熱帯魚は航海の友

 わたしの学生時代には練習船に乗り組んで一ヶ月〜半年間、国内や海外を航海する乗船実習が毎年ありました。家の熱帯魚の世話は家族に頼んでいましたが、航海中、熱帯魚と触れ合えないことはかなりのストレスでした。一年生の時の初めての乗船実習の時は、ひたすら熱帯魚の本を買って船内のベッドで読む日々でした。
 そんなことがあり、二年生の実習の時は、「熱帯魚を持っていこう」と決意し、フィルタ等の器具のいらないもので。ということで当時飼っていた卵生メダカ「オーストレリィオレンジ」を1ペア、アクエリアスレモンの1リットルペットボトル(当時は口が広くて魚類を入れやすかった)にピート、アメリカンスプライトを入れ、新幹線で乗船地である神戸に向いました。「ペットを持ってきた実習生は初めてだ。海に返してやれ。」とか教官の士官から言われたりしましたが、神戸から四国、長崎、鹿児島、名古屋、横浜と無事に一ヶ月の航海を乗りきりました。おまけに産卵までしておりました。途中長崎や鹿児島では、わたしのマネをしてアカヒレやベタを買い込む仲間もおりました。
 三年生の日本一周の航海のときは始めは熱帯魚を持って行かなかったのですが、日本を半周したあたりの山口県の萩で上陸したとき、たまたま通りがかった熱帯魚屋で思わずベタを買ってしまいました。そのベタも鏡に自分の姿を映してフィンディスプレイさせたりして、船内の人気者?になったのでした。
 卒業後の半年の帆船の航海では、アメリカ本土からの帰りの航海で寄港したハワイのアラモワナショッピングセンターでベタを購入しました。そのとき、わたしは魚に検疫がないことを知っていたので何も気にせず買ったのですが、これが2週間後の帰国時に大騒ぎとなったのでした。船で海外から帰国した場合、お土産類の持ちこみ品リストというのを作らされ、船室にずらりと並べて税関のチェックを受けるのですが、その事前調査で「ベタ(熱帯魚)」と書いて提出したところ、「ベタってなんだ?」「生き物は持ちこめるのか?」と船内の事務員、さらに練習船を運行している役所まで巻き込んで大騒ぎになっていたのです。結局、わたしの知識どおり「魚は検疫無し」で何の問題もなく通関できたのですが、船は役所と連絡を取りまくり、おそろしい通信費になったとか、役所は役所で「ベタとは何か?」と担当の人が二日がかりで調べたそうで、帰国した後で「こんなに調べたんだよ」とインターネットで検索した「ベタの飼いかた」なんていう数百枚からなる分厚い資料を渡されたのでした。とにはかくにもベタ一匹が大の大人数人を大混乱に陥れたのは間違いありません。
 以上、三回の航海を熱帯魚とともにしたわけですが、やはり熱帯魚がいるといないでは船内生活がだいぶ違います。やはり熱帯魚無しにはいられない性なんでしょうね。結局、わたしは船乗りにはならなかったので航海の友として今後の人生で熱帯魚を連れて行く事はないと思いますが、熱帯魚は十分航海の友になり得るのです。