仏都「会津」巡礼の歩き方
(2016-4-25開始) 深津邦夫


慧日寺 「徳一廟」(堂内の石塔)

■会津の風土は、明治以降、他の地域と異なる扱いを受ける中、何か屈折した悲哀を感じさせる面もあるけれど、今私のような単なるゆかりのない旅行者にとっては、他の地方都市とは異なる変化を遂げた独特の「異空間」として、とても好きな訪問先である。初めて訪れたのはほぼ50年前、大学写真部の合宿撮影先としての訪問だった。磐越西線が電化される前で、蒸気機関車が引く汽車に乗ったんだろうと記憶している。ようやく桧枝岐が「秘境」として知られ始め、大内宿が観光地として人気になる直前のことだ。それ以来、ふらりと電車に乗ったり、夜中に車を飛ばしたりしては訪れた。私が好きな東北地方の旅先は、「下北」と「会津」なのだが、後に知ることとなった戊辰戦争後の生き残り藩士達の強制移住先が下北であることは、偶然にせよ、その風土に共通なものがあるのだろうか。他に受け入れられず、ただその矜持は失わずに、ひっそりと寄り添うよう生きているというような「作られた」イメージは、現在の会津の人々には迷惑な話だろうが…。

■という訳で、以前から会津はけっこう見知っているつもりだったが、あるとき東北新幹線の社内雑誌「トランヴェール」で、それまで知る会津のイメージを覆す情報が得られた。「トランヴェール」は、新幹線の社内誌として、その沿線のあまり知られていない旅先を毎月特集し、美しい見ごたえのある写真が充実しているので、仕事での乗車をひと時忘れられた。最近は乗ることの少ない東北新幹線であるが、2003年11月号に会津が特集された。「静かなる仏都、晩秋の会津を行く」である。そこに紹介される寺々は、柳津虚空蔵以外、訪れたことのないものばかりだった。その雑誌は持ち帰って、いつか訪問するときの参考にしようと思っていた。この日、この雑誌に特に引かれたのは、僧「徳一」に関する記述があったからである。四国遍路は空海が開いた道である。同時期に、徳一は南都から僻遠の会津に至り、官製宗教である天台宗の最澄に対して、激烈な法論を挑むだけでなく、自らの理想とする仏都を会津に作っていた。

■重い腰を上げたのは、それから十数年たった昨年(2015年)11月である。「そうだ、会津へ行こう」と思ったのは良いにせよ、出発の前々日あたりに、くだんのトランヴェールを見ながら、さらにインターネットを見ながら、行き方を考えた。行きたい寺々は会津盆地に広く点在していて、どのようなコースを辿るべきが分からない。結局、朝早い新幹線で東京を発って、磐越西線「磐梯町駅」から歩きだし、「慧日寺」→「勝常寺」を巡って夕方会津若松駅近くの宿に入った。その日、勝常寺の収蔵庫は冬季閉館で、国宝三尊」を拝観することは適わなかった。決定的に情報不足・調査不足であった。今後は事前によく調べておこうということで、本ページの作成を始めた次第。


トランヴェール」(2003年11月号)を引用し、紹介されている寺社文化財を示した。


■上記の寺社、その名も知らないくらいだから、それがどこにあるかなど分かる訳がない。私の巡礼は歩きだから、効率は求めないにしても、できるだけ回り道はしたくない。まずはGoogle-Mapに各寺社の位置を置いてみて、ルートを検討したい。また、もっと回るべき寺もあるだろう。
 各寺社は会津若松を中心に東西に分布し、それぞれ会津旧街道に沿っているようにも見える。街道歩きしつつ、寺参りができるようなルートが作れないだろうかとか、色々と構想は膨らむ。ともかく、2016年5月連休に3泊4日の予定だけ入れた。日光から会津西街道を会津若松まで歩こうかと思ったが、これはこれで、色々と計画をしっかりしなければならない。今回は手始めに会津若松で3泊して、歩けるだけ歩こう。Google-mapさえあれば、(電波が届くならば)どんな野道も歩けると、これは去年「トゥールの道」を歩いてからの妙な自信である。

