左利きの平凡人と、左利きの偉人との違い                 2001-9-2 


■本サイトを含めて、WEB上に見られる「左利きサイト」の多くで、左利きの著名人のリストを作っている。こんなに左利きの有名人がいるのだぞと言っている。右利きにしてみれば、著名人などはいくらでもいる訳だから、その内の5〜10%が左利きであってもおかしくないから、何千人のリストを作っても、それによって「左利き」の何らかの優越性を示すことにはならない。左利きのコンプレックスの裏返しの表現じゃないのということになる。

■つぎのリストを見て欲しい。歴史上の人物というか、歴史を革新したり、特異な才能を発揮した人物のリストである。 

エジプト最大の建築王は誰? ラムセス二世
初の世界帝国を作った人? アレクサンダー大王
世界史上最大の全能の人は誰? レオナルド・ダ・ビンチ
歴史上最大の野心的戦略家は? ナポレオン
本当の天才であった音楽家は誰? モーツァルト
神学的生物史観を根底からくつがえした人? ダーウィン
古典力学の始祖といえば? ニュートン
最も偏屈な哲学者は誰? ニーチェ
宇宙的力学を最初に説明した人? アインシュタイン
発明王といえば? エディソン
20世紀で最も政治家らしい政治家は誰? チャーチル
クラシック音楽界で史上最大の変わり者? グレン・グールド

■これらの人々が皆、左利きだというのが、われわれ左利きのご自慢なのである。(ただし、これらの人々が本当に左利きであったかどうかは、どうも確証がないのだが。)確かに、歴史上の人物などというのは沢山いるのだから、これくらいの左利きがいてもおかしくはないともいえる。でも何か、その中でも少し違う、普通の歴史上の人物と違うように感じる。要するに、人と違うことをやった人々のように感じる。左利きというのは、右利き中心社会の中で、偉大なる異端者、革新者として機能しているというように感じ、これが現代の左利きの自尊心を少しくすぐっているのである。

■しかし、どうにも彼ら偉大なる才能と我々が同類とは思えない。そもそも人が左利きになるには、二つの系統があると考えられている。ゲシュビントはそれを「家族性左利きと非家族性左利き」および「正常な左利きと病理的な左利き」という区別をしてみせる。まず一つ目の系統である「家族性左利き」および「正常な左利き」とは遺伝的に形成される左利きと考えられる。現代ではアンネットの右寄り因子仮説が有力なものとされている。
 二つ目の系統である「非家族性左利き」と「病理的な左利き」はゲシュビントらによって仮説として提示されている「左脳の成長の遅れが、右脳の特別な発達をもたらす。」というシナプスの可塑性によって形成される左利きである。

■ようするに、単純に言ってしまうと危険だけれど、家族や親類に左利きがいる左利きは第一の系統(遺伝的)で、家族や親類に左利きがいない左利きは第二の系統(シナプス可塑性的)と分類することができる。そして、この第一の系統は平凡な左利きとなり、第二の系統から偉大なる人物が生まれる。左利きには2種類ある。だから、同じ左利きだからといって、歴史上の偉大な人々と自分達平凡な左利きを同一視することは、滑稽なことになる。

■私のまわりには誰も左利きがいないから、私は第二の系統の左利きだと、自慢しない方がよいかもしれない。すなわち第二の系統は「病理的な左利き」だから、偉大なる能力を発揮する可能性とともに、多くの疾病の原因ともされるからである。この左利きの疾病多発説が、左利きの悩みの種なのだが、統計的事実として、多くの事例が示されている。

■このような議論はくだらない。このような分類はやっちゃいけない。科学的な根拠が明確ではないのにかかわらず、その人を決め付けてしまうからである。ともかく、どうして左利きと右利きがいるかは、本当の所はまだ分かっていないのだ。では、なぜこのような文章を書いたのか。それは、左利きを2つに分類するという着想への魅力に負けたからである。  



【左右の理屈】