ルルドにて


(2006-11-15)



ルルドの聖水
ルルドでいただいてから6年経過した。中身はどうなっているのだろうか。


 かしこには担架の上に重病人が横たわっている。朽葉色の顔をした男が眼を開く。
とつぜんとぼされた二つの残り火が灰色のまぶたのなかにひかる。
彼はむさぼるように聖体盒をみつめ、やがてすべてが消える。
一瞬照らされた彼の顔はふたたび暗黒な顔となる。
結核性脊椎炎をやむ女は膿汁に溺れながら、眼も開かない。彼女はもはやこの世のものとも思われない。
他の女たちも昏睡のなかに落ちている。ひとりの娘ははたでいくら拭いてやっても血泡をふいている。
病み、疲れ、汚れた悲惨な群集。その頭上に燦然と輝く大蝋燭。
…これは作家のユイスマンが「ルルドの群集」の中に描き出した寺内の光景
彼の把握した限りでのキリスト教の真髄だ…


フランスの聖者たち−古寺巡礼の手帖:渡邊昌美,大阪書籍,(1984年)引用
ルルドの群集:J.K.ユイスマンス,国書刊行会,(1994)



[奇跡の聖地ルルド:田中澄江、(写真)菅井日人,講談社(1984年)]の表紙写真を引用させていただく


■ここはサンチャゴ巡礼のページなので、ルルドのことを書くのは関係無いと言われそうだが、ヨーロッパ巡礼の現実を目の当たりにした、ある種衝撃的な体験であったので書かせていただく。しかも、ルルドはサンチャゴ巡礼の出発点のひとつ、サン・ジャン・ピエ・ド・ポーの近くなのである。サンチャゴの道を歩くことは自己修養であり、結局は自己満足、自慢話しのネタにすぎないと言われても仕方ない。しかしルルドはもっと切実な、生と死の境目の最後のよりどころとして、「生きたい」という切望をかけた「現在でも生きている巡礼地」なのである。
 2001年の年末29日(土)の朝ボルドーを発つ。モワサックで4時間弱歩きまわってからツールーズで乗り換えてルルドに向かった。 
     【Bordeaux-St-Jean(7:30)------Moissac(9:19)】  
             →【Moissac(12:55)-----Toulouse-Matabniau(13:54】
                     →【Toulouse-Matabniau(13:59)-----Lourdes(15:54)】

■ホテルを予約していなかったので、ルルド駅から歩き始めて、最初に見つけた小さなホテルに飛び込む。ともかく、洞窟に行こう。マサビエルのグロッタと言うはずだが、ここルルドではグロッタ(洞窟)としか言わない。厳密には何でもグロッタというわけではなく人工の洞窟はロカイユという。自分が初めてルルドという名を耳にしたのは若い頃に五島列島を旅しているときであった。五島の南端、ちょうど台風の直撃を受けている暴風の大瀬崎を訪ねたついでに井持ケ浦の天主堂に立ち寄った。その庭のちょっとした岩肌のくぼみにマリア像を飾って、ルルドという看板を立てていた。これは今にして思えばロカイユだ。このとき初めて「ルルドって何」という疑問と、興味を持った。それからほぼ25年たって、実際にルルドに来た。なんとなく関心を持って、田中澄江のルルド訪問記などを読んでいたのだが、まさか本当にルルドに来てしまうとは思っていなかった。トーマスクックの時刻表を眺めていて、鉄道で簡単にルルドに行けることを知ったのがきっかけだった。むしろ、この鉄道はヨーロッパ各地から巡礼を運ぶために敷設されたのである。ユイスマンスは1903年にルルドを訪問しているが、各地から特別列車が仕立てられ、続々と瀕死の病人が運び込まれる壮絶な状況を描いている。

■本物のルルドも、そんなに大きな洞窟ではなかった。1858年2月11日、少女ベルナデッタがガブ川の岸辺の洞窟でマリアを幻視し、自ら「無原罪の御宿り」であると名乗った。その後、次々に病気治癒の奇跡を起し、ついには法王庁の認定まで受ける。さらにはキリスト教世界最大の病気治癒巡礼地となったという場所である。今はその小さな洞窟にのしかかるように、巨大なカテドラルが建築されている。ルルドは何といっても、奇跡の泉の聖水がありがたい。お土産屋では、これを持ち帰るための大小、形状の異なるボトルを売っていて、これに泉の聖水をくんで帰る。自分も最小のボトルを買って、くんだ。母親が一応クリスチャンだから、帰って頭にでもかけてやろう。この旅で、いろいろの教会にいくのだが、信仰を持たない者としては、父母が一応クリスチャンだから、そのために祈るのは許されるだろうということで、どこにも土足で踏み込むような行動をとっている。

■翌日は30日の日曜日、2001年最後のミサが洞窟前で行われるとホテルで教えられ、雨中の早朝、洞窟前に行く。50人ほどの人々、そのなかには車椅子の人もいるが、ユイスマンスが描くような瀕死の人はいなかったが、並んだベンチの一番後ろに座る。ミサで語られる司祭のフランス語はまったく分からないし、賛美歌も分かるわけもない。30分程して、ミサが終わった。参集者が立ち上がって、だれかれなく、抱き合い始めた。数人の人は、この私、東洋から来た異教徒にも抱きついてくる。このとき初めてゾッとするような感覚を感じた。参集者のなかで、自分だけが違う世界にいた。冷や汗がドッと出た。なぜ、自分はこのような場違いなところにいるのだろうか。たぶん司祭は、「全ての人と愛しあいなさい」とでも言ったのだろう。見ず知らずの何人もの人と抱き合っている。自分の冷や汗は、まるで贖罪の血の汗であるのか。心臓が強く鼓動して、彼等キリスト者を偽っていることが苦痛で、その場を足早に立ち去らざるを得なかった。

■ルルドは正面ファサード側より、洞窟の先までいってガブ川を渡ったところから振り返ったカテドラルの景観がすばらしい。巡礼シーズンではないので、ここまで来ると人はほとんどいない。洞窟の先は何かとても生きた宗教空間という雰囲気、たとえはすごく悪いが、日本の火葬場のような雰囲気を漂わせている。広い芝生が広がり、そこに小路が続く。このような空間では、非キリスト者である自分も拒絶されるという感覚はなく、落ち着く。PISCINESと書いた何か分からない独房のような部屋が続いていたり、ROTONDと書いた、これは一人になって瞑想と祈りを行うと思われる家が芝生の中にポツンと建っている。PISCINESは「水泳プール」である。ガンジスのガートの沐浴場と同じで、ルルドの泉をプールに引き込んで、そこに病者を浸漬して、奇跡の治癒を行うというものだ。ROTONDというのは、どこかで聴いたことのある語感であったが、今日やっと思い出した。パリにカフェの名前だ。モンパルナスの芸術家達がたむろした「ドーム」とならぶカフェの名前であった。辞書的には「円形の建物」である。






サンチャゴ巡礼