左右って本当はどっち側?                                2006-1-14 


■右ってどっち? 左ってどっち?このような話しは既に沢山書いた。それでも、今だに混乱はなくなっていない。それは、左右の概念が絶対的に定まらないことからきている。だから、以下のように、図をそれぞれにつけて、分かりやすくしようという試みである。
 私は、左右を混同しやすいが、特にそれを「ライト」と「レフト」という英語読みにすると、一層混乱ははげしくなる。子供の頃、野球のヘタな左利きが守らせてもらえるのは、ライトだけだった。ライトの守備位置に立つと、自分にとっては、ライトはグラウンドの左側である。それによって、私には「ライト」=左側という強い認知のつながりができてしまったのであろうか。野球をネット裏から見ているとして、私の認知のメカニズムは、ゆっくりと「レフト」→「左」→「自分の体の左手」とつながっていき、たしかに「左翼手」が外野の左側に位置することをようやく理解するのである。これが実は難しい。

注)色々と確認して記述しているが、ついつい勘違いしやすい。間違えがあれば、ご指摘いただければありがたい。というのも、確認のために、関連サイトを訪問させていただいたが、諸説紛々で、迷うことが多かったからである。

左翼と右翼
■バーズリーの「右きき世界と左きき人間」を引用する。「……政治的に考えてみれば、議会史における左翼という言葉もパリが発祥地である。1789年革命的なコミューンが結成されたとき、この反対党は下院の議長の左側に(イギリス国会の野党と同様)に席を占めたのである。社会主義者を意味する「左翼」という語の由来はもっと最近であつて、第一次世界大戦の末期キールの革命的なドイツ水兵から出たものである。……」
 さて、この左翼の皆さんは、左右どちら側に座ったのだろうか。
英語では、野球の右翼は「right field」、政治の右翼は「right wing」である。
旧ソ連にも議会はあった。その座席配置はどうなっていたのだろうか。現ロシア議会は?
左岸と右岸
川の流れに対して、その両側の土地を、左岸と右岸と呼ぶ。
<定義>川上を背に、川下に向かって立ったとき、自身の右手側を右岸とする。
■パリを歩くうえでは、これをしっかり理解していないといけない。ところが、セーヌ川の流れはゆったりとしているので、どっちに流れているかは分かりにくい。
■「シテ島はパリの船であり発祥の地でもあって西に向いている。船のへさきは海に向かっているから左岸は南側にある」(バーズリー:右きき世界と左きき人間)という文章もあるが、結局、磁石がないと分からない。

注)写真の地図は「地球の歩き方」(フランス)を利用させていただいた。

注)左岸のワイン、右岸のワインという表現もあるが、これを書くと嫌味になる。
左京と右京
■京都市には現在、左京区、右京区、中京区、上京区、下京区と京とつく区名がある。京の正門は南の羅城門(羅生門)(かつてこの左右に東寺と西寺が配置していた)で、北に向かうのが朱雀広路である。南から歩いてきて、朱雀広路の右側が「左京」、左側が「右京」である。朱雀広路の正面が御所(紫宸殿)であり、天子が南に向いて座って、京の町を見たとき、左側が左京、右側が右京である。
この文章が分かりにくければ、右の地図を参照してください。
左大臣と右大臣
■大化元年(645)に左大臣、右大臣が定められ、大宝律令以降、太政大臣のつぎは左大臣、そのつぎは右大臣で、左が上位となった。広辞苑によれば左大臣「太政官の長官。太政大臣の次、右大臣の上に位し、諸般の政務を統べた官。」右大臣「太政官の長官。左大臣の次に位し、諸般の政務を統べた官。」
実際の席次についての情報が得られない。
 雛飾りの上から4段目は随身(左大臣・右大臣)であるが、「老」を上座である向かって右に「若」を下座である向かって左に配置するというのが、君子南面による左(東)優位思想の影響であるとする説明が、WEBで見る限り一般的である。なお、最上位の親王と内親王の配置は時代的・地域的変遷している。その説明は多くの物知りサイトに詳しい。
左近と右近
■左大臣と右大臣については、雛飾りでの配置として一応はっきりしたが、追証として、右近と左近の配置も示しておく。禁裏を警護する近衛兵は左近衛府と右近衛府に属していた。京都御所や、御所の大極殿を模した平安神宮には、向かって右側に左近の桜、左側に右近の橘が植えられている。
左優位の思想と、「右に出る」という言葉の違いを指摘する意見があるが、左大臣、左近が天子の側から見た位置であり、向かい合って位置した臣下が、前に向かって上位に進み右大臣側に座すと、それはまさに自らは「右に出る」のであって、混乱はないというのが、私の意見である。

注)図は新村出編「広辞苑」(第2版)を利用させていただいた。 
上手と下手
■歌舞伎の舞台では舞台から観客席に向かって左方が上手であり、右方が下手である。そして両側の桟敷とその張出しについては、上手を東、下手を西と呼称する。(引用:美術における右と左)
 ちなみに東京の歌舞伎座の正面は南西に向いている。

■広辞苑によれば、歌舞伎という限定を外して「舞台の向かって右が上手」とある。この概念が日本固有かどうかは分からない。西欧での舞台の上手・下手がどちらかが分からず、またWEBを検索した。特にオペラでの向きが知りたかった。右図の新国立劇場の配置は日本と一緒だ。
 デーリーコンサイスの和英では「舞台の上手」は「the left stage (観客から見てthe right of the stage)」とあり、上手・下手に相当する特定表現はない。これであると、混乱しそうだが、以外と即身的な会話表現では、専門用語ではない分、分かりやすいかもしれない。
左前と右前
■広辞苑(第二版)によれば、着物の「左前」について「相手から見て左の衽(おくみ)を上にして衣服を着ること。普通の着方とは反対で、死者の装束に用いる。ただし、女子の洋服類は左前に仕立てる」とある。意外にも「右前」という項目はなかった。
■内林政夫「右の文化と左の文化」には、以下の記述がある。
「…漢民族の服装は右衽(右前)であり、周辺この蛮族、北の遊牧騎馬民族の衣装は左衽(左前)であった。…漢民族の影響をうけた周辺の民族も、しだいに左から右衽に変わっていった。

■写真は横山大観が描いた中国の詩人である屈原の(部分)である。これが「右前」である。(岩波新書:「屈原」より)



【左右の理屈】