左手でシャッターを切る土門拳          2000-6-13 


■意識して探すといろいろなものが出てくるものだ。土門拳の写真集の間に挟まれていた新聞の切り抜きに土門が左手でシャッターを切っている写真を見つけた。


■ 土門は右利きであるが、脳梗塞によって右半身が不自由になったためである。最初の軽い発作は1959年12月22日銭湯で起きた。「筑豊の子供たち」を撮影して、そのネガを亀倉雄策を預け、写真集のレイアウトを依頼した同じ月のことであった。この時はまだシャッターは右手で切ることができた。

■ その後、何度かの発作によって、車椅子の生活を余儀なくされ、撮影でもカメラのセッティングは全て助手に任せざるを得なかった。それでもシャッターだけは自由の効く左手できった。土門にとって右半身不随と左半身不随のいずれよかったのかという愚問をする訳にはいかないが、利き手の自由を失ったことよりイメージをつかさどる健全な右脳が残ったことが、その後の撮影活動を可能にしたと考えられる。

■ 脳障害でたとえば右脳の機能を失って、左半身不随になった人は、左脳の言語中枢が残りこれによって言語活動ができるが、逆に左脳の機能を失って、右半身不随になると、言語活動ができなくなる場合がある。このときは残った右脳による空間イメージ表現が重要な意志表出手段となり、カメラがその道具となるが、カメラのシャッターは左手で操作できない。片手操作できるカメラというニーズにおいて左手用のものが強く求められる所以である。

■ 引用した写真は土門の死亡の翌日1990年9月16日の朝日新聞の記事にある。写真のキャプションは「不自由な体で、助手たちに支えられ雪中で民家を撮る土門拳氏(当時64歳)=73年、山形県朝日村で、内藤豊氏写す」



【左右の理屈】