面舵(おもかじ)と取り舵                                   2005-7-24 




■「タイタニックは沈められた」:ガーディナー&ヴァット(集英社)には、タイタニックの姉妹船のオリンピック号の事故のときに、舵の左右に関する混乱が出てくる。以下に引用する。
…この時代には舵を動かす舵機につながった操舵輪によって操船されていたが、櫓や舵柄で操船していた時代の習慣がまだ残り、混乱の元になつていた。その昔、「面舵」(おもかじ)の指令は左舷に向くことを意味し、「取り舵」の指令は右舷に向くことを意味していた。この問題は1928年以降ほぼなくなるが、この事件とはまた別のときに再び問題になる。
…ホークのブリッジでは、オリンピック号がこちらに向かって回転するのが見えていた。艦長のプラント中佐は航海士官のレジナルド・エイラン大尉に言った。「もしあの船が東に向いたら回頭する余裕がなくなる。できるだけ回頭させる空間を与えるんだ」。彼は取り舵を命じたが、それは右舷に向けという意味のつもりだった。その命令のために船が急に左舷側に57度まで向いてしまったことに気づいたプラントは叫んだ。「何やってるんだ! 取り舵だ、取り舵。取り舵いっぱい!‥‥左舷(エンジン)停止! 右舷に全速後進」


■先日、左側通行と右側通行について書いた。何やら、船の回転方向の呼称が歴史的に混乱しているようである。ということで今度は海の交通ルールについて調べようという訳であるが、とりあえず手元には「船のはなし」瀧澤宗人(技報堂出版,1991)があった。
 …海上交通の基本は右側通行であり、船舶同士の衝突防止のためには、「1972年の海上における衝突の予防のための国際規則」が制定され、これに準じた国内法として「海上衝突防止法」(1977年)が定められている。その航法は、「操船の容易な船の側が操船が不自由な船を避ける行動をとる」「お互いが相手の右側を通行すること」が基本である。
 衝突のおそれが生ずると判断した場合で、上の図(a)のように2船が直線上で行き合う場合には、お互いが右舷方向に進路を変える。夜間であればお互いが相手船の二本のマストの自灯をほぼ直線上にみるか、両舷の紅、緑の舷灯を同時にみるときは行き合うと判断する。(注:左舷側の舷灯は紅色、右舷側の舷灯は緑色
図(b)のように、2船がお互いの進路を横切る場合は、他船(A)を右舷にみる船(B)が回避義務船となる。夜間であればA船は紅の舷灯が識別される。B船は進路を変更するか速力を減ずるなどの処置をとらなければならない。一方、A船は針路速力をそのままに航行を続けなければならなない。横切り角度が大きい図(c)でも、同様であるが、B船は回避行動によって、A船の後に回り込む形になる。

■問題は「面舵」「取り舵」の意味である。辞書的には以下の通りである。
     「面舵」  (英:starboard スターボード)  =  右舷方向に曲げる
    「取り舵」 (英:port   ポート)        =  左舷方向に曲げる

 再び上書より引用する。
 …日本では航行中船首を左に振るように舵をとることを取舵といい、右に振るように舵をとることを面舵といいますが、取舵とは酉(西)の方向に舵をとることであり、面舵とは卯(東)の方向に舵をとることです。取舵は読んで字のとおりですが、面舵は卯の舵の「卯の」がだんだん変化していつのころからか面に変わったといわれます。
 英語の語源も不可解だが、日本がこれで長くこれで通用していたというのは、なんとも不思議である。左右の概念は相対的であるが、東西の概念は地軸によって一義的に定まる。、船を左に曲げるときに、西(酉)に向けと言うのは、船が北向きであるときだけ正しい指示となる。日本の船は常に北向きに航行していたのであろうか。…これ以上のことが分からない。ということで、久しぶりに近所の図書館で参考書を探した。それが以下である。
 「船と海のQ&A」:上野喜一郎,成山堂書店,(1995)
 …船の右舷をスターボード、左舷をポートというようになった由来は何か。エジプト時代から地中海の船では進む方向を変えるための舵取りオールを各舷に備えていたが、8世紀のころの北欧の船では、それが右舷のみになった。12世紀に入るとオールから板ステアリング・ボードに変わって船側舵になった。その後、船側舵は右舷船尾寄りに備えるように移り変わって舵を取り付ける側すなわちスターボード、というようになったと伝えられる。当時左舷を桟橋に接して荷役を行っていたので左舷をポートというようになった。
 ここまではいい。確かに「右舷」「左舷」をこのまま、「right side」「left side」と呼ぶことにすると、指示された方は、自分が船首側を向いているときと、船尾側に向いているときで、混乱する可能性がある。その意味で左右という相対表現ではなく、船首方向を前にしたときの絶対的左右を定義した方が的確な指示とその理解が得られるという理屈ではある。問題はこの「starbord」「port」を舵の方向指示に使ったことから、おかしなことになっていく。

Starboard
   put the wheel starboard,舵輪を右舷に取る、面舵を取る、(cf, astarboard)
   -vt, 舵柄を右舷に取る。★元は舵柄を右に回せば船首は左に曲がったが、
   1930年以降は船首も右に回る(cf, port vt)
   Starboard (helm) ! [号令]もとは取り舵(米 Left !) 今の面舵(米 Right !)

研究社の英和大辞典には上のように説明されている。一読しただけでは理解できない。ステアボードによって舵を取る船では、舵手が、舵の取っ手側を回転するのと逆の方向に舵板本体が向く。船首は舵の向いた側に回転していく。当初は舵手に対して、ステアボードの取っ手の回転する向きを指示した。例えば舵をA方向に切りたいときは、舵手にB方向に舵の取っ手を回すように指示する。この場合、B方向とは右舷側だから、「スターボード!」と叫ぶ。これによって舵はA方向に切られ、船首は「左舷」側に回る。ようするに、「スターボード」(右舷)ということで、「取り舵」を切ったことになる。これが、元々はスターボードは取り舵だったという意味である。
 ところが、近代になって、船舶の大型化によって、舵は舵輪(自動車のステアリングハンドルと同じ形式)になる。舵輪は、直接舵板に結合せず、歯車列や、油圧などによって間接的に制御されるので、船首の回転方向と舵輪の回転方向は一致するように設計することが妥当である。こうなると、今度は舵手に「スターボード!」と指示すると、「面舵」になる。

■舵装置の初期構造から来る呼称が、装置の変化に伴って、的確な呼称変更がおこなわれなかったことによる混乱である。だから、アメリカのように、近代になってから船舶を使うようになった国は、こんな面倒な言い方をぜすに、取り舵(Left !) 面舵(Right !)と言う。舵輪に向かって右左であるから、比較的間違えにくそうである。
 以上、図で示せば分かりやすい話しが、言葉ではずいぶん分かりにくいことになってしまった。






【左右の理屈】