京浜工業地帯探訪                              2008-2-16 


2008-2-2(土)散歩会


横浜市認定歴史的建造物

   
VHS発祥地                           キリン・ビア・ビレッジ

■JR新子安駅から海に向ってまっすぐ歩く。最初にビクターの懐かしい「His master`s voice」のレリーフを見る。遠くに海が見え、船が係留されているようなので、トラックが続々と走り抜ける中を歩く。昼のビールを飲んでしまったあとでは、こんな危ない道は歩けない。当初の予定は鶴見から歩いて、午後に日産に行くつもりだったが、Kさんより、酔っ払って日産に行くのは失礼との元技術管理職らしい提案があり、新子安から歩いたので、まだ酔っ払っていないで良かった。埠頭にいたのはKDDIの海底ケーブル敷設船であった。隣は昭和電線の工場である。作ったケーブルをそのまま船に積載するという究極のロジステックである。
 少し戻って、トラック街道を日産横浜工場まで歩く。日産が昭和8年に創業したときの本社ビル(横浜工場一号館)がエンジン博物館として一般開放されている。トヨタの産業技術記念館と比較すると桁違いにその規模を小さいが、エンジンに特化した展示は、必ずしもわれわれのように非専門家には、それらの技術的意義は分らないけれども、「技術の日産」と気概を感じさせるものであった。
■次はキリンの横浜工場である。昼食に来たのだが、そのまま案内に従って、工場見学の流れに入ってしまった。休日のためラインは停止していた。長大なラインが動き出す瞬間はどのようなものか、それを見てみたいと思った。レストランでは、冬だけの「ホット・ビール」を注文したが、残念ながら、話のタネとしての意義しか見いだせなかった。ビールは冬でもやはり冷えていた方がうまい。
■さらに「国道駅」→「総持寺」を経由してJR鶴見駅で解散。日産ではGTRのミニカー、キリンでは小ジョッキ2杯の試飲をさせていただくというおまけつきの散歩会であった。 


  
fisheye-nikkor 8mm /Nikon F


■今回は別件と重なったHさんからのメールの一部を引用させていただく。
 …… 日産エンジン工場の案内の中に「ゲストホールの建物は、1934年に横浜工場1号館として誕生してから1968年に本社が東京・銀座に移転するまで本社として利用されていました。市内唯一の戦前期の工場事務所ビルとし、2002年11月、横浜市より歴史的建造物に認定されました」とあります。われらがN号建屋もこのくらいでしょうか? 市指定の記念館になれたかもしれません。一階から二階への階段の趣きは確かにあったことを思い出しました 私達はあそこの2階で極秘裏に開発していました。このような日本を支えてきたものが意外と残されていないことがこの日産のコメントから判りました。……


16号1階正面階段


(2008-12-21)追記
12/19開催の夜の部にkabu氏が持参した京浜工業地帯の夜景を以下に追加させていただく。京浜運河ナイトクルーズの様子である。
■ウエブで、どのようなツアーかチェックしてみた。いろいろあるようだ。

工場夜景ジャングルクルーズhttp://www.reservedcruise.com/fact/
YOKOHAMA CANEL CRUISEhttp://yokohamacanal.blogspot.com/2008/10/blog-post_6408.html

2008-09-14 Richo デジカメによる


【かめさん会】