無邪気な関係
EXPOが全て終了した。
俺とタクロウはその後のオフを少しだけ沖縄で過ごす事にしていた。
ダイビングのライセンスと取る為だ。
前々からの約束だったしね。
東京に帰るというテルとジロウを見送って、その後の最終便で沖縄へ向かった。
空港から更に乗り継いで、沖縄の小さな離島に着いたのはもう深夜に近かった。
「うあー、疲れたぁぁ」
「てっことじろうもそろそろ家に着いた頃かもな」
「そだね。ねぇ、今日はもう寝ようよ」
「うーん、そうだねぇ。さすがにおれも疲れたなぁ」
俺は着替えようと思って、クローゼットから浴衣を出す。
…おっきい…。
「ひさし?」
広げて見ると、明らかに浴衣が大きかった。
「これおっきい。」
「あー…ひさしが着たら大きいねーそれ。フロントに言って小さいのもって来てもらおうか?」
そういって電話に手を伸ばすたくろうを止めた。
「いい」
「なんで?」
「いいの。これ着るもん」
男なのに、わざわざ小さい浴衣持ってきて貰うなんて、俺のプライドが…
そんな俺の気持ちがたくろうにはわかったらしく、くすっと笑って受話器を戻す。
「はいはい。じゃあ、俺にも浴衣とってくれる?」
「んー、はい」
たくろうが着ると浴衣の丈がちょっと短くて、俺が着るとすごい長くて…。
でもたくろうのサイズは大で、俺のは中だし…。
「やっぱり長いね(笑)」
「たくろうは短いじゃん」
言い返して、お互いくすっと笑ってしょうがないか、と笑う。
その日は、いつもの様にたくろうの腕の中で熟睡した。
次の日とその次の日2日間続けて、今だ取れずにいたダイビングのライセンスを取る為に講習を受けたりした。
実際に潜ったりもして、すごく楽しかった。
なんか色々書いたりしなきゃいけなくてめんどくさかったけど、たくろうに見てもらったし。
「ライセンス取れてよかったね」
「うん。ねえ、ひさし、お腹空かない?」
「空いた」
ホテル帰って何か食べようか?」
「うん!」
ホテルに着いてフロントで鍵を貰おうとすると、
「久保様、お手紙が届いております。」
カードキーと一緒に大判の封筒を手渡してくれた。
「たくろう、なぁにその封筒」
「んーと、なんだぁ?あー、あれだ。会報の原稿、俺のコーナーの。」
「無邪気な関係?」
「そう」
ご飯食べてからも、もって来ていたPCで遊んだり、東京にいるテルから電話がかかってきたり。
テルとジロウは台湾に行くらしい。
このライブが終わったら徴兵に行かなければならないメイデイのライブにゲスト出演するんだって。
「たくろう」
「どうした?」
「俺も今度アジア連れてってね」
「そっかー、行ってないのひさしだけだもんな。今度行こうな」
「うん!」
楽しみだなぁ。
次の日は結局一日ゴロゴロしちゃった。島を散歩したりして。
たまにはこういうのんびりしたのも楽しいよね、なんて。
タクロウに原稿はしないの?って聞いたら明日ね、って笑ってたっけ。
EXPOから4日間たった日
朝、たくろうが
「今日、俺原稿やりたいんだけどいい?」
「…うん。じゃあ、今日俺1人で出かけてるね。」
「ごめんな」
「いいよ。邪魔したくないもん。」
原稿をするというたくろうを部屋に残して一人ホテルを出た。
1人で砂浜を歩いたりして。
こうして都会を離れると人目を気にしなくていいのはとても楽だなぁ。
今の仕事をしているのはとても楽しいけど、自由な時間はないに等しくなるな。
たくろうと普通に出かけられないのは…ちょっと寂しいな。
そんな事を考えながら、散歩してたら日が暮れてきた。
「あ…もう戻ろ」
部屋に戻ってくると、原稿を書いていたたくろうが原稿を終え、そのまま机の上で寝てしまっていた。
「たくろう…?」
ちょっと読んでも全然起きなくて。
ふと脇を見たら、書きあがった原稿が落ちていた。
「これ…会報のやつだ…。」
そっとその紙をもって、ベッドの上に座る。
『こんにちわ、TAKUROです。』
そのいつもの言葉から始まっている原稿は初めEXPOを終えてのたくろうの素直な感想と感謝が述べられていた。
巧みなその言葉遣いや表現で、たくろうは素直な自分のキモチを切々と語っている。
時にこう読むであろうファンのみんなに問いかけている。
『これを読んでるみんなさ、どう思う?
真剣に聞いていい?
音楽ってどこまで力があると思う?
本当に地雷はゼロになる日が来る?
EXPOで北海道は喜んでくれたかな?
元気になってくれるかな?』
『今、俺の心に影を落とすたくさんの疑問や難問の(出来たら全部の)解決のヒントが
音楽にあるって思うのは欺瞞だろうか?
夢想であろうか?』
沖縄の小さな島で書かれたこの原稿に思わず涙してしまう。
どうしてこの人はこんなに優しいんだろう?
自分の事よりも、他のたくさんの人の幸せを考えていて…。
目にいっぱいの涙を溜めながら、続きを読んだ。
アジアのバンドについて書かれ、そして…
最後には
『最後に天国の祖母へ。』と書かれていた。
言わずと知れたHAPPY SWING会員番号1番の人。
たくろうが誰よりも大切にしていたたくろうのおばあちゃん。
そして、もうこの世にはいない人。
彼女への思いが切々と語られている。
それをよんでしまったら、もう溢れ出す涙を止められなかった。
「うっ…うぅぅ…うわぁぁーん」
『あなたの孫で良かった』
その一言で更に溢れる涙。
目から落ちた涙がベッドのシーツに吸いこまれていく。
声を上げて、原稿を抱きしめて泣いていたら、たくろうが目を覚ましてしまった。
こっちをみてとてもびっくりしている。
「ひさし?!どうした!?」
自分の方に駆け寄って来て、涙を拭ってくれる。
抱きしめている物が、自分の原稿だと知ると、たくろうの表情が和らいだ。
「それ読んで、泣いてくれたの?」
泣きすぎて上手く喋れなかったので、コクコクとただ頷く。
「ありがとう。」
隣に座って、そう言って抱きしめてくれた。背中を擦ってくれている。
しばらくして、
「…落ちついた?」
とそっと声を掛けてきた。
「……うん…あのね…」
「ん?」
「勝手に読んじゃって…ごめん…ね」
そう謝ると、たくろうは抱きしめていた腕を離して俺の顔を見つめて、
「いいんだよ。一番最初にひさしに見せようと思ってたんだ。ひさしに見て欲しかったんだ」
「ホントに?」
「うん。ひさしに読んで欲しかった」
その言葉に涙がまた溢れて来た。
この暖かい南の島で、あたらめて誰よりもたくろうが好きだと改めて思った。
そして、この仕事をしていられる幸せを感じてた。
「なぁ、ひさし?EXPO無事終了したし、2人だけで打ち上げしよっか?」
「…う…うん」
2人だけでささやかな打ち上げをした。
ありがとう。
貴方の恋人で良かった。
はい。会報ネタでした。
これ多分、タクロウの無邪気な関係part2を全部読まないと感動が味わえないかと。
FCに入ってない人ごめんなさい。感動すると…思うんだけどなー…。