Google-mapに巡礼経路をプロットした。
茶色点線が第一行「磐梯町駅→野沢駅」
青色点線が第二行「野沢駅→会津高田駅」

巡礼の記録
第1行
(76.3km)
第1日目(2016-4-30) 慧日寺・徳一廟で発願 (2016-5-11記述)
第2日目(2016-5-01) 熱塩観音打戻り「御朱印は檀家様」(16-5-14)
第3日目(16-5-02)前半 まほろば街道を新宮熊野神社へ(16-5-16)
第3日目(16-5-02)後半 第一番札所から只見線方面へ (16-5-21)
第4日目(2016-5-03) 越後街道を西会津へ(16-6-3)
第2行
(87.6km)
第5日目(2016-9-22) ■会津六詣出・鳥追観音から大山祇神社打戻り(16-10-14記述)
第6日目(2016-9-23) ■会津六詣出・塩の道を柳津虚空蔵尊へ(16-10-20記述)
第7日目(2016-9-24) ■会津六詣出・柳津から山を越えて中田観音へ(16-10-25記述)
第8日目(2016-9-25) ■会津六詣出・大岩観音を打ち戻って伊佐須美神社へ(16-11-2記述)
第3行
(46.7km)
第9日目(2017-6-31)午前 ■会津三十三観音・第9番「遠田」から第10番「勝常」へ(17-10-3記述) 
第9日目(2017-6-31)午後 ■会津三十三観音・第11番「束原」から第17番「中ノ明」へ(17-10-10記述)
第10日目(2017-7-1) ■会津三十三観音・第18番「滝沢」から第20番「御山」へ(17-10-16記述)
第4行
(約26km)
第11日目(2017-9-30) ■会津三十三観音・第21番「左下り」から第28番「高田」へ(17-10-30記述)
第12日目(2017-10-1) ■会津三十三観音・第33番「御池」へ「1巡目結願」
合計 約237kmの歩行

会津の寺社概要

番号 寺社 宗派など 御本尊 最寄駅
■「徳一」会津布教の原点
慧日寺(跡) 真言宗 なし 磐越西線磐梯町駅
■会津仏教文化財最大の宝庫
勝常寺 薬師如来(国宝) 磐越西線塩川駅
■日本三大虚空蔵菩薩
圓蔵寺 福満虚空蔵菩薩 只見線会津柳津駅
■会津大仏
願成寺 磐越西線喜多方駅
■会津ころり三観音
弘安寺中田観音 只見線根岸駅
恵隆寺立木観音 只見線塔寺駅
如法寺鳥追観音 磐越西線野沢駅
■会津五薬師(全て徳一の創建)
前掲 勝常寺 中央薬師
前掲 慧日寺 東方薬師
上宇内薬師 西方薬師 薬師如来(重文) 只見線塔寺駅
北山薬師 北方薬師
野寺薬師 南方薬師
■会津六詣で
伊佐須美神社 只見線会津高田駅
前掲 中田観音
前掲 立木観音
前掲 圓蔵寺
前掲 鳥追観音
大山祇神社 磐越西線野沢駅
■戊辰戦争ゆかりの寺
大龍寺 戊辰戦争殉難殉節供養碑 会津若松駅
善龍寺 奈与竹の碑 会津若松駅
阿弥陀寺 御三階(鶴ヶ城移築) 会津若松駅
■会津三十三観音(http://www.aizue.net/jyunrei/aizu33kannon.html)を参照させていただく

■会津三十三観音を巡り終えて、次は日本橋(日本国道路原標)から会津を目指すことにした。2019年7月15日に大内宿、関山口を通って只見線会津本郷駅まで歩いて、この道も終わってしまった。
 次は会津五街道を順に歩くという選択もあるが、現在、別に「みちのく潮風トレイル」も歩いていて、この道につなげたいという願望が高まっている。会津から相馬までこの歩きの道を伸ばしていくと、「みちのく潮風トレイル」に繋がるではないか。
 近年、8月は四国を歩くことにしているが、高齢もあって酷暑がこたえるようになり、昨年は4日歩いてリタイヤしてしまった。福島は四国よりは多少は暑さが酷くないだろうということで、2019年8月は二本松街道を歩くこととした。

