エンデュアランス号漂流アルフレッド・ランシング,新潮社
1998年10月30日発行(2200円)


 必読書というのではないけれど、是非読まれることを推薦します。プロジェクトXでやった日本の南極観測隊の記録は、面白かったけれど、観測隊と探検隊とは、まったく別だというのがよく分かる。何より、一人1人の隊員が、けっして精神的、身体的に頑健ではないし、むしろ弱さを多く持っているのに関わらず、淡々として生き抜いたということに感銘を受ける。 

 エンデュアランス号はシャクルトンによる1914年の南極横断探検に利用された。ウエッデル海で、氷板に閉じ込められ、10ケ月間氷板とともに移動したが、夏季の解凍に伴う大圧迫によって、沈没。その後は6ケ月間、氷板にキャンプを張り、氷板とともに移動。ようやく海水面にたどり着き、最後は救命用のボートを漕いで、出発地のサウスジョージア島に、1人の死者をださずに生還した奇跡的冒険であった。船の名はシャクルトン家の先祖伝来の家言である「不屈の精神で勝利する」から取られた。

 アムンゼンVSスコットの南極点到達の戦いに続いてイギリス人探検家シャクルトンは南極大陸横断に挑戦した。しかしその途上で船は氷に押し潰され、絶望的な状況での漂流が始まる。


■サー・アーネスト・シャクルトン
(隊長)★
その顎は鋼鉄のようだった。灰色がかった瞳はその口と同様、陽気な表情を伝えたかと思うと、人を脅かすほどに冷たい光を放った。顔立ちは整っていたが、いつも何かに思いを凝らしているようで、時として暗い印象を与えることもあった。



 五千人を超える志願者が殺到した。それに対してシャクルトンは気まぐれと言われても仕方がないような方法をとった。見た目が気に入れば、即採用だった。第一印象ですべてが決められた。その選ばれた人間が以下の27人である。
 各人の性格や特徴的な行動についての描写を以下に示すが、全体としては誉め言葉がほとんどない。あらくれというのではないが、それぞれの人間的な弱さをあえて記述している。その彼らが17ケ月の極限的状況で、1人の精神異常者も、さらに死者も出すことなく、全員生還したというのは奇跡的だ。これをシャクルトンの圧倒的なリーダーシップによるとする論調は多い。
 私の読後感は逆だ。この一人一人の、時に身勝手なほどで、かつ限界を感じさせないタフさこそが、生還の要因である。
動物写真家の星野道夫は、北極グマに襲われて遭難
死したが、厳寒のアラスカでオーロラを撮るために1ケ月の単独キャンプ生活をした。その時の座右の書がこの1冊だったという。…巻末の逸話によれば、星野がキャンプ中最も気に入って、何度も見たのは週刊誌の「紀文のおでん」の湯気のたっているカラー写真だったという。


フランク・ワイルド(副隊長)
シャクルトンの1907年の南極探検に同行。その落ち着いた、事務的とすらいえる態度は、シャクルトンの気まぐれで癇癪持ちの性格と、実にバランスがとれていた。

フランク・ワースリー(船長)★
神経の細かい、夢みがちな性格。生来の楽天家で、いつもわくわくすること、思いも寄らぬ楽しい事件を待ち望んでいた。乗組員たちを指導・監督しなければと思ってはいるものの、悲しいかな彼には、いたましいほどにその才能がなかった。ニュージーランド人。…食料を貯める者と貯めない者という点でも二つの流派があった。ワースリーは貯めない派の第一人者で、食料を手に入れたら、ともかくその場でがつがつ平らげてしまう。
…ワースリーは激しやすく野蛮で、無責任とすら思われていた。が、この五日間、彼は操舵者として、そして小さなボートを操作する技術において、驚異的とも言うべき能力を発揮した。

