悲しい片思い

 

「ちょっとヒサシくん!」
控え室でPCをしていると息を切らしたタッキーが入ってきた。
「なに?そんなに慌てて」
「テルくんがっ」
思わず咥えていたタバコを落としそうになってしまったHISASHI
「えっ」
「とりあえず来てっ!」
HISASHIはタッキーに腕を引っ張られ、廊下を走らされる。
「ちょっと、痛えよ、オイ!痛いって!」
連れていかれたところは、さっきまで自分が撮影をしていたスタジオ。
確か今はTERUが撮影をしていた……「てっこ!?」
さっきまで元気に笑っていたはずのボーカリストが、片隅で横たわっていた。
急いで作られただろうパイプ椅子を並べただけのベッドの上で。
顔を見ると、もともと白い顔が、血の気を失って更に白くなっていた。
「おい!どーしたんだよ、こいつ!」
「それが、さっきまで元気だったんだけど……突然気分が悪いって言って…」
「救急車は?」
「いや、騒ぎになると困るからこれから車でつれてくとこなんだけど。」
「じゃあ、俺も行く。」
HISASHIは病院へタッキーと共に向かった。先に‘これから行く’と連絡して
あったらしく緊急扱いで、処置をしてもらった。
その結果とりあえず今日一日は入院、という事になった。
さすがに早朝という事もあり付き添いは要らないといわれたが、HISASHIは絶対にいる、と言いはって付き添う事にした。
HISASHIはもう撮影が終わっているが、TAKUROとJIROはほかの仕事で遅れる為、まだ到着してもいないのだ。
HISASHIがいるなら、とりあえず戻ります、と言って、タッキーは何冊か雑誌を置いてスタジオへと戻っていった。

(貧血か……相当疲れてたんだな、こいつ)
HISASHIはTERUの顔を眺めてそう思った。
「そうだよなぁ、こいつライブだと毎回10曲以上歌うんだもんな。
最近強行スケジュールだったし…そっとしとくか。」
HISASHIはタッキーが置いていった雑誌を読み始めた。

(あれ?)
気がつけばもう朝だった。どうやら眠ってしまったらしい。
(よかった。まだ起きてないよ)
TERUはまだ眠ったまま、起きてはいない。
HISASHIは立ちあがって窓を開けた。
「ん……あらぁ?ここ……」
「ああ、てっこ、起きた?」
TERUがようやく目覚める
「え、ここ…病院…?あ…との…」
「おまえ…」
HISASHIがTERUに説明しようとすると、

バタバタバタバタ、ガタン!

「テルくん!!」
朝早くの病院の廊下を走ってきた人物、それは…

「亜美ちゃん!?」
「も〜心配したんだからね!電話しても繋がらないし、瀧川さんに
 電話したら、ここに居るって聞いて!」
「ごめんね〜でも、来てくれたんだ?嬉しいなあ、俺」
「ホントに〜?」
「あ、との。もしかしてついててくれたとか?」
HISASHIは彼女がきた瞬間からだんだん機嫌が悪くなってきていた。
もちろんTERUはそんな事気づいてもいない。笑顔で聞いてくる。
「……別に。タッキーに言われて来てやったんだよ、見舞いに。」
「HISASHIくんに会うの久しぶりだね〜」
彼女に笑顔で話し掛けられて、HISASHIの不機嫌さはピークに達していた。
「…俺、あんたと友達になった覚えは無いんだけど。馴れ馴れしく呼ばないでくれる?」
「との〜相変わらず冷たいねえ。」
TERUはいつもの事だと気にも止めず、さらっと受け流す。
「バカバカしい、俺帰るわ。じゃあな」
「あ、そう?バイバーイ」
笑顔で手なんか振っている。
「あ、じゃあ私も…」
「いいじゃ〜ん、亜美ちゃんはもうちょっと居なよ〜。との、ありがとね。」
HISASHIはバカバカしい、と心の中でもう一度毒づいて、だけど
口から出たのは「じゃあな」という一言だけ。降り返ったりしなかった。
降り返ったりしたら、彼女にもっとひどい事を言ってしまいそうだっだ。

(俺、あんな女なんかに嫉妬してんのかよ。)
TERUの笑顔に今更ながら怒りが込み上げてくる。
「あー頭に来るっ!付き添っててやったの誰だと思ってんだよ!」
廊下を歩きながら、ぶつぶつと呟くHISASHIを不思議な顔をして
皆がすれ違ってゆく。
外に出てすぐ、携帯を取り出してどこかへと電話をかける。

