両国・深川散歩記録             2006-5-20 


2006-4-22(土)散歩会



ライカM7 ズミクロン35mm f:2


写真 メモ
■曇天の土曜日、桜も過ぎて、人出も多くない。11時、日の出桟橋発の水上バスで、浅草に向かう。さっそく缶ビールを開けながら、水面に近い視線からの景色を楽しむ。ホームレスのテント村は以前より少なくなっているように見える。水上バスは吾妻橋のたもとに到着した。
■TV番組の撮影のために同乗していた巨大な中国人2人と撮影スタッフは、浅草方面に向かった。我々は、吾妻橋を渡って、隅田川の下流に向かう。
■厩橋の鉄鋲が印象的。
厩橋あたりから「本所」となる。関東大震災の最大の被害地である「本所被服廠跡」は、当時も公園用地としての空き地であったため、避難者が集まり大惨事になったとのこと。現在「横網町公園」として整備されている。みんな「よこずな」と読んでいたが、実は「よこあみ」であることに気がついた。公園内には戦前に建築された洋風建築の震災復興記念館と東京都慰霊堂がある。慰霊堂は外観は日本建築だが、構造はヨーロッパのカテドラルを想起させる広い内部空間と左右側廊を持つコンクリート建築。ここから「旧安田庭園」の中を横切って、国技館前にでる。
■両国駅を過ぎて、まずは赤穂浪士の討ち入り先である「吉良邸」を目指すが、その手前で蕎麦屋に入る。吉良邸はまわりを民家に囲まれた10メートル四方の坪庭のような感じ。首洗いの井戸があったりして、なるほどという感じ。
■有名な「回向院」は本堂はコンクリート作りで現代的だが、多くの由緒ある石碑が多い。写真は回向院相撲を記念する石碑である。共同納骨堂のなかは、物見遊山では覗きにくい雰囲気だった。
回向院をでて少し行くと、「両国花火資料館」の看板を見つけて覗く。狭いスペースであったが、熱心に花火の説明をしていただく。
■首都高速の支柱が立つ「一之橋」あたり。
■隅田川テラスと呼ばれる川沿いの遊歩道を歩いて「新大橋をくぐり「芭蕉記念館」を目指すが、遊歩道側から入れず。ただしその先に「芭蕉庵史跡展望庭園」があり、芭蕉像が座っている。この像は、回転するようになっていて、触ると少し動く。見ている間は動かなかった。このあたりは清洲橋もみえて、また高速道路の圧迫感もなくて、広々とした隅田川の景色を楽しめる。

■この展望公園から万年橋に向かう横丁の一角に、本来の芭蕉旧居跡があり、稲荷となっていた。隣家のおじさんが説明役。自分は小さな箱庭を作っていて、ご自慢。
■万年橋を渡ると「北の海部屋」と「大鵬部屋」がある。さらに清澄で、「清澄公園」の江戸時代からの庭園を見学する。最初の持ち主は紀伊国屋文左衛門であったとのこと。公園のすぐそばが、下町深川情緒を残そうとした一角があり、みやげ物屋などがあり、その先が「深川江戸資料館」である。実物大の下町ジオラマに入って、タイムスリップ気分を味わう。

■そろそろ夕方になり、森下あたりの居酒屋に入ろうと町を歩く。なぜかピカソの「ゲルニカ」を発見。元祖カレーパンは売り切れで残念。見つけた居酒屋は5時前だというのに満員。とても入りたいいい雰囲気だった。
■次に見つけたやきとり「山利喜」には列を作っていた。我々は、並びの馬肉屋「みの屋」に入る。下町らしい、せっかちなお店で、仲居さんの勢いにのってさっさと飲んで鍋を食べて出る。記念写真を撮って、帰ろうとすると、さっきから待っていた「山利喜」の客はまだ入れていなかった。いっちはいい気分で帰路につく。


<注>コニカミノルタがカメラ・写真事業から撤退する。ヨドバシに同社の最終在庫品のリバーサル・フィルム「SINBI」が破格値で山積みされていた。ということで、今回は、それを使ったのが上の写真。ISO150に増感して使ったのが失敗だったか。曇天のため発色が良くない。



【かめさん会】