東松照明と学生写真                                            2000-8-15 
                                                                                                                                           2001-6-13 写真削除


■自分にとっての東松照明は「家」と「アスファルト」の作者である。極めて日常的なモノが、非日常的な表情を見せ、そのモノの背後の人間までが写し込まれている。戦後の巨匠的写真の多くはリアリズムを標榜し、情緒的であったり、対象の主観的表現をすることを排除してきた。にもかかわらず、それらの写真は作者にとって納得のいく現実であって、結果的にそれぞれの流儀が様式化し、それが対象以上に表出されている。それゆえ若いころの自分にとっては反発の対象であった。

■1960年代、土門拳や木村伊兵衛ら旧来の巨匠の影響下にあった学生写真に、それとは異なるアプローチを示したのがVIVOの作者たち、中でも東松照明であったように思う。最近、「東松照明1951−60」(作品社,2000-4-25第1刷,5800円)という写真集が発行された。そこには、今まで見ることのなかった1950年代の学生時代を含む写真がある。これらの写真は自分の東松感を覆すものとなった。それはまるで土門拳の下町の子供写真と同じではないか。ここから東松は出発したのだ。そしてその延長では決して乗り越えられない巨匠的リアリズムから脱却していったのだと理解したい。

■巻末に愛知大学の学生時代の写真仲間であった斎藤良吉氏の文章がある。「……昭和25年5月、薄暗い校舎の一部屋で、どこかから借りてきた写真電球二灯を使い(資金作りとして新入生の身分照明書用の)顔写真を撮っていたのだが、そんなところに新入生の東松がひょっこり入ってきたのである。彼は顔写真を撮ってもらうために来たのではなく、写真部に入りたいということで自分が撮った写真をかかえこんでやってきたのである。その写真を見たとき、何か心にドスンとくるものを感じ私は驚いてしまった。我々はそれまで記念写真しか撮っていなかったのに、彼の写真には我々とは異質なものが表現されていることを感じたのである。……東松の情熱と彼の人間的な魅力は、まず、中部学生写真連盟の結成となって実現した。昭和26年11月のことである。東松自身の中に、高まりつつあった新しい写真を志向するエネルギーは、まず学生写真界で燃え上がったのである。……日本各地でのこうしたエネルギーの高まりは、昭和27年5月5日、全日本学生写真連盟の結成へと集結した。……」




【カメラの触感】