カメラの「刷り込み」(2)                 2000-9-7 


■前回書いた黒崎先生とカメラの関わりがもっと分からないかと、インターネット検索をしていたら、聞き捨てならない発言が目にとまった。アサヒカメラの「電電カメラ辛口巷談(中川政昭 筆)」というコーナーである。筆者の方は、いうなればIT写真家で桑沢デザインで授業もされているプロである。以下に該当部分を引用させていただく。

■「カメラと家電メーカーをめぐる10の考察」

第2話
 カメラ店からの情報で、中古関係は「物」への自慰的な物語づけによる区別感を楽しむ客が多く、潤っているとのことだ。いやはや哲学者黒崎宏氏(成城大学文芸学部教授)のご学友かと思えるような店だった。しかし、これもひとえに田中長徳氏の努力のたまものだろうか……。
その店の言では、一眼レフカメラの総販売数は落ち込んでいて、購買層の年齢は相当高いとのことだ。アサヒカメラのコンテストには女子高生が応募してきたそうだからそんなことはないと思いたいが、かつて取材などで協力をいただいた著名カメラ店での言葉を今も思い出す。「趣味はゲートボールか写真」という客なのだが、この「写真」という言葉は「写真機」が正しいと。
「今、中古カメラ売り場巡りを楽しむ人の多くが行き着く先だよ……。」とも、「パソコンとは天敵関係だ」とも教えてくれた。

「物」への自慰的な物語づけによる区別感とおっしゃるが、その言葉をそっくり中川さんの作品に返すことが可能である。表現が品がないので私にはカチンとくるのだが、ようするに氏の言葉は「価値観」と同義であり、同氏が言外に匂わす侮蔑は的外れなのである。同氏の作品が同氏の価値観の表出であると同様に、カメラ好きはカメラ好きの価値観を持っているということである。

■趣味の世界では、このような議論は常にある。かってオーティオが全盛であったころ、高価なシステムをいじりまわしながら、音楽をあまり聴かない人に対して、オーディオ装置には関心を持たず、音楽会に通いつめる人が同じことを言った。かれらの「趣味は音楽」という言葉は単なる「音再生」が正しい。

■写真を趣味とすることが、写真機を趣味とすることより意義あるものと考えるのは、それはまさにその人の趣味にすぎない。だから同氏の発言が聞き捨てならないのである。




【カメラの触感】