池田宗弘さんはカミーノの真念


(2007-2-24)

池田宗弘さんが描いたサント ドミンゴ デ ラ カルサーダの絵地図
<引用>檀ふみ・池田宗弘・五十嵐見鳥・他:
サンテイアゴ巡礼の道,新潮社(1200円),2002
<引用>池田宗弘:
巡礼の道絵巻,形文社(7000円),1990年初版、1997年再版

■檀ふみさんが主著者となっている「サンティアゴ巡礼の道」新潮社「とんぼの本」(2002)で「池田宗弘さん」という偉大な存在を知った。この本は発行当時から知っていたが、買う気になれなかった。それは、檀ふみさんというアイドル性の高い文化人が、書籍の企画で、それまで全く関心のなかった、その著作を読んだことさえないパウロ・コエーリョと車でフランス人の道を逆に辿るという、なんともお手軽なTV番組作りの記録であると見られたからであった。しかも「フィテロの橋」の近くの聖堂では、そのまったく歩いていない、多分マメ一つない足を洗わせるという行為さえする。これも取材というのだからいい気なものだ。2006年、またこの本を手に取った。たまたま有隣堂が「トンボの本」のフェアをやっていて、写真の表紙が見えるように並べていた。そうするとフォンセバドンの先の山頂の鉄の十字架の写真が気になる。そしてたまたま池田宗弘さんが描いた絵地図に気がついて、ついに購入した次第。

■ところが読んでみると意外にも檀ふみさんの文章がまじめで許せる。自分が巡礼ではないという自覚が明確にあって、できるだけ土足で踏み込むような態度は遠慮している。黛まどかさんが歩いたのは1999年の春であるから、その記録は知っているはずだが、それについては、あえて避けている。しかし黛さんの自分の歩行に酔ったような、お姫様的巡礼の文章より好感が持てる。なお奥付によるとこの本のメインの部分は、「芸術新潮」1996年10月号特集「スペイン巡礼の旅」を再編集したものに、2001年9月の檀ふみさんの現地取材の記録を追加したものである。この芸術新潮は以前から購入しようかなと思っていたものであったが、とりあえず緊急に買うまではないと思っている。むしろ池田さんの絵地図の全貌を知りたいという願望がつのる。ピレネーからコンポステーラまでの全ルートを絵巻物風に絵地図としているという、なんとも偉大としか言いようのない作業を成し遂げたのである。もとより才能ある彫刻家である池田さんが、本来ならば自己表現をしたいという湧き出す欲求を抑え、淡々と絵地図を描く。なぜ、そんな行為を行ったのだろうか。
 
■まずはインターネットで「池田宗弘」さんを検索する。
経歴と作品の一部は以下で分かる。
http://www.seiho-sya.co.jp/artists-pages/m_ikeda/m_ikeda_top.html
 新潮社サイトの紹介では「1939年東京生まれ。武蔵野美術学校卒業。真鍮鍛造の彫刻家として活躍中。1983年から1年間、文化庁の在外研修員としてスペインへ赴き、巡礼路のロマネスク美術を研究。403頁にもおよぶ《巡礼の道絵巻》を完成させた。」とある。見たい。何とかして見たい。「とんぼの本」によれば、この絵巻物の原本「巡礼の道絵巻」はサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼美術館に展示されているという。それでは私がいつか?歩くとして、その歩行の役に立たない。持って歩ければ、語学不能の人間にとってこんなにありがたいものはない。
 結局、また「日本の古本屋」で、「池田宗弘:巡礼の道絵巻,形文社(7000円),(1990)」で発見して、即注文。一ケ月ほど前に郵送されてきたのだが、最初にしたことは何でしょうか。
 まずは秤で重さを測りました。840g、これは重い。ちなみにへんろみち保存協力会編の「四国遍路ひとり歩き同行二人(地図編)」B5で132ページ、220gである。