ライオネル・グリーンストリート(1等航海士)
…そのただなかで、グリーンストリートが配給の粉ミルクをこぼしてしまった。かれはクラークに詰め寄り、クラークの喧嘩に気を取られたせいでこんなことになったと言い張った。…息を整えようとして言葉を切ったグリーンストリートは、ふと怒りが引いていくように感じて黙り込んだ。…髪はぼさぼさ、髭は伸び放題、顔は脂肪分のすすで汚れている。殻になったコップを手に、呆然と見下ろす視線の先には、彼の貴重なミルクを貪るに吸い込んでしまった雪があった。喪失感は痛ましいまでに大きく、彼はほとんど泣き出しそうたった。

ヒューバート・T・ハドソン(航海長)
ちょっとした変わり者だった。口は達者で、それは結構なのだが、いくぶん鈍いところがあった。…自分の容姿には多少なりとも自信を持っていたが、それ以外については劣等感のかたまりだった。
…ほぼ72時間ぶっとおしで舵柄を握り続けたハドソンは、臀部の左側に痛みを訴えていたが、痛みはドンドンひどくなり、ついにその部位が腫れてきてしまった。

トマス・クリーン(ニ等航海士)★
スコットの1901年の探検に同行。背が高くボート選手のような体つきをした、率直な物言いをするアイルランド人。英国海軍勤務。…やさしい性格とはとても言えなかったが、…命令には絶対服従する。
だがクリーンには、性格的に粗野で機転のきかないところがあり、島でおそらく長期にわたり、黙ってただ待つという生活には向かないだろうとシャクルトンは考えた。

アルフレッド・チーザム(三等航海士)
シャクルトンと1度、スコットと1度、南極を経験したベテラン。背が低く、控えめで穏やかな性格。

ルイス・リッキンソン(1等機関士)
初めのうちは、この残忍なアザラシ殺しを嫌がった者もいた。リッキンソンが特にそうで、ひどく怯えていた。が、それも長くは続かなかった。生き抜くことへの強い意志は、食物を得る方法に対するためらいなど、軽く吹き飛ばしてしまった。

A・J・カー(ニ等機関士)

アリキサンダー・H・マクリン(船医)

ジェイムス・A・マッキルロイ(船医)
貴族的な雰囲気のある男。辛辣な皮肉屋の側面がある。

ジェイムス・M・ワーディ(地質学者)

レナード・D・A・ハッセー(気象学者)
情熱的でかっとなりやすい性格。応募の時点では、気象学者としての資格は何一つ持っていなかった。
ときには辛辣な口を聞いたが、自分が冗談の対象にされても、機嫌を損ねたりすることはまずなかった。

レジナルド・W・ジェイムス(物理学者)
そもそも探検になど参加するべきではなかったのだろう。…実用的なことになるときわめて不器用で、なまけがちだった。他の隊員たちにとって、この探検の最高の魅力である冒険的な側面も、ジェームスの心を踊らせはしなかった。

ロバート・S・クラーク(生物学者)
頑固で勤勉で、石頭のスコットランド人。

ジェイムス・フランシス・ハーレー(写真家)
お世辞にのりやすく、いつもおだてられ、大事にされないと気がすまない性質だった。シャクルトンはこの性格を恐れた。…また、ハーレーには自分と一緒のテントを割り当てた。これは、ハーレーの上流志向を満足させると同時に、他の不満分子と会う機会を最小限に抑える効果があった。

ジョーシ・E・マーストン(画家)
隊員の中では珍しく妻子持ち。1907年のシャャクルトンの探検に同行経験。
気分にむらがあり、将来に対する不安をあからさまに見せた。気分が沈んでいるときはいつも、故国に残してきた妻子のことを思ってくよくよしていた。シャクルトンはこういった性格にはっきりと嫌悪を示した。

