左利きの日と「左利きの父」箱崎総一の関係              2002-2-14 


■2月10日を日本の「左利きの日」とすることをJSCが中心になって宣言した。何故、今日なのと言う人は少ないはずである。レ(0)フ(2)ト(10)。洒落た語呂合わせで、いいじゃないか。朝日新聞の2002年2月8日朝刊家庭欄に右のような記事が掲載されている。8月13日が「左利きの日」じゃなかったの、という人もいるかもしれない。これは何処かの国の人の着想で、自分の誕生日をちゃっかりと左利きの日にしてしまったもの。どんな世界でも、先取権という考え方があって、最初に言い出したことに大きな意義がある。その意味では、今でも8月13日は「左利きの日」だったんだと、8月13日には思い出すことによって、言い出した何方かに敬意を表したい。ちなみにダ・ヴィンチの誕生日は4月15日。8月13日より、ずっと「左利きの日」にふさわしいと思っていたが、このことは忘れよう。2月10日が左利きの日に決まったのだから。

■ところで、2月10日が左利きの日になったことは、とてもただの語呂合わせとは思えない。日本国内における最初の左利きコミュニティである「左利き友の会」が結成されたのが1971年2月。そして、その30年後の同じ月という区切りの日を、日本の左利きの日として制定することが宣言されたのです。これを単なる偶然と言うべきでしょうか。

■ご自身は右利きである精神科医の箱崎総一さんは、神経症と見られる子供たちの幾症例かが、左利きを右利きに強制したことによることに気づき、右利き社会における無自覚な左利きの心理的・社会的抑圧を取り除き、左利きが自らの自由意志でのびのびと生活できる社会を目指して活動を始めた。

■それが、今から30年前の今月、箱崎総一さんを中心的存在とする「左利き友の会」の結成につながりました。のべ会員1200人、月会費100円で機関紙「左利きニュース」を発行したが、財政難と、右利き社会の無理解によって約5年で廃刊にいたる。この間の活動は短期間の挫折ということはできない、歴史的な意義のある活動であった。だから、我々左利きにとって、箱崎総一さんは「左利きの父」なのです。

■一つの世代から次の世代へのバトンタッチは約30年周期で行われることは、会社の寿命30年説等で知られています。だから、我々は「左利きの父」の遺志を引き継いでいくことを、この2月10日に宣言したことになるのです。そんなに、大袈裟に考えるなよと言われるかもしれない。たしかに、1人では箱崎先生のような力は出せる訳がない。それでも、この2月10日の宣言は、このような無力な自分にも、何かをしようという気持ちにさせるのである。だから気持ちが変わらないように、これを書いた。




【左右の理屈】