■この四国遍路地図は松山の宮崎建樹さんが作成し、長年にわたって更新し続けている「歩き遍路」にとって、最も頼りになる地図である。だから宮崎さんは、江戸時代に最初に遍路案内を書いて、八十八ケ所巡礼を確立した真念法師にちなんで、「平成の真念」と呼ばれる。
<参考まわり道>真念庵まよい道
 そして、わたしは池田宗弘さんを「カミーノの真念」と呼ぶのである。サンティアゴ巡礼を成し遂げた日本人は少なくないが、この巡礼路に対して、何らかの貢献したのは池田宗弘さんただ一人といって良いだろう。だから「カミーノの真念」なのである。いつか、この本を持って歩こう。
 この本は全704ページであるが、自分が数えなおしたわけではないが、地図部分は403ページ。美しい装画の掲載をあきらめれば、1ページに2枚の地図が収まる。そうすれば250g程度になるのではないだろうか。そんな本を企画する出版社はないだろか。これを日本語・英語併記にすれば、国際的に有用であると同時に、「カミーノの真念」池田宗弘さんの業績を全世界の人々に知ってもらえるだろう。そんなプランが許諾されたら、お手伝いしたいものだ。

■池田さんが、この絵地図を作ろうという気持ちになられた事情は形文社本の前書きに書いてある。以下、引用させていただく。

……私は,元来真鍮鍛造の技法で彫刻家としてやって来た。個人的により強い造形論理を身につける為に,ロマネスクの彫刻の構成法に強く引かれていた。1983年から1年間,《スペイン国内に於けるサンティアゴ巡礼路に沿って点在しているロマネスクの教会及びそれに付随する彫刻の基本的構成法と制作法の研究》のテーマで文化庁芸術家在外研修員としてスペインに渡る機会を得た。
 その下調べを日本で行なえば行なう程資料不足と全く手付かずの分野である事が解った。 (フランスに関しては何人もの学者や研究者・研究書がある。)
 日本で出版されているサンティアゴ巡礼路に関する本は写真集以外は殆んどフランス本の訳本と言っても良く,必ず「カリスティアヌスの古文書」を引用している。現代の日本人の目で見たものは,まして歩いたものは皆無と思える。簡単な地図でさえ大きな間違いがあったことに気がつくのに私は何日聞か無駄にしてしまった。
 スペインに着いて先ず始めた事は地図,案内書等を集める事だった。しかしそれらの中で実用として役に立った物は二冊だけであった。これとても実際に歩くには軍用地図との併用を余儀なくされた。

 私は現地を本来の目的に沿って歩く事だけを考えていた。1200キロを目標にその地に足をつける迄,この様な本を書くとは全く考えても居なかったが,より良いガイドブックの必要性を痛感し,これは自分に与えられた仕事の一つだと直感した。本来の目的に沿って旧巡礼路を歩き乍らその為の資料も記録して来た。しかし一年間では短期過ぎて再度渡西して補足しなければならなかった。
 この本を書くに当たっては出来るだけ参考資料として後世に歩く人にも役立つ様にと考え,西洋人の手になる「航海日誌」或いは「ケンペルの日記」の様な感じにしたいと思った。それ故内容は巡礼路を歩く者が誰でも気になり心にかかるであろう教会堂,歴史,芸術作品については今の時点の通説をそのまま記述してある。これらの事について学問的分野は他の専門研究書と巻末に掲げた資料書を併読されることをお勧めしたい。
 又この本のルートはスペインに残されている巡礼路の主要道路の一つに過ぎない。いずれ他のルートについても案内記を表わしたいと思っているものの旧道を歩くには体力,時間,資金,そして運がピタリ、と一致しなければ出来ない事だ。もし天と人が望むなら又私はそこに行かされる事になろう。その時は私の使命として全力を投入する気でいる。
 本来の目的に加えてこの仕事が出来たのは多くの助けがあったからだ。渡西する直前迄何かと御指導と協力して下さった今泉篤男先生の訃報を受け取ったのは巡礼路を歩き始めて3ヶ月目だった。また,1983年から本書刊行にあたって本年三度目のスペイン行まで,折々に励ましていただいた匠秀夫先生。『現代彫刻』に「ロマネスク紀行」の連載を勧められた聖豊社の方々などがなかったら恐らく渡西も難しかっただろうし,又この本も生まれなかった事と思う。
 この本を手に《ヤコブの道》を歩く人も,行きたくとも行けない人も,或は目を通すだけの人も次の事だけは忘れないで欲しい。一九百数十年たった今も確かに聖ヤコブはその地で生き続けている。今でもその地を目指して,夏は汗と挨にまみれ冬は寒さに耐え乍ら唯ひたすらに旧道を歩き感謝と感動で涙を流す人々の居る事を‥‥‥。


長文の引用したこと、伏してご容赦をお願いします。いつか、840gのこの本を持って歩く日の来ることを祈って…。 

秤量中の道絵巻とオルビーコ橋あたりの地図



サンチャゴ巡礼