Roman's Holiday

(前編)


新聞が一面で伝えている。
「王女妃殿下、ヨーロッパ各地をご訪問。」
脇に、「今日、歓迎レセプション開かれる」と書かれている。

大広間には沢山の着飾った人達が皆、1人の到着を今か今かと待っている。
大きな扉が重い音を上げ開かれると、ざわめきが止み、静かになる。
背の高い男がまず入って来ると、広間の客たちがみな、左右に分かれ道をあける。
すると、真っ白いドレスを着た透き通るような美しさの女性が入って来た。
周りからは感嘆の声が…ざわざわと起こり始める。「綺麗ねぇ」とため息をつく客もいる。
「王女様、来賓の方々を紹介します。こちらは…」
次々と山のように紹介される来賓の1人1人に「初めまして」とか「お会いできて光栄です」など挨拶を繰り返す。
しかし言葉とは裏腹に飽きてしまっているようで、長いドレスの下では、ヒールの高いハイヒールを脱ごうとしている。
片足を脱いだ所で急にバランスを崩すが、側に居た背の高い男が彼女を支える。
そのまま促されて、高座に用意された椅子に腰掛ける。
すると、待っていたかのようにオーケストラが演奏を始める。つまらなそうに演奏を聞いている彼女の前に、
さっき脱いでしまったハイヒールが転がっている。それに気づいた男が、ドレスの裾を直す振りをしてハイヒールを履かせる。
彼女は何事も無かったかのような顔で、オーケストラを見ていた。

一流ホテルのスイートルームよりも更に豪華な部屋のベッドに、さっきの彼女がねまきを着てつまらなそうにしている。
「もう帰りたい」
「わがまま言わないでください」
さっき倒れそうになった彼女を支えた男が困った顔をして言う。
「タクロウはそればっかり!」
「そんなこと言われても…これが私の仕事なので。」
「なんで俺があんな格好しなきゃいけないんだよ!会いたくもない人に笑顔なんかしたくもねえよ!」
「しっ!」
タクロウ、と呼ばれた男が慌てて口を塞ぐ。
「おっきい声でそんなこと言うなよ!バレたらどーすんだよ!」
小声で注意する。
「お前が王女じゃなくて、弟のヒサシだ、ってことがバレたら…」
「そんなんしらねーよ。俺関係ねーもん。お前らが勝手に『王女の代わりになれ』って言ったんだろ。
アイツが風邪引いたんなら中止に…」
「バカ!バレたら外交問題にも発展しかねないんだよ!」
「そんなの知らない!俺は男なの!こんな格好もう我慢できるかー!」
「わ、分かった。あと2日で終わりだから。そしたら帰れるから。それまで我慢して…」
「我慢したらなんかしてくれるのかよ。」
「侍従長に言っておきます。」
「ホントだな?」
「はい」
この2人実はとても仲が良いのです。
それもそのばず、ヒサシを育てた乳母がタクロウの母親だったのです。
だから2人は年も近い事もあり、兄弟のように育ってきたのです。ヒサシのワガママさに呆れた侍従長が、
異例の若さでタクロウをヒサシ付きの侍従にしたのです。
「では、明日のスケジュールを…8時半、こちらで皆様と御朝食。9時…」
延々と明日のスケジュールを述べているタクロウの話なんて聞いてもいないヒサシ。
「…12時半、こちらに戻って記者会見…って聞いてますか?」
「聞いてない」
「ちゃんと聞いてくださいよー」
「めんどくさいもん。それよりさー、喋りすぎて喉痛いんだけど。」
「あー、じゃあドクター呼んできますからちょっと待っててくださいね。」
そういって、タクロウは部屋を一旦出て行った。

