左利きも右利きも両手が必要         2001-1-6 


■左右の理屈を語り始めて丁度1年、2001年の新年を迎えました。どうも小生が左利き好きであるというふうに考えられているようだし、確かに左利きが優位なこと、あるいは左利きに不都合な社会を多く記述しているのだが、本当に左利きは優位であるのだろうか?社会は左利きにとって不便にできているのだろうか?本年は少し反省を込めてこのページを書き足していきたい。

■ 自分は左利きなんだから、何でも左手でやりたいというのは、実は大変傲慢な発想ではないかと思うのです。手に障害のある方には失礼な言い方になってしまうので申し訳ないのですが、「右利きにも左利きにも実は両手が必要」だということ。このことは、片方の手、それが利き手であるにせよ、ないにせよ、その機能を一時的にでも失ったことのある人なら分かる話しだと思うのです。

■左利きに最も評判の悪い社会自動化システムに自動改札機があります。左手に定期券を持って、自動改札機に挿入するのはやりにくいのは確かですが、定期券を左手で持つためには、その前に右手でポケットから定期入れを取り出しているのです。要するに片手だけでは自動改札機を通過するのは困難なのです。

■日本やイギリスのような右ハンドルの自動車では細かな操作部はほとんど左手で操作するようにセンターコンソールに配置されています。左利きの人がこれをありがたがったことはあったでしょうか。逆に右利きの人がクレームしたことがあったでしょうか。車を片手で運転するためには特殊な改造が必要です。

■社会において、左利きは不便であることは否めないが、それほど大したことではない。そんな中で左利きが発言を続ける意義は、社会の多数派に属さないという自分自身の存在感が、より少数で社会的に満たされていない人々を理解する力があること。右手がほんの少し不器用なだけで、これほど生活で不便なことが起こるということを我々は知っています。だとすると手足の運動機能、あるいは視覚や聴覚に障害があったら、それは左利きが味合うのとは比較にならない困難をもたらします。だから左利きは、もう左利き用の道具は結構ですからバリアフリーのための道具をもっと作りましょうと言わなければならないのです。



【左右の理屈】