ベンタックスカメラ博物館の見学                      2002-11-24 



■平日の僅かな時間をとって、益子のペンタックス・カメラ博物館を見学した。同館は、土日・祭日が休館である。その理由は、博物館がペンタックスの益子工場の敷地内にあるためで、工場の休業時が休館になるのである。春と秋の益子焼の陶器市の期間中は休日でも開館するとのこと。陶器市には出かけるのだが、このときは女房殿の運転手兼荷物持ちであるので、カメラ博物館まで足を伸ばすことが出来ない。ということで、なかなか機会がないままであったが、仙台に仕事で出かけた帰り道に宇都宮インターで東北道を降りて、益子に向かった。


■正門入口の守衛さんに断ると、博物館は入口横の管理棟と思われる建屋の3階にあるとのこと。最近、コニカがついに銀塩フィルム式コンパクトカメラの製造を終息し、デジカメに資源集中すると報道された。この益子工場では、どんなカメラを生産しているのだろうか、途中で出会う従業員が、この不要不急の来客にきちんと挨拶する。がんばってカメラを作り続けて頂きたい。
 ごくふつうの事務所風の階段を上がった、上の図(パンフレットより複写)のような30m×10mほどの細長い部屋が博物館である。受付けで記帳させられるが、それ以前の記帳者を眺めてみると1日10人程度しか記帳していない。もちろん、室内には自分ひとりであるから、ゆったりと見学できる。

■通常、沢山並んだカメラを見るとき、それらカメラに値札がついている。値札がつかずにショーウインドーにならぶカメラを見るという経験ははじめてである。カメラを購入の対象としたり、物欲の対象としないで、見るというのはとても精神衛生によろしい。普通の中古カメラ屋は、ブランド別、価格帯別に展示しているが、ここでは年代順である。特定のカメラを、特別扱いして奉るということがない。一部のカメラだけが本物で、他はコピー商品に過ぎないとするような、近年の「クラカメ風潮」はここにはない。ともかく、順番に見ていく。

■最初の関心は、タルボットとダゲールのカメラと写真開発に対する関係である。入口から一台目のカメラはジローのダゲレオタイプであった。タルボットが使ったカメラを見たいという希望は果たせなかった。しかし、ダゲレオタイプの銅版写真はいかにも古臭いのに対して、タルボットがダゲールよりも早く発明したカロタイプは現代の印画紙と同じ質感で、どちらが現代写真に近いかというと、カロタイプに軍配を上げたい。1835年、紙ネガから紙焼きに成功したもので、ラコック・アベイという彼の別荘の窓からの風景写真である。
 また、ダゲレオタイプを使った最近の実写写真が展示されているのだが、露光時間1時間に対して、3人の女性モデルのうち1人は30数分で倒れてしまったので、影だけしか写っていないと説明文に書いてある。

■次はフォクトレンダーの全金属カメラに目が行くが、全て旋盤で削り出した真鍮ボディーは、カメラというより望遠鏡的で面白みがない。むしろその後の世代のマホガニーやチーク材をフレームに用いた、いわゆる「……トロピカル」というカメラの工作が、とてもカラクリめいて面白い。そんな中で、1888年にフランスのフランセーズ商会が発売したフォトスフィル(Photosphere)で、黒染め鉄板の外観で、近代的なカメラのイメージを先取りしている。説明によると木製構造を鉄板で覆ったものだそうで、デザイン的特徴であるお椀を伏せて、その底からレンズ鏡胴がつきだした形態は、まわりの工芸的カメラの中で異彩を放っている。お椀デザインの理由は、その中に円板スリットシャッターを取り付けたためであるという。

■また1860年代に「鉄板写真」(Ferrotype Photography)がアメリカで流行したとあるが、今まで本等では気づかなかった話である。ガラス板の代わりに鉄板を黒色に塗装して、コロジオン湿板に陽画を形成するもので、処理時間が短く、1分間写真として流行したようだ。サビは発生していなく画像はかなり鮮明である。また、下岡蓮丈に写真を教えたのは、ウンシンだと覚えていたが、ここでは「ウンホル」だと説明されていた。

■1900年頃からの展示品は、みなカメラレビューなどの雑誌やで見かける物が多い。とは言え、実物は初めてというものも少なくないが、戦後になると、品数は、大きな中古カメラ屋の方が多いぐらいで、この当たりになると、自分は持っているものがあったり、逆に自分が持っているのに展示されていなかったりで、それぞれ自己満足しながら眺める。期待していたズノーは展示されていなかったが、M3の発売後、競争力を失ったレオタックスが倒産後、債権者によって1959年登場させられた「レオタックスG」の、何とかM3に追いつこうととした設計が興味深かった。

■小一時間見学して帰る。この博物館はペンタックスの創業者である松本三郎が、明治100年の記念事業として1967年に設立した、日本初のカメラ博物館である。1967年といえば、大学の写真部員の半数はペンタックスを使っていたという旭光学の全盛期である。当初麻布にあったものが、今、栃木県の益子事業所で、ひっそりと訪問者を待っている。
   ・場所……真岡鉄道益子駅より2km(ペンタクス株益子事業所内)
   ・開館時間……午前9時30分〜午後5時
   ・休館…………土日・祭日(益子焼春と秋の陶器市機関中は臨時開館)
   ・入館料………無料




【カメラの触感】