「失礼します。…なにやってるんですか!!」
「何…って、パソコンだけど?」
「そんなんいつ持ってきたんですか!?いや…じゃなくて!その格好は止めて下さい!」
「なんで?」
ヒサシはどうやってもって来たのか、パソコンをしていた。それ自体に問題は無いのだが、問題は…
ネグリジェなんだから、胡座じゃまずいでしょ(笑)見えるっつーの!
「とにかく…その格好はやめて下さい。ドクターに見られますよ?」
「…別にいいけど…。なんだよ…そんな顔すんなよ。ちっ、仕方ねぇなぁ」
はい、とタクロウに電源を落としたパソコンを渡す。タクロウはそれを受け取って片付けると、ドアの外で待っていた
ドクターを呼びに行った。
「すいません、お待たせしました。」
「いやいや、いーんだよ。相変わらずヒサシくんはワガママだねぇ(笑)」
「うっさいなぁ」
「あーちょっと声が枯れてるかもねぇ。」
もう長い付き合いのドクターは、ヒサシのワガママにも気にも留めずにカバンの中を探っている。
「ああ、これだ。この薬を2錠飲みなさい。」
「なんだよ、これ」
「ただの風邪薬だよ。喉が痛いのが、風邪の前兆だと困るからね。」
ヒサシはぶつぶつと文句をいいながらも、言われた通り差し出された薬を飲む。
「では、もうおやすみになって下さいね。明日の朝、起こしにまいりますから。おやすみなさいませ。」
そういって、タクロウはドクターと一緒に出て行った。


タクロウが出ていったのを見送ってすぐに、ベッドから抜け出す。
ヒサシは外を見ながら、窓の下の祭りから聞こえてくる歌や音楽に耳を傾ける。
しばらく外を眺めていたが、突然身を翻し、衣装室へ向かう。
顔はなにかを思いついたようで、珍しく楽しそうな顔をしている。

しばらくすると、衣装室から出てくる。
さっきのねまきから着替えていて、タイトで裾にスリットが入ったスカートに大き目のニット。
ホントはパンツスタイルの方が良かったのだが、無いのだから仕方が無い。
これでも体型から男だとばれないよう気を使ってるつもりらしい。どっから見ても女に見えると思うんですけど?
コートを着て、目立たないようにとフードを被って、そーっと廊下へ続くドアを開けてみる。
警備にと職員が職務へとついている。
(なんだよ…人いるじゃん…)
ドアを再びそーっと閉めると、踵を返して、窓の方へと向かう。
下を覗いて見ると、やはり下にも警備をしている人が…
(ちっ…)
人がいるからって、一回した決意を変えるヒサシではない。
そーっと、バルコニーに出る。
月の光だけがバルコニーを照らしている。その中を下にいる警備員に見つからないように小さくなって歩く。
しばらく歩くと、誰かが閉め忘れたらしく窓が開いている。そこへ入り込む。
窓から差し込む光以外は明かりは何もついていない部屋をそーっと横切る。
その部屋から出ると、目の前には大きな大理石の階段が階下へと下りている。
ヒサシは人が誰もいないのを確認すると、階段を駆け下りる。

ヒサシは業者が搬入する裏口へと向かう。
そこにはちょうど搬入を終え、帰るトラックが止まっていた。(なんて都合がいいのだろうか/笑)
物影に隠れて、運転手が運転席に乗り込む瞬間に急いでトラックの後部に乗り込む。
トラックは、警備員に門を開けられ外へと出て行く。
自分が今までいた場所からだんだんと遠ざかっていく。
ヒサシは成功した喜びとは裏腹に、ここ1週間の忙しさから疲れているらしく瞼がくっつきそうである。


ヒサシを乗せたトラックはヒサシを乗せた事も知らぬまま、順調に進んでいる。
突然トラックが止まる。窮屈な荷台のダンボールに体をぶつける。
(いった〜…ヤバっ)
トラックから運転手が下りてくる音がしたのだ。
運転手に気づかれる前に荷台から飛び降りる。
(どこだよ、ここ…)
いそいでトラックから離れ近くのベンチに座り込むと、周りを見まわす。
トラックが再び走り出すのを見てから立ち上がってふらふらと歩き出す。



「ったく、明日仕事でしょ?」
「そうだけど〜」
「俺先に帰るからね。もう、付き合ってられないよ!」
「あ、そう?バイバーイ」
「てっこくん、早く帰りなよ?」
「分かってる、って」
そういいながらも、テルは新しいカクテルをバーテンに頼んでいた。