「もしもし、俺だけど!」
「あーHISASHI?なんか怒ってない?」
電話の相手はTAKUROだった。
「怒ってねーよ!」
「…怒ってるよ。…それより、どうしたんだよ。てっこに付き添ってたんじゃないのか?」
「付き添っててやったよ!あの女が来たから頭にきて帰ってきたんだよ!」
「あの女?ああ彼女かぁ、来たんだ?」
TAKUROが電話の向こうで苦笑している。それがHISASHIには余計頭に来ていた。
「来たんだよっ!!」
「ヒサシ、そんなおこんないでよ…。とりあえず家来る?」
「行く。どーせジロウも居るんだろ。」
「あ〜まあね。」
これから行く、と言って電話を切りタクシー乗り場へ。
止まっていたタクシーに乗り込みTAKUROの家の近くの交差点の名を告げる。
朝まだ早い時間のためか道路は空いていて、以外と早く目的地に着いた。
お金を払い、領収書をもらって車を降りる。
スーツ姿のサラリーマンたちの流れに逆らうようにHISASHIは歩いていく。
近くにそびえたつマンションに入り、オートロックのインターホンを押す。
「俺だけど。」
「ああ、どうぞ」
エレベーターでTAKUROの部屋へと向かう。
TAKUROの部屋の前まで着くと突然ドアが開く。
「うわあっ!」
驚いて思わず声をあげると、そこに立っていたのはJIROだった。
「あ、ごめん。足音聞こえたからさ、ヒサシくんだと思って。」
どうぞ、とJIROが促す。HISASHIは無言で部屋に入る。
リビングに行くとTAKUROがビールを冷蔵庫から運んでいる所だった。
「ああ、はやいねヒサシ。」
「お前朝から飲む気かよ。」
「あ、飲まないの?じゃあしまうけど」
「いや、飲む」

「ちょっとヒサシくん、飲み過ぎ!」
JIROがHISASHIの手からもう何本目かも判らないビールの
ビンを取ろうとする。
「うるさい!」
HISASHIはそれをかわしなおも飲みつづける。
「ヒサシく〜ん、もうやめなよ〜」
「ヒサシ」
HISASHIとJIROのやり取りをみかねたTAKUROが声をはさむ。
「ヒサシ」
「う…」
TAKUROの声に負けたのかHISASHIがやっとビールを飲むのをやめた。
「…なんで?」
「なに?どうしたの?」
「なんで…だめなの?」
「ヒサシくん、どうしたの?」
うつろな表情で呟きはじめるHISASHI。
「なんで…あんなのが良いわけ?女だから?俺は男だってだけで…
あんな女よりずっと……」
「ヒサシ…」
TAKUROが突然HISASHIの事を抱きしめる。
「俺は…ずっと…一緒にいるのに……」
HISASHIの声が震えている。
「ヒサシ、泣いてもいいんだよ?俺がいるから。」
TAKUROが恋人であるJIROにしか見せないような優しげな顔でHISASHIに言う。
背中に回された手は優しげにHISASHIの背中を撫ででいる。
JIROは切なくなってしまった。2人に気づかれない様にそっと立ちあがる。

「ジロ!」
台所でボーっとしていたJIROを呼ぶ声が…
「あ、タクロウくん…」
「ごめんな、席立ったの気づかなくて。」
「ううん。それよりヒサシくんは?」
「ああ、寝ちゃったよ。」
JIROの隣に座りながら言う。
「なんか俺、入り込む隙間なかった…ちょっと寂しかったな。
それに…ヒサシくんの泣くとこ、初めて見たかも。」
「そうかな?でも、ヒサシも今日は限界だったんだろうね。」
「テルの事?」
「そう。一番心配してるのはヒサシだからね。」
「…テルはホントに気づいてないの?」
「気づいてたらもうとっくになんか進展があるでしょ。」
「そうだよねえ…」
TAKUROが席を立ち冷蔵庫を開けた。中から取り出したのは…
ビールだった。
「とりあえず飲みますか?」
「そうだね」
そしてまた飲み始める2人だった。外はまだ明るかった。

