土門拳のニコン                  2000-5-6 


■土門拳は小型カメラに対してはこだわりを持っていなかったのではないかと思う。伝記(土門拳:阿部博行,法政大学出版会)には以下のように記述がある。……宮内写場での徒弟時代の愛機は叔父から借りっぱなしの手札版のアンゴーで、7フィート目測スナップが片手で無意識でできるようになるまで訓練した。……名取洋之助の日本工房でプロとなったときは、名取の使い古したライカDVにズンマーのF2をつけて撮影旅行にいったり……土門は自前のカメラをもっていなかった。日本工房時代のライカ、振興会時代のスピグラは、いずれも団体の共有財産であったが、土門の私物のように使った。……始めて自分で購入したのは小西六製のキャビネ判組み立てカメラのホームポートレートであった。……昭和24年弟子の三木淳はライフの仕事で18万円の原稿料をもらい、約半分を割いて土門に新品のライカをプレゼントした。……三池闘争でのデモで、白いヘルメットに報道の腕章の土門もまきこまれ、機動隊員に投げ飛ばされた。手にしていたライカM3は無事だった。

■ 土門に私淑した秋田営林署の八木下弘の「土門拳を撮る」には、土門の撮影姿がいくつか写っているが、中でも昭和30年の写真にミランダをぶら下げたものがある。昭和30は国産初のプンタプリズム式一眼レフであるミランダTの発売年であるから、さっそくそれを使ったのだろうか。

■ 脳梗塞で倒れた後は、ベットの上でライカM3の操作訓練をしている写真が残ってはいるが、小型カメラをあまり使うことはなかったようだ。最後まで使っていたと思われるニコンSPが酒田の土門拳記念館に展示されている。ボディは黒で、使い込まれたような塗装剥がれは少ない。交換レンズは85mmのF1.5、35mmのF2.8と28mmのF3.5であり、大きな画角差を求めないスナップ用の組み合わせと見える。


土門拳記念館(酒田)にて




【カメラの触感】