「まったく…てっこ君と飲みに行くと早く帰れたためしがないよ。」
ジロウは2人で飲んでいたバーでテルと分かれてから、広場を眺めながらゆっくりと歩いていた。
ふとベンチを見ると、人が横になっているのを見つけた。
(あんなとこで寝てるよ…あれ…女の子…?)
少しだけ気になって、近づいて見ると、
「んん…初め…まして…」
寝言を言いながら、寝返りをうち、ベンチから転げ落ちそうになる。ジロウは駆け寄って、
なんとか間に合って慌てて"彼女"を支える。
「あっぶね〜…ちょっと!こんなとこで寝てると風邪引くよ!ねぇ!」
しかし"彼女"は目を覚まさない。寝ぼけているのか、目を閉じたままで
「風邪…じゃない…」
と訳のわからない事を喋っている。
顔をよくよく見てみると、すごく綺麗な顔をしている。
「すっげー綺麗な顔…」
(何でこんな綺麗な顔してるのに、こんなとこで寝てるワケ?)
「ちょっとなんだよ、こいつ…おい!起きろ!」
「んん…」
大き目の声で、やっと目を覚ましたようである。目を開けて、かなりびっくりしている。
「座って」
まだ寝ぼけているのか、やたら尊大な声でジロウに言う。
「…はいはい。君、こんなとこでなにしてんの?こんなとこで寝てたら危ないよ?」
「…アンドロイドは電気羊の夢を見るか…」
「…は?たしか『ブレード・ランナー』の原作だったっけ?それがどうかしたの?」
「…好き…」
「あっそう。で…」
ジロウは片手を上げて、通り掛かりのタクシーを止める。
立ち上がって、
「早くかえんなよ。ホントに風邪引くよ。じゃあね。」と言ってタクシーに乗ろうとする。
ちらりと振り向くと"彼女"はまたベンチに横になって寝てしまっていた。
ジロウが考え込んでいると、タクシーの運転手がいぶかしげな目で見ている。
「お客さん、乗らないんですか?」
「…ちょっと待ってて。」
ジロウはタクシーを待たせて、ベンチへと戻る。
「ほら、帰るよ。」
「うーん…」
動こうとしない"彼女"を抱えて、タクシーへ戻る。
「ほら、乗って。君さぁ、お金持ってる?」
「お金は…持ち歩かない…必要ないから…」
「しょうがないなあ。俺が送ってくよ。」
「うーん…」

「お客さん、どちらまで?」
「君んちどこ?」
ジロウが話しかけると、返事が帰ってこない。
「ねぇ、ちょっと!君んち何処なの!」
どうやら寝てしまったらしい…。何度聞いても返事が帰ってこない。
(かかわんなきゃよかった…)と今更後悔しても後の祭り。
「ちょっとお客さん!何処まで行くんですか?早くしてくれませんか?」
タクシーの運転手が焦れたように言う。
ジロウはため息をついて、仕方なく自分の家の住所を告げる。

人気の無い静かな通りにタクシーは止まる。
ジロウだけがタクシー降りようとする。
しかし、"彼女"が無意識に服の裾をつかんで離さない。
「お兄さん、彼女かい?綺麗な顔してるね〜」
「いや、違います。」
「またまた〜寝てんだし、部屋に連れてっちゃいなよ。」
「はぁ〜?なに言って…」
「俺もそろそろ上がりたいんだよね〜。まさか、行き先聞いて連れてってくれ、なんて言わないよねぇ。
困るんだよね〜そういうの。」
タクシーの運転手に一方的にまくし立てられおされ気味のジロウは、
「ったく…分かったよ。」
"彼女"をお姫サマ抱きにして、自宅へ向かう。
「なんで俺が見ず知らずの人間を部屋に上げなきゃいけないワケ?
もうちょっとてっこくんと飲んでればよかったかなぁ。たく…失敗したかも…」

ジロウの部屋は必要最低限のものしか置いて無い、とてもシンプルな部屋である。
そして、とても綺麗に整理整頓されている。
ジロウはとりあえず"彼女"をベッドに降ろす。部屋にはベッドは1つしかないし、ソファーも1人がけである。
「さて…どーしますか。」


