コピーレフト(左著作権)という概念                                   2001-10-6


■コピーライトという概念があるなら、コピーレフトという概念があってもおかしくない。これは訳すとコピーライト(右著作権)とコピーレフト(左著作権)ということになって、人間が創作したものの著作権に対する立場が異なるだけだ。一応、レフトとライトだから、本コラムで取り上げてもよいことにしていただく。

■この一年、本を濫読する余裕がなかったのだが、9月あたりから、少しづつ以前の読書ペースに戻りつつある。友人からも、本HPの引用文献リストを見ると、仕事の様子がわかるよ、と言われたのであるが、仕事が忙しくなる程、その反動で本を読む(斜めに)量がふえるのであって、この一年、本を読まなかったというのは実は、仕事以外に、遊ぶことが多かったということである。たしかによく遊んでしまった。

■そんな中で出会ったのが、リナックスの開発者リーナス・トーバルズの「それがぼくには楽しかったから:小学館(1800円),2001年初版」で読んだ「コピーレフト」という概念である。これは久々に面白い言葉に出会った。今日以降、自分のHPもコピーレフト宣言をしようと思っている。その内容のオリジナリティ以前の問題として、何より左利きのHPはコピーレフトではないと自己矛盾だ。

■同書によれぱ「コピーレフト」という概念はGNUのリチャード・ストールマンが広く使いだしたものでソフトウエアの、「複製や再配布の自由」を主張するもの。コピーレフトの主張は著作権(copyright)に基づいた当然の権利だという。一般公有使用許諾書(GPL)と呼ばれる。GPLの規定によれば、お金は問題ではない。誰かが払うというなら、100万ドルで売ってもいい。でも、ソースコードは公開しておかなくてはならない。そして、買った人ももらった人も、作者と同じ権利を有さねばならない。リナックスは、この考えによる著作権表示がされている。

■さらにリーナスは書く。「…使用許可を与えるとかね。これは、売るよりずっといいぞ。芸術作品を売るのじゃなくて、その作品で何かをする許認可を売り、依然として著作権を持ちつづけることができるんだ。言うなれば二兎を獲てしまうわけ。世界のマイクロソフトがやっているのが、これだ−−−何かを使う権利を延々と売り続けながらも、失うものは何もない。人々がこういう類の財産を持ちたがるのも無理はない。……なんのリスクもないし、たとえその財産に瑕疵があろうとも、なんの責任を負うものではないという旨の使用許諾書を用意することだってできる。……他人の想像力を利用して金儲けをしようという会社。…」

■要するにウインドウズがコピーライト(マイクロソフト)で、リナックスがコピーレフト(リーナス)ということになる。個人の創造力の所産は尊重されなければならないという点では、どちらも同じ立場だ。ただリーナスとリーナスを支えて無償でリナックスを支えている人々は、その尊重というのは金銭によって満たされないと考える。むしろ、現在の著作権(コピーライト)は、利益を再生産するための仕組みであって、創造力はその道具にすぎないと見る。

■今リナックスは、著作権(コピーライト)の枠組みを揺るがしているといわれる。実は新しい技術というものは、常にそれまでの産業や利益構造をくつがえしてきた。モーツァルトはその創造力を財産として蓄積できなかった。むしろ演奏家や写譜屋の方が儲かった。印刷が一般化すると写譜屋が失業した。レコードが発明されると、演奏活動よりレコードの方に利益が移行した。そしてCDは、音楽のぬくもりを失ったし、多人数の技能を必要とする演奏を産業化対象から除外してしまったが、圧倒的なローコストによって大量消費を誘発することに成功した。たとえばたった一人の少女の金銭を求めているのではない創造力を事業として産業化することに成功した。パラサイト産業である。

■それが、今ナップスターを先兵とする新しい技術の攻勢に対して、その既得権を法律だけをよりどころに守ろうとしている。実は音楽は産業ではないという、本来的なことをナップスターは言っているにすぎない。ナップスターは、売りたい音楽、売れそうな音楽ではなく、訴えたい音楽という音楽の原点に戻りうるチャンスになるかもしれないのだ。だれでも、自由に音楽を発進できる仕組みとナプスターを捉えればいいのだ。そすうれば、音楽界にもリーナス的才能が現れるに違いない。

■ライト(右)は自己の創意に権利を主張し、他をそれによって拘束する。レフト(左)は自己の創意に敬意を求めるが、他をそれによって拘束しない。自由な価値観である。我々左利きもかくありたい。そしてビル・ゲイツがウインドウズに「コピーレフト」と表示して、そのソースをオープンしたら、彼はそのうらやむべくもない生活以上のものを得るだろう。そして彼は決してしない。それを価値観の違いという。そのビル・ゲイツが左利きとくるから話がおかしくなってしまう。







【左右の理屈】