日光街道・会津西街道の歩き方
(2017-12-27開始)深津邦夫

「会津の街道」付図引用(拡大図

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日数 街道 ルート 実行日付 距 離
1日目 日光
街道 
■日本橋→【千住宿】→梅島
「日本国道路元標」から歩き始める
2019-2-2 区間11.9km→計11.9km
2日目 ■梅島→【草加宿】→せんげん台
梅島から「草加宿」へ
2019-2-3 区間19.3km→計31.2km
3日目 ■せんげん台→【粕壁宿】→南栗橋
せんげん台から「幸手宿」へ
2019-2-23 区間24.0km→計55.2km
4日目 ■南栗橋→【古河宿】→間々田
南栗橋駅から「古河宿」「渡良瀬遊水地」へ
2019-2-24 区間27.2km→計82.4km
5日目 ■間々田宿→小山宿
間々田駅から小山駅までの短い歴史の道
2019-9-7 区間8.2km→計90.6km 
6日目  例幣使
街道
■小山→壬生
<歩き塾>下野の古墳群から室の八嶋へ
2017-12-2 区間18.2km→計108.8km
7日目 ■壬生→新鹿沼
<歩き塾>壬生駅から新鹿沼駅へ
2018-1-13 区間17.1km→計125.94km
8日目 ■新鹿沼→下野大沢
<歩き塾>新鹿沼駅から下野大沢駅へ
2018-3-10 区間16.2km→計142.1km
9日目  会津
西街道
■下野大沢→今市→鬼怒川温泉
いよいよ今市追分から会津西街道へ
2018-9-8 区間20.2km→計162.3km
10日目 ■鬼怒川温泉→湯西川温泉
イザベラ・バードが泊まった藤原宿
2018-9-9 区間18.9km→計181.2km
11日目 ■湯西川温泉→男鹿高原
中三依で木喰とすれ違う?
2018-9-29 区間21.4km→計202.6km
12日目 ■男鹿高原→会津田島
いよいよ会津、山王峠は越えられず
2019-7-13 区間23.2km→計225.8km 
13日目 ■会津田島→湯野上温泉
八幡峠越えから塔のへつり
2019-7-14 区間18.8km→計244.6km
14日目 ■湯野上温泉→会津本郷
大内宿から氷玉峠越え
2019-7-15 区間29.1km→計273.7km


「二本松街道」から相馬への歩き方
(2019-7-30開始)深津邦夫
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日数 日付 実行日付 距離(累計は日本橋から)
15日目 二本松
街道
■磐梯駅→十六橋→猪苗代駅
疎水源流から野口英世記念館へ
2019-8-13 区間17.5km→計291.2km
16日目 ■猪苗代駅→中山宿→磐梯熱海駅
中山峠を越えて磐梯熱海へ
2019-8-14 区間24.2km→計315.4km
17日目 ■磐梯熱海駅→抱付観音→二本松駅
抱付観音をまわって二本松へ
2019-8-15 区間25.5km→計340.9km
18日目 寄り道 ■豊原駅→白河の関→新白河駅
奥州街道「境の明神」から白河の関へ
2019-9-21 区間24.0km→計364.9km
19日目 相馬
への道
■二本松駅→福島交通川俣営業所
安達が原から川俣町へ
2019-9-22 区間24.4km→計389.3km
20日目 ■福島交通川俣営業所→坂下バス停
飯舘村を回って行ける所まで
2019-9-23 区間23.9km→計413.2km
21日目 ■坂下バス停→原ノ町駅
坂下バス停から南相馬へ
2019-10-21 区間14.6km→計427.8km
22日目 ■原ノ町駅→相馬駅
ついに「みちのく潮風トレイル」に繋がる
2019-10-22 区間22.8km→計450.6km

「福島復興ステーション」平成31年4月10日付け「避難区域」に今回の歩行ルート概要を示した。

福島復興ステーション
避難解除区域地図
福島交通(バス時刻表)




歩き遍路