「大変です!!」
今まで静かだった所が急に騒がしくなる。
タクロウは部下に真夜中に起こされる。
「どうした?」
「王女がいません!!」
「は?」
意味がわからず唖然とするタクロウ。
「今、部屋の方へ見まわりに行ったら!王女の姿が!!」
廊下を走ってきたのか、息をきらせて捲し立てる部下をとりあえず落ちつかせたタクロウは、
ヒサシの部屋へと向かう。

バタン!!
ドアを思いっきり開けると、開け放たれた窓にかかるカーテンが大きくはためいていた。
ベッド、衣装部屋、とにかくあらゆる所を探しまわるが、何処にも影も形もない。
「やられた…」

タクロウは自分の上司に報告しにいく。
「大使、ヒサシがいません。敷地内には何の痕跡もありません。」
「…このことは決して口外しないように。わかっているな。」
「わかっています。ここに来ているのが、王女ではなく、ヒサシだということも。」
「よし。下がりなさい」
「失礼します」


翌日の朝刊は一面で伝えている。
「ローマ来訪中の王女が急病」と。もちろん今日予定されていた会見も中止になった。


ジロウは電話のベルで目を覚ました。
ベッドは取られてしまったため、夜遅くまで一部屋を改造して作った暗室で取った写真を現像していたのだった。
ソファーからまだ眠い体をおこして電話を取る。
ふと、時計を見ると時計の針はもう12時を指していた。
「もしもし?」
「俺!テルだけど!ね〜ちょっとジロウ聞いてよ〜。今日さぁ、噂のお姫サマに逢えるはずだったのにぃ
急病で中止だって〜俺、すっごい楽しみにしてたのにぃ。」
「てっこ君そんなことの為に俺に電話してきたの?」
電話にでて損したとばかりにジロウは冷たい声でいう。
「そんなことって…ジロウ冷たい〜」
「俺には関係ないもん」
「そうだけど〜」
「で、逢えたら、そのお姫サマのこと口説いたりするつもりだったわけ?」
「そんなのあったりまえじゃん!!女の子はみんな天使だよ?」
「…もう俺忙しいから切るよ?じゃあね」
「ああっ!」
プープー
「…なにが『女の子はみんな天使だよ』だ。ホストじゃあるまいし。」
いらいらしながらソファーへと戻ろうとするが、ふと思い立ってベッドへ

「うーん…」
ベッドで寝ていた"彼女"が目を覚ました。
「お早いお目覚めですねぇ」
嫌味たっぷりの声でベッドを見下ろすと、
「誰?!」
と、驚いた顔でこっちを見ている。
「俺はジロウ。で、あんたは?」
とりあえず、人に名前を聞く前に自分が名乗るジロウ。
「俺は…ヒサシ。」
言いたくなさそうに小さい声で答える。
「男なの?!」
驚きを隠せないジロウ。
「…そうだけど…」
まだ眠そうな声で答える。
「ふ、ふーん…で、そのヒサシは…」
いつも冷静なジロウも少し動揺している。
「ここ…どこ?」
何をしていたの?と聞こうとしたら、呟くようにそう言う。
「覚えてないの?!」
呆れた声で言うジロウ。
ヒサシは小さく頷く。
「じゃあなんであんなとこで寝てたワケ?」
「あんなトコって…?」
「広場のベンチ!いくら暖かいからって…呆れるよ全く。」
「なんで…ここにいるの?」
「ここが俺んちだから。俺が…善意でここに連れて来てあげて、一晩とめてあげたの。
ありがとうとかいえないの?人のベッドまで占領しといて。」
「…泊めてくれなんて、言ってない…」
(可愛くねー!!なんだよ、こいつ!)
怒りをとりあえず押さえてジロウはまた問いかける。
「で、家はどこなの?」
「……」
無言で口をつぐんでいる。
「言いたくない、と。」
「…今…何時?」
「1時だけど?それがなんか関係あるワケ?」
「……俺…もう帰らなきゃ…」
「ああ、そう。じゃあ早く帰れば?」
ジロウが冷たく言うと、ヒサシは立ち上がって一言、
「帰る」
「バイバイ」
ジロウの冷たい声にも関心がないのか、そのまま部屋を出て行った。
「…なんか…不思議…。それにしても…なんでスカートなの?男なのに…。ま、いっか。俺もそろそろ出かけよっかなあ」
意外とあっさりしているジロウだった。