トマス・H・オーデリー(倉庫管理係)
全メンバーの中で、間違いなく、最も変わった男だった。そしておそらく、最も腕っぷしの強い男でもあった、。…しかし、仲間からどれほどからかわれても、決してかっとなって殴りかかったりしなかった。…彼が小心者というわけではなかった。危険をおかすということに関しては、彼は愚かなほどに大胆不敵だった。…基本的には怠惰だった。その怠惰さを恥じている様子はなかった。…彼は餓死することを異常なまでに恐れており、そのため食料の消費を出来る限り抑えようと努めた。…あらゆるものを貯め込むため、かれの持ち物が狭いテントの中でむやみに場所をとっていた。
…驚いたことに、オーデリーがグリーンストリートの足をマッサージしようと申し出た。オーテ゜リーは長時間マッサージを施した後、シャツの胸を開いて、グリーンストリートの半分凍った足を自分の胸に直につけ、体温で温めた。

トマス・マクニーシュ(船大工)★
56歳という年齢は他の隊員の平均年齢の倍を越えており…。船大工として並外れた腕を持っていた。彼が定規を使うところを見た者はいない。…ホームシックもひどく、故郷を思ってくよくよしていた。

チャールズ・j・ グリーン(料理人)
かたくななまでに誠実な、ちょっとした変わり者だった。どこか散漫で、支離滅裂なところがあったからだ。…時として乗組員たちの容赦のないからかいの対象になった。

ウォルター・ハウ(AB級甲板員)
穏やかで人あたりがよく、かつきわめて有能な甲板員。
ハウとスティーブンソンは、水のかき出しをしていないときは、お互いに抱き合うようにして、何とかぬくもりを得ようとしていた。

ウィリアム・ベークウェル(AB級甲板員)
カナダ人。

ティモシー・マッカーシー(AB級甲板員)★
どんなときも誰ともトラブルを起こすことなく、皆から好かれていた。

トマス・マクロード(AB級甲板員)
4月3日はマクロードの49回目の誕生日だった。

ジョン・ヴィンセント(AB級甲板員)★
船員たちの中で抜群に腕っぷしが強かった。この腕力にものを言わせ、仲間たちを支配しようとした。他の船員たちは彼を人間として嫌うだけでなく、船員としての能力も疑問視していた。

アーネスト・ホルネス(機関員)
「誰かが落ちたぞ」これを聞いたシャクルトンはテントめがけて突進し、死にもの狂いでテントをかき分けた。やっとの思いでテントを完全に取り払うと、水の中にもがいている物体の影が見えた−−寝袋に入った人間だ。シャクルトンは手を伸ばすと、信じられないほどの力を込め、一回で寝袋を引き上げた。その直後、二つに分かれた氷盤はすさまじい衝撃音とともにぶつかり合い、一つになった。寝袋の中の人間はホルネスだった。
…シャクルトンは服が乾くまで、体を動かしつづけるよう命じた。その後ずっと、男たちは交代で、ホルネスに付き合って氷盤を歩き回った。その間、彼の凍った衣類にひびが入る音や、体にぶらさがった氷の結晶がたてる風鈴のような音が絶えなかった。濡れた衣服については何一つ愚痴をこぼさなかったホルネスだが、水の中に貴重な煙草を落としてしまったことについては、いつまでもぶつぶつと文句を言っていた。
…ホルネスは頭をそらすタイミングを失して、前歯二本を海錨に思い切りぶつけて折ってしまった。涙がこぼれて髭に流れ、そのまま凍り付いた。

ウィリアム・スティーヴンソン(機関員)
最も環境の悪いボートはウェルズ号だった。時には膝まで水をかぶることもあった。…機関員のスティーブンソンは、時折顔を両手に埋めては声をあげて泣いた。

パース・ブラックボロ(密航者のち料理手伝い)
密航者として発見されたときシャクルトンから「もしいつか、食料がすっかりなくなって、この中から誰かを食わなくちゃいけなくなったら、まずお前から食う。それでもいいか?」と言われた。ウエールズ人。きわめて控えめ性格だったが、頭の回転が早く、皆から好かれた。…先々のために備えるといって頑固にフェルトのブーツをはかず、皮のブーツで通していたブラックボロは、やがて脚の感覚が全くなくなっていた。…彼はけっして愚痴をこぼさなかったが、壊疽が始まるのは時間の問題だと知っていた。






【BOOK LIBLARY】