2日後
TERUが仕事に復帰した。
みんなより遅れて仕事場にやってきたTERUが向かったのは、HISASHIの所
。と言ってもまだHISASHIしか来ていなかった。
「との〜こないだはありがとね。」
TERUが無邪気な声で言う。HISASHIにはそれが耐えられなかった。
TERUはまだHISASHIが朝まで付き添っていたという事実を知らないのだ。
「別に」
「ねえ、タクローとジロウは?」
「別の仕事で遅れるって」
HISASHIはそれだけ言って、TERUを無視する。いつものようにPCに向かっている。
「との?」
いつもならTERUが話しかけると、仕方なさそうに話しに付き合ってくれるHISASHIに無視されTERUは首を傾げた。
「どうしたの?気分でも悪いの?」
TERUの問いには答えず、HISASHIはPCの画面だけを見ている。
と、その時TAKUROとJIROがやってきた。
「なにしてんの?」
TAKUROが声をかける。
「あ、タクロー、ジロウ。おはよ。」
「おはよ、もう大丈夫なの?」
JIROが心配そうに声をかけると
「うん。心配かけてごめんね。」
「てっこ、タッキー呼んでたぞ!」
「うそ!ちょっと行ってくる!」
TAKUROの声でTERUが部屋を走って出ていく。

「ヒサシはこのままで良いのか?」
「このままってなにが?」
「自分の気持ち。…てっこに言わなくていいのか?」
「…しらねえよ、あんな奴」
「ヒサシくん…」
「……子供が出来たから結婚する、って言って突然結婚して…
そしたら今度は好きな人が出来たから離婚するだって?!」
「ヒサシ!それは言わないって決めただろ。」
「誰が、一晩中ついててやったと思ってんだよ!!俺がどれだけ心配したか……」
怒っているHISASHIとは逆に、冷静にTAKUROは言う。
「なあ、てっこがああいう性格なのは昔も今も同じだろ?てっこの本能の赴くまま、
自由奔放な生き方は確かに周りから見たら悪い所ではあるけど、
それがあいつの良いところでもあるって事、俺達が一番良く知ってるだろ?」
「それは…そうだけど…」
「てっこには、一晩中付き添ってたことは言わなくて良いんだな。」
うん、とHISASHIが頷く。
「わかった。そろそろてっこも戻ってくるだろ。」
TAKUROのその声でばらばらと動き出す。
「ねえ、俺コーヒー買いに行って来るけど、2人ともどうする?」
JIROがドアのまえで言う。
「あー俺はいいや。」と、TAKURO。
「タバコ買ってきて」
「一個でいいの?ヒサシくん」
「2個。そこに俺の財布あるから持ってって。」
「ん。じゃあ行ってくる…」
ドアを開けたJIROが固まっている。
「どうしたジロウ?」
「テル…!?いつからここに居たの!?」
「さっきからずっと。ねえ、とのの話どう言う事?」
「聞いてた…の?」
「だって聞こえちゃったもん。ねえ、どう言う事?」
「それは…」
JIROが言葉に詰ると、そこにタイミングよくスタッフがやってきた。
「何やってるんですか、こんな所で。次、ヒサシさんなんですけど」

HISASHIが居なくなった控え室でTAKUROはTERUに詰め寄られていた。
「ねえ、どう言う事なの?」
「いや…だから…」
「とのが俺に一晩中付き添っててくれたってのはホントなの?」
「…ホントだよ。ヒサシは黙ってたけど」
「なんで…」
「なんで?そんな事俺達の話聞いてたんならもうわかるでしょ?
そーゆー事だよ。どうすればいいかなんて、自分で考えなよ。てっこはそれだけ
ヒサシの事傷つけてたんだよ。」
「だって俺…知らな…」
「もう知っちゃったんだよ?もう知らないじゃ済まされないんだからね。
知る事を望んだのはてっこだよ。…ジロ、行こ!」
「ああ、でも…」
「いーから行くよ!」
TAKUROはJIROの手を引いて部屋を出る。
「ねえ、あんな事言っちゃって良かったの?」
「だっててっこは知っちゃったんだよ?もう今までのままでは居られないんだよ。」
「…そっか。ねえ、タクローくん?」
「ん、なに?」
「あの2人うまくいくと良いね。」
「そうだね。でも、その可能性はすごく低いけどね。」

今までのバランスが微妙に崩れ始めている。
2人がどうなるかなんて、誰にもわからない。

この話は多分続きます。

いつになるかわかりませんが・・・

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