「なにしてんの?」
写真を取りに、カメラを持って出かけようと、ドアを開けたらそのすぐ脇にヒサシが座っていたのだ。
「ぼーっとしてた。」
「もうさぁ、はやくかえんなよ。心配してんじゃないの?」
「…帰る」
ヒサシはそう言って通りまで歩くと、左右に分かれている道をきょろきょろと見まわして、右へと曲がった。
しばらくそれを見送ってから、ジロウも歩き出す。
そして、ジロウは通りを左に曲がった。

ジロウは、いつもの公園に行く途中に、たまには違うところで写真を撮ろうと思い立って
いつもと違う通りを曲がった。
すると、目の前にガイドブックにも載っている有名な広場にたどり着く。
「相変わらず人が多いなあ、ここは」
ちょっとした人ごみの中をそのまま通りすぎようとすると、ふと見た事のある顔が…。
「あれって…ヒサシ…?」
噴水の前に腰掛けたヒサシが、若い男に声をかけられている。
どうするのか少しだけ近寄ってしばらく見ていると、なにやらもめ始めた。
「うるさいなぁ。あんたと何処にも行く気は無いんだよ。うざいんだよ」
「なんだと?人がせっかく誘ってやってんのに。ちょっと美人だからっていって調子に乗るなよ!」
そっけないヒサシの態度に男が苛立っているのが良く分かる。
「ちょ、ちょっと!」
あやうく胸倉を掴まれそうなところでヒサシと男の間にジロウは滑り込む。
見てみぬ振りは出来ないジロウだった。
「なんだよ、オマエ」
さっきまで爽やかな笑顔でヒサシに話しかけていた男がさっきとはうってかわって恐い顔でジロウを見ている。
「…この人、俺の連れなんです。」
「じゃあ、さっさとそう言えよ。」
チッと舌打ちして男は去って行った。
そしてまたすぐに爽やかな笑顔を振り撒いて、女の子に声をかけている。
「まったく、なにしてんの?」
「そっちこそ。俺、助けてくれなんて言ってないし。」
「ホント、可愛くない」
「可愛いなんて言われて喜ぶ男なんかいるかよ」
「ヒサシさぁ、帰ったんじゃなかったの?」
「…お腹すいた。」
「なんか食べれば?お金持ってんでしょ?」
「持ってない。持ち歩かない。持つ必要もない」
「…どういう生活してんの?ま、いいや。俺も朝ご飯食べてないし。なんか奢ってあげるよ」
座っているヒサシの手を引いて、近くのオープンカフェへと入る。
「いらっしゃいませ!」
窓際の日の差し込むテラスに案内される。
「なににする?」
「シャンパン」
「昼から?それにお腹空いたっていってたじゃん」
「シャンパンがいい」
しばらくすると、ウェイターが「御注文は?」と聞きに来る。
ジロウは、自分の分のコーヒーと、仕方なくシャンパンを。そして、クラブハウスサンドを頼む。
「ねえ」
ヒサシが呼ぶ
「なに?」
「なんでカメラ持ってんの?」
「写真とりにいくんだけど。」
「なんの?」
「この街並や、街の高台から見える景色とか。」
「人は?」
「撮らないよ。撮りたいと思う人がいないんだ。」
「ふーん」
ちょうどそこへ頼んだものを持ってウェイターがやってくる。
「かえんないの?」
「んー気が向いたら…アンタは?」
「アンタじゃなくて、ジロウ」
「ジロウは?どこ行くんだよ」
「この街の高台に写真を撮りに」
「俺も行く」
「行ってどうするの?」
「わかんない。でも行く」
「ま、いいけど」
ヒサシはテーブルの上のサンドイッチには手もつけず、シャンパンだけを飲んでいる。
「ちょっと!これも食べなよ!」
「美味しい…?」
美味しいよ、と答えようとすると…
「あージロウ!」
突然大きい声で自分の名前を呼ばれる。(あの声は…)
「てっこ君……」
昨日、俺より遥かに飲んでいるはずなのに元気なテル。
(テンション高いなあ)
「誰々?美人じゃーん。紹介してよ〜」
いつのまにか、ヒサシの向かいにちゃっかり座っている。
「…ヒサシだよ。」
しぶしぶ名前を教える。
「初めまして。俺テルでーす。てっこ、って呼んでー!ヒサちゃんかぁ、可愛いねぇ」
「ヒサシは男だよ。」
「あ、そうなの?じゃあ、なんでスカート?」
「さあ?なんで?」
ジロウはテルに聞かれて、そのままヒサシにたずねる。
「それしかなかった」
淡々と言うヒサシ。
「どういう生活してんの?」
ジロウは気になってヒサシに聞いてみるが、ヒサシは答えずにいつのまにかサンドイッチをかじっている。
「2人ともここでなにしてんの?」
というテルの問いに、ジロウはさあ?と答える。自分でも何をしているのか良くわかってないのだ。
(そういえば…なにしてんだろ?)
「てっこ君こそ」
「俺?俺はねぇ〜彼女と待ち合わせー」
「仕事は?」
「そんなの知らないもーん」
「知らないよ…そんなこと言って」
「別にいいもーん。ねえ、ヒサちゃん。」
「なに」
「似てるって言われない?」
「何に?」
「あー…」
「てっこ君、どうしたの?」
「うーん…ジロウちょっといい?」
テルが突然何かに気づいた様に真面目な声になる。そういえば、ヒサシの顔をさっきからじーっと見ていた。
「なに?」
「いや…ヒサちゃん、ジロウのことちょっと借りるねー。」
「別に」
と、ヒサシは言って、さらに勝手にシャンパンを頼んでいる。
(まだ飲むのかよー)
ジロウはテルに引っ張られながら思った。

