ウエストミンスターに眠る偉大なる左利きの英国人   2001-8-5 


■昨日まで夫婦で ロンドンに6泊の旅行をしてきたばかりで、その印象が強いあいだに一つ書いておきたい。ウェストミンスター寺院への訪問の話しです。ウエストミンスターというと、以前読んだ新妻昭夫の「種の起源をもとめて−−ウォーレスのマレー諸島探検」(朝日新聞社,1997年,2700円)の挿入写真が記憶に残る。下の写真である。「ダーウィンの墓を観光客が踏みつけていく」と書いている。

■ウエストミンスター寺院はカテドラルではなくアビー(僧院)と言う。ここがカトリックと違うところ。確かに側廊の南側には中世の僧院の中庭を囲む矩形の廊下の遺構が残っている。なおロンドンには別にカトリックのウエストミンスター・カテドラルがあるからややこしい。いずれにしても、このウエストミンスター・アビーには英国に貢献したとされる人物が、数多く葬られている。王室関係以外は、アビーの床面そのものが墓碑銘になっているから、上の写真のように、どこを歩いても、だれかの墓を踏みつけることになる。

■到着初日の日曜日の朝一番、礼拝を見たいと出掛けたものの、日曜日は終日観光客の立ち入りは拒否されていた。ハロッズも日曜日は休みだし…、ということでテート・ブリテン美術館にターナーとロセッティーの絵を見に行く。結局、ウエストミンスターには水曜日に再訪することになる。大英博物館もテート・ブリテンも無料だというのに、何人をも拒ばまないはずの教会はしっかり数ポンドの入場料を取るというのがおもしろい。

■目的はニュートンダーウィンの墓を見ることだが、案内パンフレットの順路にはその記述はない。みるべきものは、歴代の国王や女王の装飾棺が中心であるらしい。うろうろしていると、日本人の牧師さんが声を掛けてくれた。リタイヤされて田舎に住まいながら、ときどき観光客を相手にするボランティアをしているとのこと。場所を教えてもらって、またうろうろしたが、やっぱり見つけられないでいたら、また声を掛けてくれて、こんどは、わざわざ、その場所まで連れて行ってもらった。

■それが下の案内図。どなたか同じ目的の人のためにそれぞれの墓の位置を星印で記入しました。 (ちなみに現在ウエストミンスターの内部は写真撮影禁止ですので、映像は付けられません。)
 ニュートンの墓は身廊の奥の中央よりの場所にあり、柵で囲われていた。大事にされているということなのだろうが、その場所を示す何の看板も説明もない。ただし、これは他の全ての墓も同じこと。ダーウィンの墓はニュートンの近くの側廊にハーシェルと並んであった。たしかに、英国人の観光客も気づかずに踏みつけていく。ニュートンにせよ、ダーウィンにせよ、神学的世界観を打ち崩した存在として、キリスト教にとってかならずしも全面的に価値観を共有する訳ではない。ダーウィンの進化論を教会が認知するには随分時間がかかった。進化論的世界観をキリスト教はどのように説明するのか知りたいところだ。

■その奥、北交差廊側に進むと、そこは現代音楽家のコーナーで、最も新しい墓碑はベンジャミン・ブリテンのものであった。次にここに葬られるのは、ビートルズだろうか。4人まとめて葬る訳にはいかないし、別々ではその意味がないし、どうするのかと考えながら、出口の正面ファサード側に戻ると、そこにはチャーチルの立派な墓がど真ん中にあった。王室以外では、破格の厚遇と見える。

■以上の話しのどこが、左利きや左右に関係があるか気付いていただけたでしょうね。少し不安なので、赤字で強調しておきました。私の「左利きの寿命」のリストで英国人としては王室関係以外の名前は、ダーウィン、ニュートン、チャーチル、ブリテンだけです。その全ての墓がウエストミンスターにあったという話しでした。





【左右の理屈】