左ききの歴史年表
2003-7-7作成開始
年 代 海 外 国 内
神話的・宗教的
伝承の時代
<創世記>
アダムの左側の肋骨からイヴが作られる。
<士師記>
ベニヤミン(右手の子)の人「左利き」のエホデは、モアブの王エグロンを刺してイスラエル人を解放する。
別の戦闘で「ベンヤミンの民2万6千人から左利きの精兵700人」が「いずれも一本の毛すじをねらって石を投げてもはずれることがなかった」
<古事記>
イザナギノミコトが「左のみ目を洗いたまうときに成れる神の名は天照大御神。つぎに右のみ目を洗いたまうときに成れる神の名は月読命」と二神が誕生する。
--BC1000 <BC1200頃>第19王朝
古代エジプト最大の業績を上げたラムセス2世の治世。(最古の左利きの著名人)

--BC1
--AD100 <マタイ福音書>25章
最後の審判において神は、羊を右にヤギを左におくであろう。…それからにいる人々にも言うであろう。「呪われた者どもよ、私を離れて、悪魔とその使いたちのために用意されている永遠の火にはいってしまえ」

--AD200
--AD300
--AD400
--AD500
--AD600
--AD700
<645>大化元年
左大臣、右大臣が定められ、大宝律令以降、太政大臣のつぎは左大臣、そのつぎは右大臣で、左が上位となった。
--AD800
--AD900
--AD1000
--AD1100
--AD1200
--AD1300
--AD1400
--AD1500
--AD1600
--AD1700
--AD1800 <1865-6-15>
ポール・プローカがパリ人類学会で、右利きの人間では左脳が体側支配し、言語も左半球に依存するという大脳の機能局在を発見し、これを発表。
<1871-6-15>
75歳で右手の自由を失ったカーライルは、右手の卓越の理由として「原始戦闘説」を提示した。

--AD1900 <1909>
ロベール・エルツ「右手の優越」を執筆。

--AD1910
--AD1920
--AD1930
--AD1940 <1945>
東上英機は左利きであったためにピストル自殺に失敗して、連合軍に捕らえられたとパーズリーは記述する。
--AD1950
--AD1960
--AD1970
<1971--1975>
71年2月、箱崎総一が中心となって「左利き友の会」設立。75年1月通巻42号「左利きニュース」の刊行をもって活動を休止する。
--AD1980
--AD1990
<1993>
平出隆「左手日記例言」刊行。第45回読売文学賞受賞。 
--AD2000
--AD2010




【左右の理屈】