テルはジロウを連れて店の端っこに連れて行くと、真面目な顔になる。
「ちょっとジロウ」
「あれ誰だか知ってるの?」
「えっ」
真面目な顔で聞くテルを不思議に思うジロウに、テルは話しを続ける。
「あれ、俺が昨日逢うはずだったお姫サマだよ?」
「は?何言ってんの?冗談?」
「ホントだって」
「だってヒサシは男だよ?」
「俺が言うんだから間違いないって。女の子の顔と綺麗な顔の男は忘れないんだから。」
(何処から出てくるんだよ、その自信は…)
ジロウは得意げに言うテルに呆れる。
「あっ、そう。で?ヒサシがお姫サマなの?」
「それが、俺が仕入れた情報によるとさ〜、本物は病気で来てないって。来てるのは弟の方だって話なんだよ。」
「じゃあ、あれはその弟のヒサシ、ってワケ?」
「そうだよ!これ、スクープだよ?!ちょっとさぁ『ローマの休日』みたいじゃん!!ジロウだって、元の現場に戻れる…」
「くだらなー、俺らもう行くから」
1人興奮するテルをほっといて、ジロウはスタスタと戻って行く
「ヒサシ行こ」
「シャンパン…」
「そんなのいいから!」
「なに怒ってんの?」
「怒ってないよ!」
ジロウは自分が何故こんなにいらいらしてるのか自分でも良く分からぬまま、会計を済ませて、店の外へ出る。
「ちょっと待ってよ〜2人ともさ〜」
慌てて追いかけるテル
「ねー2人共どこ行くの?」
「テルは彼女と待ち合わせなんでしょ?」
嫌味たっぷりに言うジロウ。
「そうだけど〜」
テルは先に行ってしまおうとする2人を追おうとするが、
「テルくーん!!お待たせぇ!」と声を掛けられる。
「あ、、」
「どうしたの?嬉しくないの?」
そこそこ美人の女の子がテルの腕に絡みついて、上目遣いにテルを見ている。
「嬉しいよ。でも今日は…」
女受けする得意の笑顔で返事をするテル。
「またダメとか言わないわよね?この間もそう言ったじゃない。今日こそ私に付き合ってもらうからね!」
「…はい…」
そう頷くしかないテルだった。
ジロウとヒサシはもう見えなくなってしまっていた。



続きます。
まだまだ長いです。(笑)


後編へGO!