ダゲレオタイプ・カメラが発明された3月19日?      2002-3-21 




横井吉助氏所蔵のレプリカ
DAGUERREOTYPE 1939 ALPH GIROUX
No.2670 LEREBOUR et ECRETA N.a.Pari

■LYCOSで「今日のお勧めサイト」として、私の「カメラの触感」が、この3月19日に以下のように紹介された。
……
【カメラの触感】
今日はカメラが発明された記念日。デジカメが定着してもカメラはやっぱり存在感が大切。このサイトでクラシックカメラの魅力に触れよう。

……
何ゆえ3月19日に紹介されたのか、その理由は、紹介文を読んで、初めて分った。これでは、紹介されるに値しない勉強不足のサイトであることを、証明したようなものだ。カメラの発明されたのが3月19日だなんて知らなかった。

■ウエブ「今日は何の日」で調べると…
3月19日 カメラ発明記念日
1839(天保10)年、フランスのルイ・マンデ・ダゲールが写真機を発明しました。
この写真機は「ダゲレオタイプ」と呼ばれ、長時間露光させるため写真機の前で長い間じっとしていなければなりませんでしたが、大変な人気を集めました。


とある。カメラおよび写真の発明は、多くの人がかかわり、長い年月を経て、今日に至っているので、ダゲールのダゲレオタイプをもって、カメラの発明と特定することはできない。ニエプスの名前は、最初の写真と共に忘れてはならないし、イギリスとフランスの競争としての写真技法開発において、ダゲールの競争者であるタルボットの寄与も少なくない。

■ここでは、ともかくダゲレオタイプの発明をもって、どなたかがカメラ発明記念日としたらしいということ。たしかに、ニエプスやタルボットの業績の中で、かれらが使ったカメラに関する記述は、一般的には知られていないので、ダゲレオタイプをもってカメラの発明とするのは、許容できる。しかし、何故3月19日か。一体、何処のどなたがそんなことを決めたのか。日本カメラ博物館などのウエブを調べても、3月19日をカメラ発明記念日として、記述しているところは発見できない。ただ多くのカレンダー(何の日)サイトが、みな同様の表現の引き写しで、この日をカメラ発明記念日としているだけだ。どうも納得できない。
カメラのおもちゃ箱(http://camera-toybox.com/hyoshi.html)の中のカメラ箱物館には、きれいなダゲレオタイプの実物写真とともに1839年8月19日をジローダゲレオタイプカメラの販売開始日としている。
私の推理は、この1839年8月19日を、だれかが8と3を間違えて、カメラ発明記念日にしてしまったのではないかというものだ。
間違っていたらすみません。

■クラシックカメラ選書7の「写真の夜明け」(ニューホール:朝日ソノラマ,1996)によって1839年当時のダゲールらの行動を追ってみよう。


1月2日 ダゲールは彼の提携者イシドール・ニエプス(ニエプスの子)への手紙で次のように書いた。「ついに私はアラゴ氏に会った。…私はアラゴ氏の考えに全面的に賛同する。それはこの発見を政府に買ってもらうことである。」
1月6日 パリの新聞「ガゼット・ドゥ・フランス」紙は次のように報じた。「ジオラマの著名な画家であるダゲール氏によってなされた重要な発見について。この発見は驚異のように思われる。そしてもしも立証されるならば意匠芸術において革命になる見込みである。…ダゲール氏が彼自身の名前にちなんで呼ぶことを意図している器具−−ダゲロタイプの勝利である。」(この時点ではこれらの技術的詳細はダゲールの秘密であった。)
1月7日 パリ天文台の台長、そして科学アカデミーの常任書記であったアラゴは、この日、科学アカデミーで、ダゲールの方法の概要を発表した。
1月25日 英国王立科学研究所の定期的な金曜日の会合の終わりにファラデーはタルボットとダゲールの両者の発見を発表した。
2月2日 「アスニアム」誌と「メカニクスマガジン」、および「ロンドン・エジンバラ哲学雑誌」にタルボット自身によって書かれた正式の論文が掲載された。それは14ページのパンフレットとして配布され、この形では世界における写真に関する最初の出版物となった。
3月8日 ちょうどお昼前に、切符売り子が、マチネーの呼び込みをしていた時、煙の臭いを嗅いだ。数分にして劇場は燃えていた。…30分足らずで、ジオラマは壊滅した。幸いにして、隣接したビルの6階にあるダゲールの部屋はひどい被害を受けなかった。彼の写真研究に関するノートを収めている折り鞄は救われた。
6月22日 ダゲールとイシドール・ニエプスは、ダゲール夫人の親類であるアルフォンス・ジロー社と「ダゲレオタイプの装置を構成している色々な設備の部品を製造する権利を与える」契約を結んだ。
8月14日 ダゲールは密かに7月15日に英国特許を出願し、この日、女王陛下の特許8194号が発効した。
8月19日 フランス政府はダゲールとイシドール・ニエプスに、彼らの発明を公開(フランスにおける独占権の放棄)することの対価として終身年金を与えることを決定し、この日に彼らの方法を公に発表することを命令した。セーヌ河畔の美しいパレ・デ・ランスチチュ講堂でダゲールの代わりにアラゴが以下の方法を発表して、ダゲレオタイプの秘密が明らかになった。
 (1)銀メッキした銅版を磨く。
 (2)沃素でそれを感光性にする。
 (3)カメラの中でそれを露出する。
 (4)水銀蒸気によって潜像を見えるようにする。
 (5)ハイポで定着し水で洗い、乾かす。
9月3日 最初のダゲレオタイプによる公開実験が行われる。


■ダゲレオタイプ型カメラは、ダゲールが1937年頃から使って、初期の写真実験に成功している。販売用カメラとしては、A・ジロー社が、ダゲールとの契約に基づいて製作・販売された。シャルル・シュバリエの色消しの2枚構成の380mm(別文献:カメラ半世紀,横井吉助によれば単玉の410mm,F1.7)レンズを取付けたマホガニー製である。
以上より、ジロー社のカメラ発売をもってカメラ発明と定義すると、ダゲールとの実施権契約した6月22日以前とすることはおかしいので、秘密が公開された8月19日以降とすべきだ。
ジローの作ったものでなく、ダゲールがその前から使っていたカメラを発明品とすると、1839年以前となってしまう。すなわち、ダゲレオタイプの発明を1839年3月19日とすることの根拠はないということができる。
これが、頭書の私の推論の根拠である。3月19日「カメラ発明記念日」はやめにした方が良いと思うのだが、どなたに言えばよいのだろうか。





【カメラの触感】