゃねぇかぁ!!
そこの麦藁帽子のオヤジ!!ヤラセのカザグルマの補修をやめぃ!
ババァ!アイス売ってるババァ!!何だそりは?
その『名物・恐山盛りソフトクリーム』ってのは何だ?
フツーのと、どこが違うんだ!!
あちこちのケルン!!わざとらしすぎだぁ!!アルバイト学生あたりに積ませてるんだろう!!
「ひとつ積んではゼニの為」ってかぁ?


恐山。
すばらしい観光地です。風光明媚です。
ぜし一度は行くべきです。
でも、その時のワタクシには、失望しかありませんでした。
勝手に期待するものが大きすぎたのでしょうか・・・・
ワタクシのアタマがフツーじゃなかったのでしょうか・・・・
このネタのコジツケに、始めから無理があったのでしょうか・・・・・



その夜、ワタクシは、奥薬研温泉の露天風呂・かっぱの湯に浸かっておりました。
湯船の中では、何人かの人々の他に、サルも一緒です。
アッキーではありません。ホンモノのサルなのです。
ただし、世界の北限に住む、野生のニホンザルでは無いのです。
他の観光客が連れてきた、ペットのサルなのです。
後から入ってきた別の観光客達は、

「うわぁ、サルだよぉ!!野生のサルだぁ!!」
「なんか長野の地獄谷温泉みたい!」

などと、口々に喜んでおりました。
そんな様子を見た飼い主のオッチャンは、ニンマリ笑ってシランプリしております。
ネタを知っていながら、一緒になって喜ぶヤツもいました。

長年の思いがヤラセに打ち砕かれたワタクシは・・・・・・
そんなインチキな光景には、何も反応する事が出来ませんでした。

「2軍」に戻る
「週末の放浪者」 トップページへ